仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

神奈川県に関連のある仕事人
出身地 新潟県

梶山(かじやま) 幹太(かんた)
子供の頃の夢: サッカー選手
クラブ活動(中学校): 陸上部
仕事内容
サッカーをプレーし,チームの一員としてリーグ優ゆう勝しょうを目指す。
自己紹介
人見知りですが,仲良くなった人とはよくしゃべります。オフの日は,しっかり眠ねむって体をケアするほか,友人とご飯を食べたり,映えい画がを見たりしています。

※このページに書いてある内容は取材日(2019年07月12日)時点のものです

平日は練習,土日に試合

平日は練習,土日に試合

私わたしは,神か奈な川がわ県けんに本ほん拠きょ地ちを置くサッカーチーム「SC相模さがみ原はら」の選手です。SC相模さがみ原はらは,現げん在ざいはJ3に所しょ属ぞくしています。私わたしはプロになって3年目,ポジションは守しゅ備び的てきミッドフィールダーのボランチを任まかされています。
J3では18チームがホーム&アウェー総そう当あたりで,リーグ優ゆう勝しょうをかけて戦っています。リーグ戦の年間試合数は34試合あり,基き本ほん的てきに土曜か日曜に開かい催さいされます。
たとえば日曜に試合があった場合,翌よく日じつの月曜はジョギングやストレッチなど,軽めの練習メニューで疲つかれた体をケアします。火曜日はお休みし,水曜日から次の試合に向けて練習を開始します。練習がある日は,朝7時に起き床しょうし,車で練習グラウンドに向かいます。自じ宅たくとグラウンドは同じ相模さがみ原はら市し内ないにあるため,そう遠くはありません。午前中に2時間ほどチームでの練習を行い,午後はフリーの時間になります。私わたしはその時間を,ジムやマッサージに通うなど,個こ人じん的てきなトレーニングと体のケアにあてています。そうやって体のコンディションを整えて,週末の試合に臨のぞみます。

アウェーの試合は長ちょう距きょ離り移い動どうがつらい

アウェーの試合は長距離移動がつらい

北は青あお森もり県けんから南は熊くま本もと県けんまで,J3のチームは全国に散らばっています。そのため,アウェーで試合を行う場合は,飛行機やバスを使って前日に移い動どうします。現げん地ちで軽めの練習を行い,夕方にはホテルに戻もどってリラックスしています。翌よく日じつの試合が夜に始まるときは,試合までたっぷり時間がありますが,ホテルの部屋で映えい画がを見るなどして過すごしています。そういうとき,私わたしは午前中にはあまり試合のことは考えず,午後からだんだん気持ちを切きり替かえていくようにしています。
試合終しゅう了りょう後は,その日のうちに神か奈な川がわ県けんへ帰ります。ときにはバスで7時間もかかる長旅になることもあります。サッカー選手の宿命とはいえ,長ちょう距きょ離りの移い動どうはつらいものです。
逆ぎゃくにホームの相模さがみ原はらギオンスタジアムで試合が行われるときは,試合前日を自じ宅たくで過すごすことができるため,心も体もずいぶん楽になります。当日は,スタジアム近くの集合場所でチームミーティングを行います。相手チームの特とく徴ちょうや,それに合わせた戦せん術じゅつなどが監かん督とくやコーチから伝えられます。そうしてチーム全員で意い識しきを統とう一いつしてから,スタジアムへ向かいます。

テクニックのある中ちゅう盤ばんの選手たちにあこがれて

テクニックのある中盤の選手たちにあこがれて

ボランチは,あらゆる方向からパスを受け,味方選手につなぐ場面の多いポジションです。ボールを持ったときは相手からのプレッシャーも強くかかってきます。私わたしは身長167cmと小こ柄がらですが,体たい格かくのいい選手に体を寄よせられてもボールを奪うばわれないよう,足元の技ぎ術じゅつをみがくようにしています。試合中は,つねに視し野やを広く持ってピッチ全体を意い識しきすること,そしてトラップや,一つ一つのパスを正せい確かくに行うことを心がけています。
好きなプレーは,得意のドリブルで中ちゅう盤ばんから前線にボールを運んでいくこと。シュートを打ってゴールを決めることはもちろん楽しいですが,相手の攻こう撃げきの芽をつんだり,そこから攻せめに転じたり,ときにはチームを落ち着かせたりと,いろいろな選せん択たく肢しをもってプレーできるボランチの役目に,とてもやりがいを感じています。
元日本代表の中なか田た英ひで寿とし選手,中なか村むら俊しゅん輔すけ選手,元スペイン代表のイニエスタ選手など,テクニカルな選手に子どものころからあこがれてきました。とても難むずかしいプレーをいともたやすくこなす彼かれらのような,華か麗れいなプレースタイルを身につけたいと考えています。

試合後は必ず映えい像ぞうでプレーを確かく認にん

試合後は必ず映像でプレーを確認

サッカー選手としていちばんの喜びは,やはり試合に勝つことです。SC相模さがみ原はらを,つねに優ゆう勝しょう争いのできるチームにすることが今の目標です。それだけでなく,私わたしには,パスやドリブル,シュートなど,あらゆる場面で「こうしたい」という理想のプレーがあります。思おもい描えがいたようなプレーができたときはとても楽しいのですが,うまくいかないときもあります。試合に勝った日でも,自分のプレーでは反省することのほうが多いのです。
試合後は,必ず,録画した映えい像ぞうでゲームを振ふり返かえるようにしています。まずはチーム全体の動きを見て,その後に再ふたたび最初から,自分自身のプレーを見返します。チーム全体の動きについては,気がついたことがあれば選手同士で話し合うように心がけています。また,自分のプレーについては,うまくいったプレーを確かく認にんするだけでなく,うまくできなかったプレーではどうするべきだったかを考えるようにしています。
理想は高いのですが,少しずつでもそこに近づけていきたい。そう考えて,日々の練習に取り組んでいます。

中学卒業後,ひとりで名な古ご屋やに

中学卒業後,ひとりで名古屋に

子どものころからサッカーが大好きでした。サッカーを始めたのは,地元,新にい潟がたのチームに加入していた2人の兄の影えい響きょうです。兄たちの練習についていき,小学校に入学する前からボールを蹴けっていました。入学後も,つねに上級生にまじって練習していたので,どんどん上達しました。ドリブルで上級生を2,3人抜ぬき去さり,ゴールを決める,その快かい感かんを今でも覚えています。
中学生になってからは,地元のジュニアチームに加入しました。そのころには,将しょう来らいはプロのサッカー選手になると考えていました。「なりたい」ではなく,「なる」です。他の職しょく業ぎょうを考えたことは一度もありません。
ある大会で,私わたしのプレーを見た名な古ご屋やグランパスエイトのスカウトに,名な古ご屋やへ来ないかと声をかけられました。それがきっかけとなり,中学卒業後にひとりで,新にい潟がたから名な古ご屋やへ移うつりました。現げん地ちの高校に通いながら,グランパスのユースチームに所しょ属ぞくして,年代別の日本代表に選ばれるまでになりました。そして卒業と同時に,ユースチームからトップチームへ昇しょう格かくして,プロ選手になったのです。その年,トップチームに上がれたユース選手はわずか2人でした。場合によっては1人もトップチームに上がれない年もあるという,狭せまき門です。

ケガの経けい験けんから学んだこと

ケガの経験から学んだこと

名な古ご屋やグランパスエイトで迎むかえたプロ1年目,練習中のアクシデントによって,全治7か月という大ケガを足首に負いました。プロになっていきなり,最初のシーズンを棒ぼうに振ふってしまったのです。それまで大きなケガをすることなく順調に歩んできた私わたしにとって,初めての試練でした。
最初はつらくて,先行きに不安を感じていましたが,やがて「これは体を鍛きたえるチャンスだ」と捉とらえ直すことにしました。あせらずに治ち療りょうを続けながら,体たい幹かんを鍛きたえるトレーニングをじっくりと行ったのです。また,自分の状じょう態たいを記録するリハビリノートも書いていました。ケガから回かい復ふくしていく過か程ていを記録するのは楽しい時間でした。
プロ2年目は出場機会を得られず,シーズンの途と中ちゅうでSC相模さがみ原はらへ移い籍せきすることになりました。そしてSC相模さがみ原はらで迎むかえたプロ3年目,今度は膝ひざをケガして試合に出られなくなってしまったのです。でも,前回の大ケガの経けい験けんがあったので,不安になることはありませんでした。治ち療りょうに専せん念ねんして,リハビリやトレーニングで復ふっ帰きの準じゅん備びを行っていました。また,休んでいる間に観客席から試合を見ることで,ピッチではわからなかったチームの改かい善ぜん点てんにも気づくことができました。そういう意味では,試合に出られないこともいい経けい験けんだったと思います。けれど,やはりサッカー選手は,つねに試合に出ていたいもの。ケガを治して,数試合ぶりにピッチに戻もどれたときは本当にうれしかったです。

サッカースクールで小学生を指し導どう

サッカースクールで小学生を指導

いま私わたしは,月に2回,サッカースクールで小学生の指し導どうも行っています。コーチとして心がけているのは,サッカーが好きだという子どもたちの気持ちをつぶすことがないよう,押おしつけるような指し導どうをしないことです。
私わたし自身,これまでにたくさんのコーチからサッカーを教わってきましたが,いざ自分が教える立場になってみると,最初はとても難むずかしく感じました。SC相模さがみ原はらのチームメイトのように,相手が大人であれば言いたいこともすんなりと伝わりますが,小学生に理り解かいさせるためには,声のかけかたから工く夫ふうしないといけません。けれど,自分の考えを相手にわかりやすく伝えることがもともと好きなので,指し導どう法ほうを工く夫ふうすることは苦ではありませんでした。また,子どもが上達するための練習メニューを,自分なりに組み立てる時間はとても楽しいです。現げん役えき選手でありながらこのような機会を得られたことを,ありがたく感じています。
サッカー選手としてはできるだけ長く現げん役えきでプレーしたいのですが,いつか引いん退たいしたときは,監かん督とくなど指し導どう者しゃになりたいと考えています。

限かぎられた時間を大切に,チャレンジを続けよう

限られた時間を大切に,チャレンジを続けよう

私わたしが子どものころ,時間はたっぷりあると思っていました。しかし大人になった今,思うのは,時間は本当に限かぎられたものだということです。だからこそ一日一日を無む駄だにせず,今,やりたいことを追求してください。もしも今,やりたいことが見つかっていない人は,視し野やを広げていろいろなことにチャレンジしてみてください。チャレンジを続けていると,そのうち本当に自分が好きだと思うものに出会えるでしょう。
また,サッカー選手を目指す人に伝えたいのは,まずはプレーを楽しんでほしいということです。サッカーをしていて何がいちばん楽しいのかを考え,そのことをいつまでも忘わすれないでください。サッカーを続けていると,つらいことや苦しいことにぶつかるときもあります。そんなとき,自分にとってのサッカーの楽しさを思い出せば,前向きな気持ちで立ち向かえるでしょう。
もっとサッカーが上達したいという人は,練習に取り組む姿し勢せいを大切にしましょう。与あたえられたメニューを,何も考えずにこなしているだけではもったいない。何のためにそれをやっているのか,いま自分は何ができていないのか,課題は何なのか,そうしたことを自分の頭で考えながら練習に取り組むことが上達への道です。また,技ぎ術じゅつだけではなく,勝ちにこだわるどん欲よくさも大事です。たとえ負けても,悔くやしい気持ちを忘わすれずに,次の試合に向けてがんばれるようにメンタルを鍛きたえましょう。それを繰くり返かえすことで,強い選手になっていくのです。

ファンすべてを見る

(香川県 小4)
(愛知県 小6)
(茨城県 小5)
(福島県 小6)
(神奈川県 中3)
(山口県 小4)
※ファン登録時の学年を表示しています

私のおすすめ本

長谷部 誠
元サッカー日本代表のキャプテン,長谷部誠選手によるメンタルコントロール術が書かれています。中学生のときに読み,試合や練習に向けての気持ちの作り方など,サッカーをするうえでの参考になりました。

もっと知りたいこの仕事人

所属クラブ
取材・原稿作成:尾関 友詩(ユークラフト)・東京書籍株式会社/協力:横浜銀行