私（わたし）は車，バイクや工業製品（こうぎょうせいひん）のデザイン（インダストリアルデザイン）など，さまざまなモノをデザインしています。4社（しゃ）の仕事（しごと）が並行（へいこう）に進（すす）んでいて，平日（へいじつ）の午前中（ごぜんちゅう）は基本的（きほんてき）にはそれぞれの会社（かいしゃ）の人に会（あ）って，話（はな）し合（あ）いをしています。「なぜ私（わたし）に頼（たの）んでくれたのですか？」「どんなものが欲しいですか？」「誰（だれ）のどのような課題（かだい）を解決（かいけつ）する製品（せいひん）にしたいですか？」など，なるべく色々（いろいろ）な話（はなし）を聞（き）いて，その全（すべ）てをデザインに活（い）かし，提案（ていあん）します。「デザインをする」というと，ペンを持（も）って紙（かみ）に何（なに）かを描（か）く作業（さぎょう）が中心（ちゅうしん）と思（おも）われるかもしれませんが，実（じつ）はそれだけではありません。たくさんの人と会（あ）って話（はなし）をすることの方（ほう）が，むしろ多（おお）いですね。8割（わり）が人とのコミュニケーション，2割（わり）が絵（え）を描（か）く作業（さぎょう）という具合（ぐあい）です。どれだけたくさんコミュニケーションしたかで，出来上（できあ）がるモノの質（しつ）も大きく変（か）わってくるので，とにかくお客（きゃく）さんとは綿密（めんみつ）なコミュニケーションをとるようにしています。

今担当（いまたんとう）している仕事（しごと）の一つに，「車のリノベーション」があります。「リノベーション」は古（ふる）い建物（たてもの）の外壁（がいへき）や内装（ないそう）を綺麗（きれい）にしたり，現代（げんだい）の生活（せいかつ）に合（あ）うように作（つく）り変（か）えたりして，建物（たてもの）を大切（たいせつ）に長（なが）く使（つか）えるようにすることを言（い）います。建物（たてもの）だけでなく，私（わたし）は車にもリノベーションの発想（はっそう）を取（と）り入れて，古（ふる）くても素晴（すば）らしい車を，現代（げんだい）の暮（く）らしや人々（ひとびと）の価値観（かちかん）に合（あ）うようにデザインする仕事（しごと）を，この1年かけてしました。そして，新車（しんしゃ）では買（か）えない価値（かち）をお客（きゃく）さんに提供（ていきょう）しました。
カーデザイナーは，調理人（ちょうりにん）に似（に）ていると思（おも）うことがあります。お客（きゃく）さん（企業（きぎょう）の人）に中華（ちゅうか）か和食（わしょく），フレンチ，など食（た）べたい料理（りょうり）の大まかな要望（ようぼう）を示（しめ）してもらい，それに合（あ）わせてどのような料理（りょうり）が良（よ）いか提案（ていあん）し，調理（ちょうり）するのが調理人（ちょうりにん）（デザイナー）の仕事（しごと）です。中華（ちゅうか）とフレンチを混（ま）ぜたような，今（いま）まで全（まった）く無（な）かったようなものを求（もと）められることもありますが，そうではなく今（いま）あるものを組（く）み合（あ）わせたり，少（すこ）し手を加（くわ）えたりして，「ありそうでなかったモノ」をデザインすることもデザイナーの仕事（しごと）です。今（いま）まで全（まった）く無（な）いものだとあまり欲しいと思（おも）ってもらえないこともあるのですが，「ありそうでなかったモノ」だと，たくさんの人が欲しいと感（かん）じてもらえるのです。

モノをデザインすることは，それを使（つか）う人の人生の少（すこ）し先を照（て）らしてあげることであると思（おも）います。以前勤（いぜんつと）めていた本田技術研究所（ほんだぎじゅつけんきゅうしょ）（ホンダ）で，“ZOOMER”というバイクをデザインしました。仕事（しごと）が遅（おそ）くなる原宿（はらじゅく）の美容師（びようし）さんたちが，仕事（しごと）を終（お）えて夜遅（よるおそ）く家（いえ）に帰（かえ）るときに乗（の）って欲しい。そして通勤（つうきん）して美容室（びようしつ）の前（まえ）に置（お）いてあって格好良（かっこよ）いし，スケボーに乗（の）るような感覚（かんかく）で手軽（てがる）に乗（の）れるバイクがあれば良（よ）いと思（おも）っていました。美容師（びようし）さんの仕事（しごと）や暮（く）らしを想像（そうぞう）しながら，彼（かれ）ら・彼女（かのじょ）らの今（いま）の生活（せいかつ）の一歩先（いっぽさき）くらいを見せてあげたい。そして，美容師（びようし）さんだけでなく，都会（とかい）の人たちみんなが絶対（ぜったい）に欲しがるものを作（つく）りたいという気持（きも）ちを込（こ）めてデザインしたところ，“ZOOMER”は大人気になりました。
私（わたし）は普段（ふだん）から，人々（ひとびと）の行動（こうどう）や持（も）ち物（もの）や周（まわ）りにあるモノを，「ここをもっと良（よ）くしたら，より良（い）い体験（たいけん）ができるのではないか」「ここにはこんな人たちがいて，こんなことで困（こま）っているのではないか」など，あれこれ考（かんが）え，興味（きょうみ）を持（も）って眺（なが）めています。目に見えているものは全（すべ）てデザインされている訳（わけ）ですから，それらを常（つね）に見て，深（ふか）く考（かんが）えることで，デザインの「引（ひ）き出し」を増（ふ）やすことができるのです。

カーデザイナーにとって，絵（え）を描（か）くことがゴールではありません。絵（え）を描（か）くことは「中間地点（ちゅうかんちてん）」で，描（えが）いたものが実際（じっさい）に走（はし）ったり，人々（ひとびと）の手に渡（わた）ったりして，初（はじ）めてゴールとなります。仕事（しごと）ではたくさんの人と関（かか）わります。デザインをモデル（立体的（りったいてき）なもの）にする人，型（かた）を作（つく）る人，削（けず）る人，塗装（とそう）する人などです。自分（じぶん）のアイディアが，製品（せいひん）となってたくさんの人の手に届（とど）き，その人達（ひとたち）を笑顔（えがお）にできたとき，その過程（かてい）で関（かか）わる人が誇（ほこ）りを持（も）ってモノ作（づく）りに参加（さんか）してくれていたとき，一番（いちばん）の喜（よろこ）びを感（かん）じます。そして，学生時代（がくせいじだい）の仲間（なかま）たちが自動車（じどうしゃ）メーカーにデザイナーとして勤（つと）めていますので，友人（ゆうじん）がデザインした車を街（まち）で見ることもあり，それもまた嬉（うれ）しいことです。

デザインには答（こたえ）えが無（な）く，テストのように点数（てんすう）がつくこともありません。お客（きゃく）さんから与（あた）えられた締（し）め切（き）りや約束（やくそく）を守（まも）ることが中心（ちゅうしん）です。ですから，自分（じぶん）の時間（じかん）の使（つか）い方（かた）がとても大切（たいせつ）になります。アイディアがでない，気分（きぶん）が乗（の）らず絵（え）が描（か）けない，と調子（ちょうし）が悪（わる）いときも当然（とうぜん）あります。反対（はんたい）に，寝（ね）ようかなと思（おも）った瞬間（しゅんかん）にふと良（よ）い案（あん）がひらめいて，一気に描（か）き上げてしまうこともあります。自分（じぶん）の状態（じょうたい）と常（つね）に向（む）き合（あ）い，締（し）め切（き）りのことを考（かんが）えつつ作業（さぎょう）を進（すす）めることが必要（ひつよう）です。こういう暮（く）らしをしていると，1日が24時間（じかん）という感覚（かんかく）が無（な）くなってきて，仕事（しごと）のリズムに合（あ）わせて暮（く）らしが進（すす）むように感（かん）じます。しかし，苦労（くろう）とは思（おも）いません。お客（きゃく）さんの笑顔（えがお）や満足（まんぞく）する姿（すがた）が見たいから，頑張（がんば）ることができます。その頑張（がんば）りは健康（けんこう）な体（からだ）が支（ささ）えてくれますから，体調管理（たいちょうかんり）には十分気（じゅうぶんき）をつけています。病気（びょうき）になってしまうと全（すべ）てが止（と）まってしまいますから，暴飲暴食（ぼういんぼうしょく）はしない，休むときはしっかり休むなどといったことに気をつけています。

私（わたし）は，「引（ひ）き算（ざん）のデザイン」を心（こころ）がけています。何（なに）かを継（つ）ぎ足し，積（つ）み上げていくようなデザインは簡単（かんたん）ですが，その逆（ぎゃく）に何（なに）かを削（そ）ぎ落としながらデザインすることは難（むずか）しく，デザイナーとしての力量（りきりょう）が試されていると感（かん）じます。そして私（わたし）の「引（ひ）き算（ざん）のデザイン」は，使（つか）う人が愛着（あいちゃく）を持（も）ってもらうためのデザインだと言（い）えます。つまり，最終的（さいしゅうてき）には使（つか）う人が自分（じぶん）の好（この）みに仕上（しあ）げられる余地（よち）を残（のこ）しておくのです。みなさんも何（なに）かにステッカーを貼（は）ったり，自分（じぶん）で何（なに）かを加工（かこう）したり，改造（かいぞう）したものを大切（たいせつ）に感（かん）じるということはありませんか？使（つか）う人がそういう気持（きも）ちになり，愛着（あいちゃく）を持（も）ってそのモノを大切（たいせつ）にして，買（か）って良（よ）かったと思（おも）ってもらえるモノをデザインしたいと日々考（ひびかんが）えています。
同時（どうじ）に，独（ひと）りよがりのデザインにしてはいけません。お客（きゃく）さんやそのモノを実際（じっさい）に使（つか）う人，作（つく）る人，いろいろな人との関係（かんけい）の中で生まれるデザインですから，関（かか）わる人みんなが笑顔（えがお）になるデザインを目指（めざ）しているのです。

小学生のころ，内気（うちき）で人前（ひとまえ）に出るのが苦手（にがて）でした。しかし，あるときつぶやいた一言（ひとこと）で，みんなを大笑（おおわら）いさせることができました。それをきっかけに，みんなの前（まえ）で面白（おもしろ）いことをする子どもになりました。家（いえ）では漫画（まんが）の真似（まね）をして絵（え）を描（か）いたり，モノを作（つく）ったり，図画工作（ずがこうさく）をバランスよく楽（たの）しんでいました。中学校に入るとバンド活動（かつどう）をするようになり，ミュージシャンになりたいとも思（おも）っていました。高校卒業後（こうこうそつぎょうご），一旦地元（いったんじもと）のピザ屋（や）さんに就職（しゅうしょく）しました。仕事（しごと）は楽（たの）しくやりがいもあったのですが，「もっとたくさんの人の笑顔（えがお）が見たい」「たくさんの人を喜（よろこ）ばせたい」という気持（きも）ちが大きくなりました。乗（の）り物（もの），特（とく）に車やバイクが好（す）きだったこともあり，「車と関（かか）わる仕事（しごと）の中で一番狭（いちばんせま）き門（もん）の仕事（しごと）をしよう」と，ホンダのカーデザイナーを目指（めざ）すことにしました。
カーデザイナーになるためには当時（とうじ），専門学校（せんもんがっこう）に入り，自動車会社（じどうしゃかいしゃ）と一緒（いっしょ）に行（おこな）う「実習（じっしゅう）」を経（へ）て，企業（きぎょう）のカーデザイナーになるのが一般的（いっぱんてき）で，私（わたし）もその流（なが）れに乗（の）ってホンダに就職（しゅうしょく）しました。お金を出して欲しいものを手に入れるのではなく，欲しいものを自分（じぶん）で作（つく）れる仕事（しごと）がしたいと思（おも）っていたこともあり，カーデザイナーという仕事（しごと）はまさに理想（りそう）の仕事（しごと）だとすぐに感（かん）じました。

自分（じぶん）がやりたいと思（おも）ったこと，実現（じつげん）したい夢（ゆめ）や希望（きぼう）は，願（ねが）っていれば必（かなら）ず叶（かな）えられます。とにかく願（ねが）い続（つづ）けましょう。私（わたし）も将来（しょうらい）のことであれこれ悩（なや）んでいましたが，昔（むかし）の自分（じぶん）に声（こえ）をかけられるとすれば「悩（なや）むことはないよ！その夢（ゆめ），実現（じつげん）しているよ！」と励（はげ）ましてあげたいですね。
また，人と違（ちが）うことで悩（なや）んでしまうこともあるかもしれません。そういうときは，「自分（じぶん）らしさ」を大切（たいせつ）に，それを理解（りかい）し受（う）け入れてくれる人を見つけてください。そのためにはまず，みなさん自身（じしん）が相手（あいて）の「その人らしさ」を受（う）け入れて，「あなたはあなただから素敵（すてき）なんだ！」と言（い）って応援（おうえん）してあげられる人になってほしいなと思（おも）います。