赤外線人工衛星「あかり」が集めたデータを解析し,提供する
私は,JAXAの宇宙科学研究所に所属している天文学者です。太陽のような星がどのように年を取って一生を終えるかを研究したり,2006年に打ち上げた赤外線天文衛星「あかり」のデータを解析して,世界中の天文学者が使えるように提供する仕事をしています。
宇宙科学研究所では,人工衛星による天文観測や,探査機による太陽系探査を行っていますが,私自身は赤外線天文衛星「あかり」のプロジェクトに携わりました。衛星の運用中は,毎日数回,衛星と通信して,次の観測の計画を送信したり,観測したデータを受信したりということを行いました。「あかり」が任務を終えて運用を終了した後は,「あかり」が送ってきたデータを解析し整理することで,データの内容がすぐに分かってすぐに研究に使えるような形にして,世界中の研究者たちに提供しています。送られてきたデータは,そのままでは研究に使いづらい形なので,こうしたことをしているんです。
また,私自身の研究としては,年老いて大きくふくらみ赤くなった恒星である「赤色巨星」という種類の星の性質を調べています。私たちがふだん見ている太陽も,50億年後にはこの赤色巨星になるはずなので,太陽の50億年後の姿を研究しているともいえますね。
データの整理を進めながら,自分の研究も
宇宙科学研究所には,衛星ごとにプロジェクトチームがあり,それぞれに何人ものスタッフがいます。私が携わっている赤外線天文衛星「あかり」は,赤外線で天体を観測するために,2006年に打ち上げられ,2011年には運用を終えて電源をオフにしました。現在のデータ解析を進めるチームでは,正式な職員は私だけで,そのほかに5人ほどの若手研究員がかかわっています。
一日の勤務時間のうち,7割近くが「あかり」の仕事ですね。自分の担当のデータ処理や解析のほか,チームのまとめ役としての業務もしています。あとの時間は大学院生や若手研究員の相談に乗ったり研究所の業務をするほか,自分の研究も進めなければいけません。
私の研究分野である「赤色巨星」は生涯の終わりに近づいた恒星です。恒星は中心で核融合反応を起こして輝いているのですが,その核融合はいつか止まり,恒星として死を迎えます。核融合がいつ,どのように止まり,そのときに何が起きるのかなどを,赤外線や電波を使って調べています。「あかり」の観測では,赤色巨星の表面から,星を構成していたガスが宇宙に吹き出される様子や,ガスの中で作られた塵の雲の様子などが高解像度でとらえられ,研究に役立っています。
衛星がトラブルを起こすことも
「あかり」の使命のひとつは,赤外線を放つ天体が宇宙のどこにあるのかを観測して,リストアップすることです。人間の目に感じる光(可視光)では見えない天体も,赤外線を使うことで観測することができます。ただ,赤外線で遠くの天体の観測をするためには,望遠鏡をマイナス265度以下という,たいへんな低温まで冷やさなければいけません。液体ヘリウムと冷凍機で冷やすのですが,液体ヘリウムは蒸発していくので,限りがあります。
低温を保つため,望遠鏡を太陽に向けるなどはもってのほかなのですが,打ち上げ直後,「あかり」が太陽の位置を認識できなくなるというトラブルがあり,観測が始められませんでした。このときはプロジェクトチームと衛星開発メーカーみんなで考えて,「積んでいる太陽電池に一番光が当たるのはどこか」を調べて太陽の位置を把握し,姿勢の制御も最初に予定していたのとは違う方法を考えて,当初の予定より6週間遅れ,打ち上げの約2か月後に観測を始めることができました。ようやく観測を始めることができたときには,ホッとしました。
「あかり」はその後,宇宙のあらゆる方向の,さまざまな天体を足かけ約4年にわたって観測しました。2011年11月に完全に停波(衛星の電源をOFFにし,電波を出さないようにすること)した「あかり」は今も宇宙空間にいますが,最終的には大気圏に再突入して,燃え尽きる予定です。運用を終える際には,「あかり」がデブリ(宇宙ゴミ)になってしまわないよう,軌道を変更して,早く大気圏に突入するようにしました。
思わぬ発見に出会うこともある
私は以前から,思いがけない発見に出会う幸運に恵まれています。約20年前,私は,「SH」(※Sはイオウ,Hは水素の元素記号)という分子が宇宙にあることを発見したのですが,これは偶然がきっかけでした。当時,私はオランダの大学で研究員をしていたのですが,日本の知り合いの教授が,出張の途中でオランダに立ち寄られたんです。夕食をご一緒しているときにこの分子の話になり,「SHはまだ誰も見つけていない」ということだったのですが,私は以前,1980年代の論文にある大量のデータを調べているときに,これはSHではないかと思われる証拠をすでに見つけていたのです。まさかそんなに重要な分子だとは知らなかったので,あわてて論文のデータを探し,帰国された教授にFAXしました。すると,「これは大発見だ!」ということになり,私が論文を書くことになりました。このときは印刷されたデータを電子データに変換することから始めて,1か月くらいで論文を書き上げて,投稿しました。思わぬ発見だったので,論文を書いている時もかなり興奮しましたね。
最近も,WISE(広域赤外線探査衛星)というアメリカの衛星が観測したデータから,宇宙研の研究員が奇妙な天体を見つけたといって,「こういう星はあるのか?」と私に聞いてきました。もし星だとしたら,これに似たような天体があるから,それと比べてみてとアドバイスしたところ,ばっちり大当たり。年老いた恒星が大量のガスと塵を一気に吹き出したと考えられる,貴重な場面を発見することができたんです。私の思いつきが発見につながるというのも気分のいい体験です。
使いやすいデータを提供する
現在の私は「あかり」のデータを処理,解析して,世界中の研究者に提供をしている立場なので,データを利用する研究者が使いやすいようなデータを作り上げようと,日々努力しています。みんなが満足してくれるには,よいデータを作ることが大切ですが,なかなか難しいのも事実です。元データの持つ貴重な情報を出来るだけ引き出せるよう,処理方法を工夫するなど,日々努力しています。
あとは,研究者から問い合わせがきた時に,少しおせっかいなくらいに,こちらでいろいろ調べて,なるべく早く回答してあげることも心がけています。自分がせっかちだから,ほかの人も早く回答が欲しいかなと思っているのです。
また,私は,仕事においては,なるべく自分の手を動かすようにしています。大きい研究室があるわけではないので,何ごとも自分の手を動かし,自分で解析して,納得して,進めたいと思っています。そうした中で発見に出会うこともありますから。
天文少年から天文学者に
小学校3年生のころ,理由は覚えていないのですが,星が好きになって,望遠鏡を買ってもらってのぞいたり,星の写真を撮ったりするのが好きな天文少年になりました。そのころから将来は天文学者になりたいと思っていたのですが,実は大学4年間は天文学ではなく,物理学を勉強していました。卒業研究は,金属の低温での性質を調べる実験でしたが,コンピューターで測定を半自動化して,データの取り込みから解析まで行うシステムを構築しました。
けれど,なんとなく大学院は天文学科を受けてみようかなと思い,受験することにしたんです。無事,東京大の天文学専攻に合格した直後に,ある先生から,国立天文台の野辺山宇宙電波観測所(世界最大級の口径を持つ電波望遠鏡がある観測所)に観測に行くから来ないかと誘われて,そこからそのまま,いまの研究テーマである,年老いた星の性質の研究につながっています。本当にこれはご縁だと思います。私はどちらかというと流されるままに流れている方なので,たまたま今に至って天文学者になれている感じだと思っています。
繰り返し本を読んでいた,人見知りの子ども時代
私は子どものころ,よくしゃべる時と無口な時の波がありました。基本的には人見知りで,人前に立つなんてとても,という感じでした。今は人前で話す機会も多いんですけどね。小さいころはとにかくせっかちで落ち着きがないために,勉強ではケアレスミスが多く,ずいぶんテストでも損をしていたと思います。今もせっかちな性格に変わりはありませんが,ミスをしないよう,注意しています。
英語はNHKラジオで勉強していたおかげで成績もよかったです。天文学者は世界中の研究者とコミュニケーションをするので,英語も必須です。今でも英語に苦手意識がないのは,中学生のころの勉強が役立っているからでしょうね。中学,高校時代はインドア派で,オーディオに凝ったり,ラジオを分解したり,本もよく読んでいました。子どものころの私は同じ本を何回も読むタイプで,今は一度読んだら次の本を読みたくなって,なかなか読み返したりはしないのですが,あのころは飽きずに何度も読んでいたのを思い出します。たくさん本を読むことで,天文だけではない知識を得られたのは,今も財産だと思っています。
自分の好きなことにのめりこむことが大切
理系でも文系でも,インドア派でもアウトドア派でも,自分の好きなことがあれば,どんどん世界を広げていくことをおすすめしたいです。恥ずかしがらずに,どんどん自分の好きなところに出て行くことで,世界がぐんと広がります。さらに,同じようなことが好きな友だちも増えるかもしれません。
また,研究者になりたいという人に私から言いたいのは,理科や数学の成績がトップクラスでないと研究者になれないというわけではありません。もちろん学校の勉強も大切だけれど,いかに自分の好きなことにのめりこむかという方が重要だと,私自身の経験から,実感しています。
最近では,さまざまな大学などで中高校生向けのイベントをやっていたりするので,興味を持ったものがあれば,参加してみるといいですね。私たちの宇宙科学研究所でも,「君が作る宇宙ミッション(通称「きみっしょん」)」という高校生向けの体験学習プログラムを,毎年夏に開催しています。これは4泊5日の合宿形式で,数人のチームを組んで自分たちの宇宙ミッションを作り上げ,発表するものです。本格的な科学研究の楽しみが味わえるので,宇宙が好きな人がいたら,ぜひ応募してみてください。