僕(ぼく)は，スタジオジブリのプロデューサーとして映画(えいが)を制作(せいさく)しています。映画(えいが)をつくるには，まず監督(かんとく)と相談して，どんな映画(えいが)をやるかという企画(きかく)を決めます。次に，どれくらいの期間をかけて，どんなスタッフでやるかを考えます。スタッフはそれぞれ得意分野が異(こと)なり，スタッフ次第で作品の中身が大きく変わるので，その作品にふさわしい人を集めなければいけません。一人ひとりに新しい企画(きかく)の説明をしてスタッフを集めていくのもプロデューサーの仕事です。
ジブリでは，企画(きかく)を立てたあと半年から１年を準備(じゅんび)期間にあて，メンバーが決まればいよいよ映画(えいが)づくりに入ります。実際(じっさい)の制作(せいさく)期間は１年半から２年程度(ていど)です。制作(せいさく)を始めてから約１年後，ある程度(ていど)見通しが立ってきた頃(ころ)に，今度は配給や宣伝(せんでん)を考えます。映画(えいが)は，つくったら終わりではありません。つくった映画(えいが)をどのくらいの数の映画館(えいがかん)で公開するのか，そのためにはどんな風に宣伝(せんでん)してお客さんを呼(よ)び込むのかということも考えなければなりません。それらすべての工程(こうてい)に関わるのがプロデューサーとしての仕事です。

映画(えいが)の企画(きかく)は，監督(かんとく)とプロデューサーが相談して決めます。僕(ぼく)が宮さん（宮崎駿(みやざきはやお)監督(かんとく)）や高畑勲(いさお)監督(かんとく)のようなベテランの監督(かんとく)と「何をやりましょうか」と相談するのです。監督(かんとく)とは日常(にちじょう)的にいろいろな企画(きかく)を話し合っています。実際(じっさい)に何か新しい企画(きかく)を立ち上げるときは，その中から決めていくことが多いです。
ジブリの最大の特徴(とくちょう)は，そういった企画(きかく)の段階(だんかい)から，準備(じゅんび)や実際(じっさい)の制作(せいさく)作業，そして配給，宣伝(せんでん)に至(いた)るまでのすべての工程(こうてい)に，プロデューサーである僕(ぼく)が関わることです。普通(ふつう)はこれだけたくさんの段階(だんかい)があれば，企画(きかく)なら企画(きかく)係，宣伝(せんでん)なら宣伝(せんでん)係というように分業しますが，ジブリでは一人の人間がすべてに携(たずさ)わります。たとえば宣伝(せんでん)をするにも，実際(じっさい)にどんな映画(えいが)をつくっているのかという制作(せいさく)の現場(げんば)を知らなければ難(むずか)しいと思うのです。それぞれの過程(かてい)でどんなことをやっているか把握(はあく)すること。それがいかに大切か。これは映画(えいが)づくりに限(かぎ)ったことではありません。分業するのではなく，基本(きほん)的には一人の人間がすべての工程(こうてい)をやるほうがいいと思っています。 

となりのトトロ』が大ヒットしたとき，『となりのトトロ２』をやろうかという話が出ました。前作を観た人，観ていない人，どちらにも楽しんでもらえるように，登場人物のその後をああして，こうしてといろいろ考えましたが，結末のところまで来て「あれ，トトロが出てこない！」と気がついたのです。それで『となりのトトロ２』は結局，実現(じつげん)しませんでした。後にジブリ美術館(びじゅつかん)の短編(たんぺん)として作られましたが。
ジブリの作品の中で，シリーズになっているものは一つもありません。ドラマやアニメでシリーズものはたくさんありますが，舞台(ぶたい)の設定(せってい)が変わるだけで，話の流れはほとんど同じになってしまいます。僕(ぼく)も宮さんも飽(あ)きっぽくて，同じものをつくるのは億劫(おっくう)でやる気にならない。スタッフも，いつも同じものをつくっていたら飽(あ)きてしまうと思います。やっぱり新鮮(しんせん)な作品のほうがいいということで，『風の谷のナウシカ』から始まり『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』を経(へ)て『風立ちぬ』や『かぐや姫の物語』『レッドタートル　ある島の物語』と，毎回、違(ちが)うものをつくってきました。お客さんも観たことのないものを待っているだろうし，変化をつけていくほうが僕(ぼく)たちもやっていて楽しいですね。

僕(ぼく)は以前，『アニメージュ』という雑誌(ざっし)を編集(へんしゅう)していました。日本では初めてとなる本格(ほんかく)的なアニメーションの情報誌(じょうほうし)で，そのときヒットしている作品を追いかけて特集しました。しかし，毎号繰(く)り返すうちに１，２年で飽(あ)きてしまい，ある日，編集(へんしゅう)部のみんなに「ヒット作を追いかけるんじゃなくて，この雑誌(ざっし)からヒット作をつくれないかな」と提案(ていあん)したのです。まだ誰(だれ)も注目していない，未来のヒット作を見つけて特集しようという試みですが，その第一弾(だいいちだん)がガンダムでした。ちょうど，新刊(しんかん)号の印刷直前の校了(こうりょう)日にガンダムの企画(きかく)を見て「これはヒットする」と確信(かくしん)したのです。急きょその日に紙面を一から書き直してガンダムを載(の)せ，それから一年間ずっとガンダムで通した結果，雑誌(ざっし)からヒット作を生み出すことに成功しました。
ガンダムのあとも，いろいろな作品を同じような形で取り上げていきました。しかし，今ヒットしている作品も，これからヒットさせようと決めた作品も，結局，他人がつくったものに過(す)ぎません。そこで今度は「自分たちでつくってしまおう」と考えたのです。それが，私(わたし)が関わった最初の映画(えいが)『風の谷のナウシカ』でした。 

僕(ぼく)には，売れるか売れないかに関係なく，何か新しいものをやっていきたいという思いがありました。それは，自分がこれまでやってきたものを否定(ひてい)することでもあります。否定(ひてい)して，そこから新しいものをつくり，それを肯定(こうてい)し，いつかまた否定(ひてい)する。その繰(く)り返しをしていくことでつくるものが面白くなるのだと思います。
たとえば『もののけ姫(ひめ)』のようなアクション映画(えいが)をつくると，まったく正反対の作品をやりたくなります。だから，その次は『となりの山田くん』でした。大作のあとに二番煎(にばんせん)じをやろうとしても力が入りませんが，今度はある家族の小さな話だとなればやる気が出ます。宣伝(せんでん)のキャッチコピーは，『もののけ姫(ひめ)』は「生きろ。」だったから『山田くん』は「生きてみたら？」で提案(ていあん)しましたね。
作品をつくるとき，まず大もとになるスタイルをつくり，あとは同じものを繰(く)り返しやって完成度を高めていくやり方もあると思います。でも，アニメーションは子どもが観るもので，いくらやっても高尚(こうしょう)なものにはなりにくいです。それなら企画(きかく)を変えていったほうが楽しいのではないか。そう思って僕(ぼく)たちはやってきました。

あるとき，映画(えいが)『スター・ウォーズ』のプロデューサーから面白いことを教わりました。これまでのハリウッド映画(えいが)は，ラブストーリーや西部劇(せいぶげき)，ギャング映画(えいが)といったジャンルにかかわらず，テーマはすべて「愛」だったところを，『スター・ウォーズ』は「哲学(てつがく)」すなわち「人間の生き方」にシフトさせたというのです。それを聞いてなるほどと思い，その後『もののけ姫(ひめ)』のキャッチコピーは「生きろ。」に，『千と千尋の神隠し』は「生きる力を呼(よ)び醒(さ)ませ」という内容(ないよう)になりました。僕(ぼく)が「生」という字を意識(いしき)してきたのもこのエピソードの影響(えいきょう)です。
みなさんのおじいさん，おばあさんの時代，日本はとても貧乏(びんぼう)で，黒澤(くろさわ)明(あきら)をはじめとした日本映画(えいが)のテーマは「貧困(ひんこん)の克服(こくふく)」でした。ところが，その後，高度経済(けいざい)成長を迎(むか)えて豊(ゆた)かになり，貧困(ひんこん)から「心の問題」へとテーマが移(うつ)っていったのです。時代が変遷(へんせん)していく中で，現代(げんだい)のテーマを的確(てきかく)にとらえたのが宮さんでした。彼(かれ)の作品は，『ナウシカ』や『トトロ』，最近の『風立ちぬ』に至(いた)るまで，すべて「心の問題」がテーマです。これは，人がどうやって生きていくかという哲学(てつがく)にもつながると思います。 

僕(ぼく)たちが子どもの頃(ころ)は，親の目が届(とど)かない，自分たちだけの世界がありました。僕(ぼく)は名古屋の生まれで，近所に徳川(とくがわ)公園というところがあり，毎日学校帰りに寄(よ)ってはみんなでいろいろなことをやりました。木を折って刀を作ったり，家まで建てたりしていましたね。道に落ちている釘(くぎ)を拾っては，かまどで焼きながら金槌(かなづち)でたたき，手裏剣(しゅりけん)を作って投げ合ったりもしました。子どもの頃(ころ)のこういった経験(けいけん)は，今でも自分の体に残っています。映画(えいが)をつくるうえでも，手裏剣(しゅりけん)を投げてばんっと木に刺(さ)す感覚などはなんとなく分かるのです。
そんな自分の子ども時代と比(くら)べると，最近は日本中の公園が立派(りっぱ)になり，大人のものになってしまっていることに強い憤(いきどお)りを感じます。「子どもたちに公園を返せ」と言いたいです。僕(ぼく)たちの頃(ころ)はやりたいようにやって，その中で身体能力(のうりょく)を養い，どうすると危険(きけん)なのかといった感覚も学びました。モニターの中での冒険(ぼうけん)ではなく，野山を駆(か)けまわる経験(けいけん)が必要なのです。

生きていくには手段(しゅだん)が必要です。「読み，書き，そろばん」。この三つがあれば，人は生きていくことができます。「読み」というのは，文章を読んで，その内容(ないよう)を理解(りかい)すること。これは簡単(かんたん)そうで難(むずか)しいことです。まず，本を読んでください。「書き」とは，自分が思っていることを文章にする力です。本当に理解(りかい)しているかどうかは，文章を書くことによって確認(かくにん)できます。「そろばん」は，計算ができること。昔は電卓(でんたく)ではなくそろばんを使って計算していましたが，ものを買ったときにお釣(つ)りがいくらかなど，そういった計算をものすごいスピードでできるようになってください。
この三つができれば，大人になっても生きていけます。子どものうちに，この三つをどれだけ身につけることができるかだと思います。