仕事人

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和歌山県に関連のある仕事人
1970年 生まれ 出身地 和歌山県

原(はら) 正昭(まさあき)
子供の頃の夢: 童話作家
クラブ活動(中学校): 卓球部
仕事内容
山を育てながら,炭を焼く。
自己紹介
趣しゅ味みは釣つりで,川かわ釣づりも海うみ釣づりも,ブラックバスでもイカでも,何でも釣つります。性せい格かくは,自分では温おん厚こうだと思っています。でも,まわりからは「作る炭も性せい格かくも,口やかましくて厳きびしい」と言われています。

※このページに書いてある内容は取材日(2017年08月31日)時点のものです

紀州備びん長ちょう炭たんを作る

紀州備長炭を作る

わしは,和歌山県みなべ町の清川で,紀州備びん長ちょう炭たんを作っとる。もともと,わしのお父さんも,おじいさんも,炭焼きをしとったから,わしで3代目や。備びん長ちょう炭たんちゅうのは,ここ,紀州(昔の国名で,「紀き伊いの国くに」のこと。今の和歌山県全体と三重県の一部にあたる)で最初に生まれた炭や。せやけど,いまでは全国各地で作られとる。紀州で作る備びん長ちょう炭たんは,特別に「紀州備びん長ちょう炭たん」ちゅう名前で売り出しとる。
うちで作っとる備びん長ちょう炭たんは,紀州の方言では「はしかい」いうて,「気き難むずかしくて扱あつかいが面めん倒どう」なのが特とく徴ちょうや。最初に,炭に火をつけるのには,時間がかかる。その代わり,火力が強くて,一度火を点つけたら,なかなか火が消えん。普ふ通つうの炭よりも,火が長持ちするんやな。お昼から夜まで営えい業ぎょうする,うなぎ屋さんなんかで使われることが多い,最高級の炭や。あとは,炭が硬かたいから,形も崩くずれにくい。炭と炭を叩たたいてみると,「キーン」ちゅう,金きん属ぞくを叩たたいたみたいな音がする。それくらい硬かたいんやな。
山に入って,炭にする木を切ってくるところが,わしの仕事のはじまりや。木を切ってきて,窯かまで木を焼いて,できた炭を出しゅっ荷かするまで,全部わし一人で仕事をしとる。ときどき,お父さんが窯かまを見に来ることもあるけどな。炭にする原木には,ウバメガシの木を主に使っとる。紀州の炭焼きは,とにかく,山を大事にして,炭を作ることを心がけとる。それが紀州の炭焼きのやり方や。

紀州備びん長ちょう炭たんは「白しろ炭ずみ」

紀州備長炭は「白炭」

炭には大きく分けて「黒くろ炭ずみ」と「白しろ炭ずみ」があって,窯かまの中の温度や消火のしかたが違ちがう。紀州備びん長ちょう炭たんは「白しろ炭ずみ」や。白しろ炭ずみは,窯かまから炭を取り出した後,土を燃もやして作った「素す灰ばい」を炭に被かぶせて,消火する。素す灰ばいは白くてよ,それが炭について,表面が白くなるから「白しろ炭ずみ」って呼よばれるんや。
炭を作るためには,まず原料になる木を切ってくる。それで,窯かまの中に立てて入れられるように,まっすぐの形に整える。これが「木ごしらえ」や。それが終わったら,木を立てて窯かまの中に詰つめていく「窯かま詰づめ」をする。
次は窯かまに火をつけて,数日かけて木を乾かん燥そうさせる。これが「口くち焚だき」や。その後,窯かまの中の温度が上がって,すっぱい匂においがしだしたら口を小さくふさいで,木を蒸むし焼やきにする「炭化」に入る。これが終わったら,ふさいでいた窯かまの口を開けて,徐じょ々じょに窯かまの中の温度を上げて,炭を焼き締しめる。それが「精ね錬らし」ちゅう,一番大事な作業や。精ね錬らしが終わったら,窯かまから炭を取り出して,素す灰ばいを被かぶせて消火の作業をするんやな。

炭焼きは“一年で400日働く”

炭焼きは“一年で400日働く”

昔から,「炭焼きは,一年で400日働く」と言われとる。一年には365日しかないのにそう言われるちゅうことは,炭を作るためには,やらないかん作業が,それだけいっぱいあるってことなんや。わしも,1年を通して,休みは盆ぼんと正月だけやな。
うちで作る炭は,だいたい7日から8日でできあがる。前に作った炭を出したばかりの窯かまは,まだ余よ熱ねつで温かい。その余よ熱ねつがなくならんうちに,次に炭にする木を,窯かまの中に詰つめる。ほいで,次の日から,窯かまに火をつけて,ゆっくり木を乾かん燥そうさせる「口くち焚だき」の作業に入る。それが,だいたい2日から3日はかかる。その間に,炭にする木の形を整える「木ごしらえ」と,できあがった炭の出しゅっ荷か作業もやっておく。
口くち焚だきの次の「炭化」にも,だいたい3日かかる。ええ炭かどうかは,煙けむりの匂においでわかるな。匂においで焼け具合を判はん断だんして,温度を微び妙みょうに調節するんよ。炭化するまでの間には山に入って,新しい木を切ってくる仕事をする。
炭化が終わったら,ふさいでいた窯かまの口を開けて,窯かまの中の温度を徐じょ々じょに上げて「精ね錬らし」に入る。窯かまから炭を出す前の日は,窯かまに泊とまりこんで,火の燃もえ具ぐ合あいに注意して,一ひと晩ばん中じゅう,窯かまを見み張はるんや。そんで窯かまから炭を出して消火が終わったら,余よ熱ねつが残っているうちにまた次の窯かま詰づめに入るわけや。

「米こめ粒つぶひとつ分」だけ動かす微び調ちょう整せい

「米粒ひとつ分」だけ動かす微調整

炭焼きにとって,窯かまはとても大事なもんや。でも,人間が体調を崩くずすのといっしょで,窯かまにも,なかなか原げん因いんのわからん不具合が出ることがある。この間も,「なんか調子がおかしいなあ」と思って,窯かまを調べたんやけど,窯かまの中に「弘こう法ぼう穴あな」ちゅう,空気を通すために開けてある穴あながあってな。その下に,空気の通りを調整する「桁けた石いし」ちゅうのを置いてるんやけど,その取り付け方を,ちょっとだけ直したんや。そしたら,ようやく,いつも通りの窯かまの調子に戻もどってくれた。桁けた石いしの周りの土が焼けて,ほんのちょっと,角度が変わっていたのが原げん因いんやったんやな。
 たとえ話やなくて,ほんまに,米こめ粒つぶひとつ分だけ動かすくらいの,細かい微び調ちょう整せいなんや。それでコロッと直りよった。昔から「窯かまに使われたらあかん。窯かまを使わなあかん」と言われてきとる。でもな,いつでも窯かまを最高の状じょう態たいに保たもつというのは,ベテランの炭焼きにとっても,至し難なんのわざや。

毎回,同じ品ひん質しつを保たもてるのが炭焼きの腕うで

毎回,同じ品質を保てるのが炭焼きの腕

炭の原料の木ちゅうのは,一つひとつ,まったく特とく徴ちょうが違ちがう。さらに,季節によって,気温や湿しつ度どが変われば,木の状じょう態たいも変わる。特に,春の新芽が出る時期が一番難むずかしいな。木の中の水分が多いと,木が柔やわらかくて,硬かたい炭になりにくい。ほんまに木ちゅうのは,とてもデリケートなもんで,炭作りは難むずかしい。せやから,窯かまから炭を出したときに,うまくできとったら「よっしゃあ!」ってなることもあるわな。
でも,目指すのは,毎回,100点満点ちゅうわけやない。70点から80点の炭を毎回焼けることが,プロとして一番大切なことや。「前回は100点満点の炭が焼けたけど,今回は20点の炭になってまった」では,職しょく人にんとして認みとめられん。「レベル低いなぁ」と思うかもしれへんけど,80点の炭をいつでも作れるちゅうのは,それはもう名人級なんや。木の状じょう態たいとか,気候や窯かまの状じょう態たいとか,すべてを調整して,どんなときでも炭が同じ品ひん質しつになるように作るのが,炭焼きの腕うでの見せどころや。

“択たく伐ばつ”で山の循じゅん環かん利用

“択伐”で山の循環利用

「炭焼きは山に始まって,山に終わる」ちゅう言葉がある。山の仕事ができんかったら,一人前の炭焼きにはなれんちゅうことや。そういうふうに,お父さんからも,おじいさんからも,教わってきたな。山がなかったら,炭焼きは生活できへん。木がたくさんあれば,炭も多く焼ける。せやから,山が大事なんや。
紀州の炭焼きが大事にしてる山の仕事が「択たく伐ばつ」や。択たく伐ばつちゅうのは,炭の原料になる木を切るときに,太い木だけを切ってきて,細い木は,次に成長するまで残しておく方法や。ほかの地ち域いきだと,山にある木を全部切ってくる「皆かい伐ばつ」をする人が多い。皆かい伐ばつをすると,また山にウバメガシが生えてくるまで,40年以上もかかかってまう。でも,択たく伐ばつなら,15年くらいでまた木を切りにいけるんや。自然を壊こわさず,山の再さい生せいを見守って,炭を作り続けることができる。つまり,究極の「山の循じゅん環かん利用」なんや。
択たく伐ばつは,江え戸ど時代から続く,紀州の文化や。だからわしは,山を守っていくために,紀州の炭焼きを集めて,「やまづくり塾じゅく」ちゅうところで,択たく伐ばつの勉強会もやっとるんよ。

炭焼きは奥おくが深い仕事

炭焼きは奥が深い仕事

自分が子どものころは,将しょう来らい,一番やりたくない仕事が炭焼きやった。「あんなキツい仕事,絶ぜっ対たいイヤや」と思っとった。自分の両親が炭焼きをやっていて,仕事を一番近くで見ていたからな。だから,最初は,中学を卒業して,専せん門もん学校に入って,理り容よう師しになったんや。でもな,理り容よう師しの仕事では一人前になれないと感じて,仕事を辞やめたんや。ちょうどそのとき,結けっ婚こんして,子どももできとったから,遊んでいるわけにもいかんかった。「次の仕事を見つけるまで,実家の手伝いでもしようかな」と思ってはじめたんが,炭焼きになったきっかけや。
炭焼きをはじめてみたらはじめたでな,「これは面おも白しろいぞ」ってなってきたんや。炭焼きの面おも白しろいところは,「答え」が見つからんところ。やってもやっても,「これでええわ」「もうええわ」というふうには,絶ぜっ対たいにならへん。次々に「もっとああしてみよう」「こうしたら,もっとうまくいくんちゃうか」ちゅうのが出てくるんやな。奥おくが深い仕事や。だから「炭焼き一生」と昔から言われとる。「もうこれでええやろ」と数年で答えが出ていたら,理り容よう師しに戻もどるなりして,炭焼きは辞やめとるやろな。もう炭焼きになって,26年も経たってしもたわ。

昔から手先が器用だった

昔から手先が器用だった

炭焼きの子どもは,山が遊び場になる。昔の炭焼きは,普ふ通つう,夫ふう婦ふで仕事をしとったから,子どもたちもみんな,山の中に連れてこられるわけや。せやから,山の中で夏は川遊びしたり,魚を捕とったりするか,冬はツグミみたいな小鳥を捕とるか,そんな毎日やったな。性せい格かくは,おとなしいほうやったと思う。あと,わりと手先が器用やったな。ツグミを捕とるための仕し掛かけも,自分で作っとった。
小さいころから両親の手伝いをしとったから、そうするうちに、自然と自分で何かを作ることを覚えていったような気がする。木を削けずって,コマを作ったり,ミニカーを作ったりもしたで。いまでも,窯かまから炭を出すときに使う道具とか,仕事道具は自分で作るから,手先が器用なのは役に立っとるかな。

なくすのは簡かん単たん,取とり戻もどすのは難むずかしい

なくすのは簡単,取り戻すのは難しい

自然相手の仕事をしていて思うのは,山とか自然がなくなってしまうのは,ほんまにちょっとの間なんやなってこと。山を復ふっ活かつさせるのには,山をなくす時間の,10倍も20倍もかかるんよ。山でも,川でも,海でも,放っておいたら,自然は確かく実じつに消えていきよるで。せやから,山とか自然を,ほんまに大事にしてほしい。みんなも紀州みたいな,自然の豊ゆたかなところに,一度は来てみたらええわ。こんなに素す晴ばらしい自然があるゆうのが,家にこもってゲームばっかりしとったら,わからんやろ。もうちょっと,そういうところにも目を向けて,自然を見たってくれよと思うわな。
自然だけやなくて,友達とか家族を大事に思う気持ちも,忘わすれたらダメや。自分が小さいころにも,それはよう言われとった。自然も,友達からの信用でも,何でも,なくすのは簡かん単たんや。でも,それを取とり戻もどすのは大変なこと。それはほんまに,忘わすれんとってほしいな。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:株式会社ファミリーマート,林野庁,NPO法人 共存の森ネットワーク