仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

愛媛県に関連のある仕事人
1981年 生まれ 出身地 愛媛県
やさいのうか野菜農家
玉ねぎ王子たまねぎおうじ
子供の頃の夢: 大工
クラブ活動(中学校): バレーボール部
仕事内容
野菜を育てて売る会社を経営する
自己紹介
負けずぎらい。打たれ弱いが、前向きな性格せいかくでもある。

※このページに書いてある内容は取材日(2013年12月10日)時点のものです

野菜を育てる会社の社長

野菜を育てる会社の社長

わたし愛媛えひめ県松山市で,野菜を育てて販売はんばいする「株式会社かぶしきがいしゃOCオーシーファームだんだんの里」という会社を経営けいえいしています。会社では,共同経営けいえい者である弟と5人の社員,時期によって2~3人のアルバイトさんが働いています。わたしかれらと共に農作業をするだけでなく,社長として会社の方針ほうしんを考える役割やくわりになっています。会社でたがやしている畑の広さは,玉ねぎが6.5ヘクタール,キャベツが6ヘクタール。その他にアスパラや白菜なども栽培さいばいしていて,全て合わせるとサッカーコート約20面もの広さになり,この地域ちいきではかなり大規模だいきぼな農家と言えます。畑は自分の土地だけではなく,地域ちいきの農家さんが高齢こうれいたがやせなくなった畑や,いねを育てていない時期の空いている田んぼなどを,お金をはらってお借りしたものもあります。畑から収穫しゅうかくした野菜は,地域ちいきのスーパーマーケットや飲食店などに販売はんばいしています。

収穫しゅうかく時期は大忙おおいそが

収穫時期は大忙し

わたしたち野菜農家は,一年を通して,作物の生育に合わせた農作業を行います。玉ねぎの場合,8月に苗床なえどこばれる土地に肥料ひりょうをまいてから消毒し,9月から種を植えます。10月には育ってきたなえ苗床なえどこから引きはがし,機械を使って本田とばれる畑にうつえます。その後,肥料ひりょうや農薬をあたえ,5月中旬ちゅうじゅんには収穫しゅうかくむかえます。6月中旬ちゅうじゅんにはお借りしている畑で地主さんがいねを育て始めるので,それまでに収穫しゅうかくが終わるよう,この時期は毎日が大忙おおいそがし。晴れた日は朝5時から収穫しゅうかく機を使って玉ねぎを畑からり起こし,8時から夕方5時までは,アルバイトさんと共に専用せんようの機械で玉ねぎをコンテナに拾い集めます。コンテナが15kg分の玉ねぎでいっぱいになったら,かついでトラックにせ,倉庫に運びます。辺りが暗くなった後も,翌日よくじつそなえてトラクターの運転が続きます。こうして収穫しゅうかくする玉ねぎの量は,合計でおよそ130万玉にもなります。

会社全体の方針ほうしんを考える

会社全体の方針を考える

実家の農家をさい規模きぼを大きくすることに挑戦ちょうせんしたいと思い,愛媛えひめ県からのすすめもあって,会社を設立せつりつして社長に就任しゅうにんしました。始めの5年ほどは,玉ねぎに加えてキャベツの栽培さいばいを始めるなど,とにかくたがやす畑の面積をやしてきました。しかし,ある年に大きな損失そんしつを出してしまったことがきっかけで,会社全体として何を目指し,どうやって利益りえきを生み出していくのかという会社の方針ほうしん真剣しんけんに考えるようになりました。それ以来,会社の方針ほうしんを計画書にまとめる,社員に会社の理念を伝える,収穫しゅうかくした野菜の販売はんばい先を見つけるといった,社長ならではの仕事にも積極的に取り組んでいます。今後の2年間は,育てる品種を変えたり,栽培さいばいの方法を工夫したりすることによって,畑の面積はやさないままで,より多くの利益りえきを上げることを目標にしています。

「人の思いをたがやして,共に笑顔を育てる」

「人の思いを耕して,共に笑顔を育てる」

「人の思いをたがやして,共に笑顔を育てる」。これが,わたしかかげている会社の理念です。これには,いくつかの意味があります。1つ目は,会社の社員を大切にすること。社長であるわたしには,社員が生活できるよう給料をはらい続け,仕事にやりがいを感じてもらう責任せきにんがあると感じています。2つ目は,野菜を食べていただくお客様はもちろん,地域ちいき人々ひとびとから応援おうえん信頼しんらいされること。地域ちいきの農家さんが高齢こうれいたがやせなくなった畑があれば,できるだけわたしたちがお借りすることで,たがやさずにれた土地が出ないようにしたいです。3つ目は,時に失敗があっても様々さまざま挑戦ちょうせんを続け,農業を目指す若者わかものの目標になること。まだまだ全てを実現じつげんできているわけではありませんが,つねにこの理念を心がけて仕事をしています。

今年はうまくいったぞ!

今年はうまくいったぞ!

仕事をしていて一番気分が高まるのは,やはり作物を収穫しゅうかくしている時です。収穫しゅうかくの時期に畑に入って,わたし収穫しゅうかく機で玉ねぎをり起こし,社員やアルバイトさんが玉ねぎを拾い集めたり,コンテナをトラックに積みんだりしている。そんな様子を見ていると,それぞれの役割やくわりちがっても,みんなで同じ理念を目指しているのだという一体感を感じて,農作業のつかれもわすれてしまうくらいです。また,自分の考えた計画が実現じつげんした時にも,大きな喜びを感じます。例えば,前年に形が不揃ふぞろいで収穫しゅうかくに苦労した作物が,翌年よくとしは整った形に生育したのを見た時などは,思わず弟と,「今年はうまくいったぞ!」と喜びの声を上げてしまったほどです。

泣き虫だった

泣き虫だった

小学生のころは,友達や先輩せんぱいに意地悪をされるとすぐに泣いてしまう子どもで,低学年のうちは一日に三回くらいは泣いていました。それに,人の前で自分の意見をはっきり言えず,もじもじして意気地なしの性格せいかくでした。また,自然に囲まれて育ったため外で遊ぶのが好きで,小学校から帰った後はよくかんけりをしていました。冬になると,実家のみかんの収穫しゅうかくを手伝うと言って友達と山に入り,結局みかんを投げ合ったり,収獲しゅうかく用のコンテナで秘密ひみつ基地きちを作ったりして遊んでいました。焼きいもを作った時など,火の番を買って出て,いもが炭になるまで火をあおったこともありました。少しイタズラ好きだったのかもしれません。

挑戦ちょうせんする者だけにチャンスがある

挑戦する者だけにチャンスがある

小学生のころから,いずれは実家の野菜農家をぐだろうと思っていました。中学卒業後,農業高校・農業大学校と進学するうち,両親が助け合いながらやりがいを持って農作業をする様子や,「挑戦ちょうせんする者だけにチャンスがある」と言って仕事をする父親の姿すがたを見て,次第に農家をぐ決意を固めていきました。卒業後は,アメリカにわたって2年間の農業研修けんしゅうを受けました。この研修けんしゅうには,過去かこに父親も参加したことがあり,ことなる言語や文化の下で生活するきびしさを学ぶようすすめてくれたのです。アメリカでは,こまったことがあっても,自分から助けを求めなければだれも助けてはくれません。自己じこ主張しゅちょうの大切さを学び,弟に「兄貴あにきはアメリカから帰るまではいやなやつだった」と言われるほど,大きく成長したと思います。帰国後は2年間実家で働き,その後会社を設立せつりつして今にいたります。

これからは農業が面白い

これからは農業が面白い

多くの技術ぎじゅつ発展はってんしたことで,これからは農業が面白い時代になると思います。これまで農業には,朝からばんまで毎日休みなく働かなくてはいけないというイメージもありました。しかし,工夫次第で,農家も休みの日を充実じゅうじつさせたり,収入しゅうにゅうやしたりして,よりゆたかな生活をすることができると思います。こうしたことは,いくら言葉で説明してみても,なかなかみなさんには伝わり切らないでしょう。ですからわたしは,様々さまざま挑戦ちょうせんを続けることによって,自ら農業の魅力みりょくを表していきたいと思います。いつの日か,わたし姿すがたを見たわかい人たちの中から,農業に興味きょうみを持って「やってみたい!」という人があらわれてくれたらうれしいですね。

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小さいころから映画好き。自身の結婚式でダースベーダーの衣装を着たほど。

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取材・原稿作成:愛媛県農林水産部担い手育成係・(c)学校ネット株式会社