商標審査官 は,商品を売る人も買う人も守っている
私が働く特許
庁にはいろいろな仕事がありますが,私
の仕事は「商標審査官」です。「商標」というのは商品の名前やマークを保護
する仕組みです。商標審査官
は,この「商標」という権利
が欲しいという申請内容を審査して,本当にその人に権
利を与
えてよいかをチェックしています。
私
たちの身のまわりにはたくさんの商品がありますよね。たとえば,飲み物には「三ツ矢サイダー」や「コカ・コーラ」など,名前と特
徴
のあるロゴマークがついています。でも,それとそっくりの名前やマークのついた商品がお店に並
んでいたら,どれを買ったらよいか迷
ってしまうと思います。そんなことにならないよう,商標審査
官は,新たに商品名やマークを使いたいという人や会社に,本当にその権利を与
えてもよいかどうかをチェックするんです。もし,似
たような商品名やマークがすでに他の人の権利
として認められているときは,あとから申
請してきた人には権利をあげることはできません。
新しく「商標」を認めてほしいという申請は,特許庁に毎日,何百件も届
きます。年間で13万件以上にもなる申
請を,約140人の商標審査
官が一つ一つ,審
査しています。
責任 が重いので勉強は欠かせない
あらゆる商品を審査するので,審
査室は食べ物関係,機械関係,雑
貨関係など,分野別にわかれています。審査官は責任の重い仕事なので,自分が担
当する分野のことを,ふだんから勉強しておかなければなりません。
たとえば,運動靴
の新製品
の名前とマークを審査
するとします。そのときはまず,似たような名前やマークの運
動靴はないか,パソコンで特
許庁
にあるデータを調べます。マークについては,そのマークの読み方,見た目,意味合いといった観点から審
査します。そこで似
た名前やマークが見つからなくても,気になるなと思ったら,スポーツやファッション関係の雑
誌や新聞を見たり,自分の足でデパートの靴
売り場や靴屋
さんに行ったりして,ていねいに調べる必要があります。そっくりの名前の商品がすでにあるのに,別の会社の申
請も認
めてしまったら,会社同士の争いにまで発展
してしまうこともあるからです。また,運動
靴に「うんどうぐつ」といった一
般的な名
詞を名前としてつけたり,「はきやすい靴
」といった,品質
を表す言葉を名前としてつけるのも,商標としては認
められません。だれでも他の商品と区別できるような名前でないと,買う人が商品を選ぶときに困
ってしまうからです。
自分が審査 した商標を,街の中やCMで見られる
私自身が審査
をした商標を,街のスーパーマーケットやCMなどで見ることができたときは,仕事のやりがいを感じますね。以前,四国の直島という観光地の温泉
施設
の商標の審査を担当
したことがあるのですが,その後,旅行に行って実物を見たときはうれしかったです。「これは自分が審
査したんだ」と家族にも自慢できます。
また,審査した商標は,特
許庁の「公報」により,「審査
官
宮川元」と自分の名前入りで外部に公表されます。自分の仕事の成果がそのような形で残るのも,うれしいことです。でも,それだけ責
任も重いということです。審
査をしていて「この名前とマークは,ほかの商品と区別できるだろうか」と迷うこともありますが,そんなときは,ほかの審査官たちと相談しながら,慎
重に判断するようにしています。
常に向上心を持ち,日々,勉強する
仕事では常に向上心を持って,専門
性を高めるため,日々,勉強することを心がけています。一つは自分の担当
する分野で,どんなものやどんな言葉が流行しているかを知っておくことです。その業界の新聞や雑
誌を読んだり,その売り場をチェックしに行ったりするようにしています。
もう一つ,ひんぱんに改正される商標の制度や法律
の勉強もしなくてはなりません。たとえば,2015年4月1日から,音の商標も申請
できるようになりました。その結果,胃腸薬のCMに使われているラッパの音などが権
利として認められています。企
業の広告戦
略の変化や経済の動向を勉強していないと,法律
改正の意義を理
解することはできないので,幅広
い勉強が必要になります。また,私
たちは各都道府県で開かれる企業
向けの商標制度の説明会に講
師として行くこともあり,企
業の担当者の方に,わかりやすい言葉で伝えるためにも,日々勉強が必要です。
また,私には将来
的に学校で商標のことを教えたいという夢
があるので,商標のことなら何を聞かれてもわかりやすく説明できるようにしておきたいと思っています。
きっかけは大学の授業
私がこの仕事を選んだきっかけは,大学2年生のとき,商学部の授
業に特許庁出身の方が来て,特
許庁
の仕事について話してくれたことです。それまでは特許
庁の存在もよく知らず,商標審査
官
という仕事があることは,まったく知りませんでした。話を聞くなかで,商学部で学んでいた経
営関係の知識などが,商標という制度
に大きくかかわるものだとわかりました。商標審査
官になれるのは年間数名で,採用
されても原則
4年間の見習い期間が終わるまではひとり立ちできません。私は元々,専門性
の高い仕事をしたいと思っていたのですが,これは自分が求めていた専門性の高い仕事だと思い,魅
力を感じました。
商標審査官
になるには,まず国家公務員
試験に合格
しなければなりません。そこで,私は大学3年の春ごろから国家公務員
試験のための勉強を始めました。試験には法律
や経済,一般教養も含
まれていますから,まんべんなく勉強しました。そして無事合格し,特許庁の採用
試験にも合格
することができ,晴れて商標審査官
への道を歩みはじめることができました。もしあの日,きっかけとなった授
業を受けていなければ今の自分はいなかったと思うと,運命的なものを感じますね。
スポーツや先生がくれたもの
小学生のころは,体が弱く学校を休みがちでしたが,中学からテニスを始めて,身長も伸び,体もだいぶ丈夫になりました。ラグビーや相
撲観戦など,スポーツはするのも見るのも大好きです。私
が通っていた私立本郷中学・高等学校は中高一
貫の男子校で,文武両道を掲げていたので,思い切り体をぶつけ合ってスポーツをし,勉強にも励
みました。もう一度,中学生に戻
れると言われたら,同じ学校を選ぶと思うほど,楽しい思い出ばかりです。
学生時代の夢は学校の先生でした。中学校のときの担任
の先生が,文化祭での研究発表にこだわり,しっかりと物事を調べることを教えてくださったので,自分も先生のような存在
になってみたいと思ったのがきっかけです。物事をじっくり調べ,自分の頭で考えるということは,いま私
がしている商標審査
の仕事にも必要なことなので,先生の教えは今も役に立っていると思います。
夢中 になることが自分を成長させてくれる
学校というところは,いろいろな考え方,いろいろな才能
を持った人に出会える場所です。友だちや先生からいい影響
や,ときには悪い影響
も受け,その中で自分が成長するということが,学校での出会いの意味ではないかと思うのです。だから,学校では何事にも全力で取り組んで,夢
中になれるものを見つけてほしいなと思います。
もし,商標審査官
という仕事に興味
を持ち,この仕事につきたいと思っている人がいたら,勉強だけでなくさまざまな分野に目を向け,幅
広い視野
を持ってほしいと思います。商標審査
官になると,たくさんの商品名やサービス名を審
査するので,幅広い知識
が必要になります。また,いろいろな視点
で物事を見ることも大切なのですが,私の場合は学生時代にアメリカに短期留
学したときに,人種や価
値観の違
う人たちと出会ったことで世界が広がりました。
みなさんもぜひ今から夢を探
し,それが見つかったら大切にしてください。また,色々なことに興味を持って視野
を広げると,新たな景色が見えると思います。