※このページに書いてある内容は取材日(2026年06月15日)時点のものです
「学びをあきらめない社会」を目指して
私はNPO法人eboard(イーボード)という団体の代表を務めています。eboardは「eboard」というオンライン教材を用いた学習支援活動を行っており、小・中・高校生向けに、授業の動画とデジタルドリルを配信しています。「eboard」は、インターネットを通じて、無料で自由に、自分のペースで学ぶことができる教材です。経済的な理由や不登校で学校や塾に通うことが難しい人や、さまざまな障がいや特性から学びづらさを抱えている人が、学ぶことをあきらめないですむ、そんな社会を目指して活動しています。
「eboard」は、聴覚に障がいがあるろう・難聴の人、外国にルーツがあり日本語を勉強している人、音による説明が合わない人など、他の人と同じ方法だと学びづらいという人も使ってくれています。そのため、難しい言葉やあいまいな表現をわかりやすく書き直した「やさしい字幕」を全ての動画につけたり、全ての漢字にルビ(ふりがな)をつけたりなど、さまざまな工夫を取り入れています。そのほか、「eboard」以外にも「学びから取り残されない」環境をつくる取り組みをどんどん増やしています。
AIを使った新しい取り組みも
最近は、オンライン教材「eboard」だけでない、新たな取り組みも始めています。例えば、フリースクール(学校に行きたくない、行けないという人が、学んだり過ごしたりすることができる民間施設)のスタッフに向けた研修プログラムを開発し、自治体や施設と協力して提供しています。研修では、eラーニングやグループワークを通じて、子どもと関わる大人が必要な知識や考え方を身につけることができます。子どもに寄り添う人をサポートすることで、子どもが安心して学び、過ごせる場所を、社会全体で増やしていきたいと考えています。
そのほか、先ほどの「やさしい字幕」の利用者のように、日本語の文章が難しいという人のためのAIツールを開発して提供しています。このツールは子どもから大人まで使うことができ、わかりづらいと感じる文章を入力すると、すぐにわかりやすい言葉や表現を使って、簡潔な文章に書き直してくれます。
活動を続けるための資金集めも、私の重要な仕事の一つです。私たちのようなNPO法人も普通の会社のように商品やサービスを売ってお金を得ることもありますが、企業や財団に申請して助成金をもらったり、寄付金を集めたりして、活動資金を集めて活動することもあります。
組織の代表として、NPO法人を運営
「eboard」は2011年に、私の個人的な活動として始まりました。最初のころは動画制作からシステムの開発・更新、使ってくれる人とのコミュニケーションまで、全て自分でこなしていました。活動を始めてから数年の間に、一人で作った動画は2000本にもなりました。2013年にNPO法人化し、現在はスタッフも20人ほどに増えたので、今は、それらの仕事はメンバーに任せています。
その代わりに「代表」という立場で、その年の経営方針や目標を決めるなど、団体の運営に関わる仕事をしています。そのほかに、企業や自治体など私たちの活動に共感してくれる外部組織の人たちと、どのような取り組みができるかを話し合うことも多いです。最近では、オンライン教育や子どもの学習環境支援の専門家として意見を求められる機会が増え、講演会で話したり、国や地方の政策を考えている議員の人たちに対して、提言をしたりすることもあります。
また、NPO法人eboardでは、全員がリモートワークをしていて、自分のペースで仕事をすることができます。そのかわりに、自分でその日の目標やスケジュールを決めて、仕事を進めないといけません。私が時間管理で工夫していることは、2つあります。1つ目は、平日は毎日、午後5時から9時まで仕事の予定を入れず、「パパタイム」として自分の子どもと過ごすことです。日ごろ、たくさんの子どもと関わる仕事だからこそ、自分の子どもと触れ合う時間を大切にしたいと思っています。2つ目は、週に1日は必ず会議を入れない日を設けることです。そうやってまとまった時間を作り、新しい企画のアイデアを練ったり、形にしたりするための作業に集中しています。
「誰かのための活動」を続けるために必要な「お金」の話
「eboard」は、必要としている人はたくさんいますが、使う人からはお金をもらわずに運営をしています。しかし、運営していくためにはお金もかかるので、寄付や他の活動でお金を稼ぐ必要があるのです。活動を始めてから10年近くは、寄付金や協力してくれる企業もなかなか集まらないので、お金の面では長い間とても苦労しました。
そんな中、転機となったのは2020年に起こった新型コロナウイルスの流行です。多くの学校が休校になったことで「eboard」の利用者が一気に増え、私たちの活動が広く知られるようになりました。その後、教育のオンライン化の流れが急速に進み、塾やフリースクールがお金を出して導入してくれる事例も増えました。自治体や企業から依頼を受けて、お金をもらう事業として一緒に取り組んでいる活動もあります。
現在は赤字に悩むことは減りましたが、新たな事業を行う機会や運営に携わるスタッフが増えてきたことで、他の課題も出てきました。例えば、一人で活動していたころは「自分が頑張ればどうにかなる」と無理をして乗り切ることもありました。しかし、今は他のスタッフの働き方やお給料のことも頭に入れながら、どうしたら活動資金の中で実現できるのかを考えなくてはいけません。また、新しい企画を考える人材が足りていない現状も悩みどころです。これまで以上に、経営や組織の運営について真剣に考える場面が増えています。
子どもたちの声が原動力
今では日本全国で1万校以上に導入されている「eboard」ですが、初めて使いたいと言ってくれたのは、島根県の吉賀町という小さな町の教育委員会でした。2013年、eboardをNPO法人化する直前のことで、「eboard」の「生徒がそれぞれのペースで学習できる」点に着目してくれました。学校での導入は初めての経験でしたので、町の担当者と一緒に「どうしたらもっとわかりやすくなるか」「どうしたら子どもたちが自分から学んでくれるか」について、毎日のように話し合いました。生徒のいる教室でその場でシステムの修正作業をしたり、私自身が教壇に立って「eboard」を使いながら授業をしたりしたこともあります。たくさんの試行錯誤を経て、生徒たちがそれぞれ自分のペースで「eboard」で学ぶ光景を見たとき、「この活動は間違っていなかった。続ける意義のあるものなのだ」と確信を持つことができました。NPO法人としてしっかり腰を据えて活動していこうと決意したのも、このときです。
あれから10年以上がたちますが、どんなにお金がなくて苦しいときでも活動を続けてこられたのは、「『eboard』のおかげで『大丈夫』って自信を失わずにいられた」という子どもたちからの声があったからです。同時に、まだまだ日々力不足を感じることも多く、「ここでやめるわけにはいかない」と強い責任も感じさせられます。その思いはずっと変わりません。
「みんな」ではなく「顔の見える一人」のために
eboardが特に大切にしていることは、「声なき声」を聞くことです。社会では「みんな」の声を聞くことはありますが、「みんな」とは違う少数の人の声はなかなか届きません。そんな「みんな」の中にいない人の「声なき声」を聞くことが、私たちのすべきことだと考えています。だから、アンケートで「これがほしい」と大勢から言われたからといって機能を増やしたり、学者や偉い人の意見をそのまま採用したりすることはありません。eboardの活動は全て、不特定多数の「みんな」の声ではなく、実際に「eboard」を使ってくれている子どもや保護者、先生など現場の人たちからの声に応えるところから始まっています。
例えば「やさしい字幕」をつける際に、ただ音声を文字に起こすだけではなく、わかりやすい日本語に書き直しているのもその一つです。実は、字幕をつけるプロジェクトを始めた当初は、音声を文字に起こしただけのものを使えばいいと考えていました。しかし、それをろう学校の先生に見せたところ、「これでは難しいと思う」と言われてしまいました。そのとき、ろう・難聴の人は耳からの情報収集ができなかったり、手話が第一言語だったりするため、そうでない人よりも日本語の語彙の習得が遅れる傾向にあるという課題を初めて知りました。また、日本語支援団体との交流を通じて、外国にルーツを持つ子どもの中には、日常会話は問題なくできても、授業で使う日本語を理解できるレベルに達していない場合があることもわかりました。このような課題は見逃されやすく、実際に困っている人やその近くにいる人からしか聞くことができません。
私たちは現場からの声をもとに、当事者である子どもたちにとってわかりやすい日本語とはどのようなものかを考えて、制作マニュアルを整備し、字幕をつけていきました。多くの手間や時間がかかりましたが、1000人以上のボランティアの方が協力してくれ、eboardの全ての動画に「やさしい字幕」をつけることができました。
誰もが安心して学べる場をつくるために、実際に困っている「顔の見える一人」の声を大切にしていきたいと思っています。
学習につまずきを抱える子どもとの出会いがきっかけ
こういう活動をしていると、昔から教育の仕事に関心があったのか、人のために働くことが好きだったのかと聞かれることがあります。たしかに、昔から戦争などの悲しいニュースに影響を受けて自分も悲しくなってしまうようなタイプでしたが、「自分にも何かできるのでは」とか「何かしたい」と思ったことは特にありませんでした。
そんな私がこの活動を始めたのは、大学生のころに講師として働いていた学習塾での経験がきっかけです。そこに通っていた生徒の中に、アルファベットの「b」と「d」が書き分けられない、学習した内容の記憶がなかなか続かないといった生徒がいました。でも、塾で個別に一緒に勉強すると、確かにできることが増えていく実感はあったので、なんとか塾の時間を使って学習を進められるように工夫をしました。
例えば、彼が塾に通えるのは週1回の数時間だけですが、それを記憶として定着してもらうには、家でも継続して学習してもらう必要があります。内容を理解しないままでは自習ができないので、塾ではつきっきりで理解するまで指導し、残りの時間はなるべく自分で考えて問題が解けるようにサポートしながら練習をしました。ところが、少しずつ点数が伸び、彼もやる気になり始めたころ、家庭の事情で塾をやめることになってしまいました。それがとても残念で、強く印象に残っています。その後も同じように学習や家庭環境に問題を抱えている子どもたちと数多く出会い、「この状況をどうにかしないといけない」と思うようになりました。
このときは具体的なアイデアもなく、一度は一般企業に就職をしたのですが、子どもたちの学びを支えられるような活動をしたいという気持ちが強く、ずっと何ができるかを考えていました。その後「eboard」のアイデアを思いつき、1年ほどで仕事を辞めて本格的に動画制作を始めました。
学校は退屈。でも、好きなことには熱中できた
私自身は、もともと授業でも積極的に手を挙げるような、成績優秀な優等生でした。でも、小学5年生くらいから、友達と遊んでいる最中にふと「毎日同じ遊びをしているけど、何が楽しいんだろう」と感じたり、学校でも「わかっていることでも、先生の授業を聞かないといけないのは、なんでだろう」と感じるようになりました。そのような考えを持っていたので、自然と同級生たちとも話が合わなくなっていきました。
その後は、学校がとにかく退屈で、遅刻や欠席を繰り返していました。一方で、家ではRPGゲームに熱中し、レベルは必ず最大まで上げて、マップもすみずみまで調べて宝箱を全部開けるくらい、一つ一つのソフトをやりこんでいました。
「eboard」の動画を一人で2000本作ったときもそうですが、好きなことや興味のあることには、とことん集中して深掘りしてしまいたくなる性格だと思います。今も例えばAIを使って、もっと学びやすくなる、楽しくなるといった可能性が見えてくると、寝るのも忘れて夢中になって打ちこんでしまうことがあります。その傾向は変わらないのかもしれません。
逃げた先でも居場所は見つかる。自分のために生きよう
私はこれまで、大学時代の経験やeboardの活動を通して、学校に行けなかったり、家庭やまわりの環境に悩みを抱えたりしている人の姿をたくさん見てきました。今、関わっている子どもたちと状況は異なりますが、私自身もずっと学校に行くことが嫌で仕方がなかった過去があります。
そのような経験を踏まえて、私がみなさんに伝えたいことはただ一つ、「逃げてもいいんだ」ということです。今いる場所がつらいなら、そこから逃げればいい。逃げた先がつらければ、また逃げればいい。そうやって逃げた先に、どこかで自分の居場所が見つかることもあります。見つからなくても、時間が解決してくれることもたくさんあります。誰かのために我慢する必要はありません。まずは、自分のために生きることを大切にしてください。









