仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

愛媛県に関連のある仕事人
1961年 生まれ 出身地 愛媛県

ちょうこくし彫刻師
shinji(しんじ)
子供の頃の夢: 大工
クラブ活動(中学校): 郷土研究部
仕事内容
木を彫ってだんじりを造る
自己紹介
絵を書くことが好きで、よく落書きをして親に怒(おこ)られてました。神社、仏閣(ぶっかく)に行くのが楽しみだった。

※このページに書いてある内容は取材日(2008年06月09日)時点のものです

彫刻(ちょうこく)した「だんじり」は30台近く!

彫刻した「だんじり」は30台近く!

道具を使って,木を彫刻(ちょうこく)することが私(わたし)の仕事です。特に私(わたし)は,西条(さいじょう)祭りで使われるだんじりの彫刻(ちょうこく)をしています。19歳(さい)の頃(ころ)に初めてだんじりの一部分を彫(ほ)らせてもらってから,今までに新調したものと改造(かいぞう)したものと,合わせて30台近くのだんじりを彫(ほ)っています。主にだんじりを彫刻(ちょうこく)していますが,注文が入ると太鼓(たいこ)台の一部分や個人(こじん)の家にある欄間(らんま)や彫り物(ほりもの)などを作ることもあります。



一日中,彫刻(ちょうこく)部屋で座(すわ)り作業

一日中,彫刻部屋で座り作業

朝の8時から夕方の5時か6時くらいまで彫刻(ちょうこく)部屋で座(すわ)ってする作業がほとんどです。荒削(あらけず)りなど大きい機械を使う時は,大工さんと同じ作業場でします。昼間に他の用事があれば,その分夜に作業することもあります。注文が入ると,まず,お客さんと金額(きんがく),内容(ないよう),期限(きげん)などをじっくり相談します。けやき,ヒノキなど木の種類や木の厚(あつ)さや大きさによって,作業に必要な手間や材料代などが違(ちが)うので,金額(きんがく)が変わってきます。だんじりはヒノキを使います。お客さんが持って来られた絵をもとに,自分で原寸大(げんすんだい)に下書きをします。それをカーボン紙で木板に写し,いろんな種類のノミを使って彫(ほ)っていきます。ノミは全部で300本くらいあります。今日は朝から3時間で25本から30本くらい使いました。切り抜(きりぬ)く部分は糸鋸(いとのこ)を使います。全て1人で作業をするなら,だんじり1台を彫り上(ほりあ)げるのに1年とちょっとかかります。

お祭りの日までに必ず完成させる!

お祭りの日までに必ず完成させる!

仕事には期限(きげん)がありますので,失敗も許(ゆる)されないし,ちゃんと間に合わせなければならないことが大変です。特に,だんじりは西条(さいじょう)祭りまでに完全に仕上げなければなりません。最初に細かいところに気をとられ,最後のほうに時間がなくなってしまうと徹夜(てつや)することもあります。その場合は短期間で集中して,気合を入れてがんばります。また,木の種類によって,ノミの種類も変えなければならないのも大変です。同じノミで彫(ほ)れるんだったら楽ですが,硬(かた)い木にはそれに適(てき)したノミを使わないと先が欠けてしまうし,柔(やわ)らかいものにはそれに合ったノミを使わないと彫(ほ)りにくくなります。先を鋭(するど)くして切れ味をよくするためには,ノミに合わせて研ぎ方も変えなければなりません。

だんじりは地元っ子のあこがれ!

だんじりは地元っ子のあこがれ!

物を作ることは,何もないところから完成して形になったときの嬉(うれ)しさや,自分だけのものが作れる満足感を味わうことができます。また,みんなが見てくれるものを自分が作らせてもらえる喜びはとても大きいです。西条(さいじょう)っ子は特にだんじりに対して憧(あこが)れをもっていますから。それだけに,いいものを作らなければというプレッシャーもあります。完成しただんじりが,みんなに担ぎ上(かつぎあ)げられているところを見たときは本当に嬉(うれ)しいですね。

一つとして同じものを作らないように努力している

一つとして同じものを作らないように努力している

私(わたし)は,町内の人の輪や人間関係を大切にしています。この仕事は人から紹介(しょうかい)してもらうことが多いので,紹介(しょうかい)してくれた方や遠くから注文してくれたお客さん,どちらにも満足してもらえるような仕事をしたいと思ってます。また,そこでいいものを作ることが次の仕事につながると思います。あとは資料(しりょう)をいかに集めるかですね。30台近くだんじりを作成していると,以前に作ったものと似(に)たものになってしまいそうになるので,本を見つけたり,インターネットを見たりして,新しい情報(じょうほう)を集めています。また,遠くの美術館(びじゅつかん)や博物館に行って,写真をいっぱい撮(と)ったりしています。私(わたし)が今までに作っただんじりは,お客様の注文によって,似(に)た感じのものはあっても,まったく同じものがないことも自慢(じまん)です。

この仕事以外は考えられない

この仕事以外は考えられない

ひいひいおじいちゃんが彫刻師(ちょうこくし)で,父やおじさんも大工という環境(かんきょう)の中で育ちました。小学校の時に,父がだんじりを修理(しゅうり)しているのを見て,「自分も大工をしながら,だんじりを作りたいな」と思っていました。中学校の時から遊びで龍(りゅう)を彫(ほ)ったりしていました。絵は好きだったので独学(どくがく)で勉強し,道具に関することは父に教えてもらいました。ある地区でだんじりを彫(ほ)り替(か)えようという話が出た時,私(わたし)の兄がその地区の人に自分が趣味(しゅみ)で作った龍(りゅう)を見せたことがきっかけで,初めて本物のだんじりを彫(ほ)るチャンスをもらいました。初めてそのだんじりを作ったのが19歳(さい)の時です。以後,途絶(とだ)えることなく仕事をいただいています。当時,新しくだんじりを作ろうとするブームが起こりましたので,たくさんのだんじりを手掛(てが)けることができたのだと思います。本当に縁(えん)とタイミングがよかったのだと思います。今,別の職業(しょくぎょう)に就(つ)くことは考えられません。

遊び場は建築(けんちく)現場(げんば)だった

遊び場は建築現場だった

子どもの頃(ころ)の遊び場は建築(けんちく)現場(げんば)でした。子どもの頃(ころ)から父の仕事を見ながら,かなづちとか釘(くぎ)とかを持って,まねをしていました。絵を書いたり,物を作ったりするのが好きだったので,学校では美術(びじゅつ)係もしていました。また,自分の地区にもだんじりがあったので,お祭りが好きで,だんじりには慣れ親(なれした)しんでいました。中学高校時代にはだんじりに関する資料(しりょう)集めをして,だんじりをしまっている場所を訪問(ほうもん)し,「見せてください!」とお願いしたこともありました。また,趣味(しゅみ)でだんじりの絵を書いたり,龍(りゅう)を彫(ほ)ったりもしていました。

好きこそ物の上手なれ

好きこそ物の上手なれ

だんじりひとつを見るにしても,絵柄(えがら)や装飾(そうしょく)などから,歴史の勉強や芸術(げいじゅつ)の勉強にもなります。いろんな方面からじっくり興味(きょうみ)を持って見てほしいと思います。好きで好きでずっと続けていると,それが実った時の喜びはとても大きいものです。苦しいことや辛(つら)いことは半減(はんげん)してしまいます。だから,自分の好きなことは,どんどん追求していってほしいです。

ファンすべてを見る

(熊本県 小4)
(静岡県 小6)
(大阪府 小6)
(大阪府 小4)
(京都府 小5)
(東京都 小6)
※ファン登録時の学年を表示しています

私のおすすめ本

平櫛田中記念会
日本彫刻界の巨匠であり、彫刻家の生き方にふれる一冊です。
横山光輝
中国武者図の勉強になった。
取材・原稿作成:株式会社西条産業情報支援センター 伊藤・三浦、編集:(c)学校ネット株式会社