私わたしは，海運の会社である川かわ崎さき汽き船せん株かぶ式しき会がい社しゃで，航海士として働いています。海運とは船を利用した運うん輸ゆのことで，物を運ぶ貨物輸ゆ送そうと，人を運ぶ旅りょ客かく輸ゆ送そうがあります。また，国こく際さい航路で世界中を巡めぐる外航と，日本国内の沿えん岸がんを行き来する内航にも分けられます。私わたしが乗っているのは，世界の海を巡めぐる外航の貨物輸ゆ送そう船せんです。
貨物船にもいろいろな種類があります。私わたしはこれまでに，コンテナ船，自動車船，LNG船に乗りました。コンテナ船とは，どんな荷物でも“コンテナ”と呼よばれる大きな箱に入れて運べる船です。自動車船は，いろいろなタイプの自動車のほか，新しん幹かん線せんの車両も運べます。LNGというのは液えき化か天然ガスのことで，LNG船には，球形の大きなタンクが並ならんでいます。このほかにも川かわ崎さき汽き船せんには，原油などを運ぶタンカー，小麦や大豆，鉄てっ鉱こう石せきなどを運ぶばら積み船など，さまざまな大型貨物船があります。

大型貨物船は，全長がおよそ300メートルあり，東京タワーを横よこ倒だおしにしたくらいの長さですが，乗組員は20人くらいしかいません。船の乗組員は，免めん許きょを持って責せき任にんのある立場で業ぎょう務むを行う「職しょく員いん」と，職しょく員いんより指し示じを受けて甲こう板はんやエンジンの整せい備びを実じっ施ししたり，乗組員の食事をつくったりする「部員」とに分類されます。職しょく員いんは，行う業ぎょう務むにおいて船長，機関長，航海士，機関士に分けられます。
私わたしの職しょく務むである航海士は，おもに操そう船せん（船を操そう縦じゅうすること）や貨物の管理を担たん当とうしています。機関士は，船のエンジンをはじめ，船内のあらゆる機械類の管理を受け持ちます。航海士と機関士は，「海かい技ぎ士し」という国家資し格かくをもつ特とく殊しゅな技ぎ能のう職しょくです。海かい技ぎ士しには等級があり，船の大きさや航行する海かい域いきによって，乗船が必要な海かい技ぎ士しの等級と人数が国の法ほう律りつで定められています。
私わたしが乗る外航の大型貨物船には，職しょく員いんとして船長と，一等航海士，二等航海士，三等航海士の3人の航海士が乗ります。現げん在ざい，私わたしは二等航海士です。その他の職しょく員いんとして，機関長と，一等機関士，二等機関士，三等機関士の3人の機関士が乗ります。部員は10人程てい度ど，そのうちコックは2，3人います。
船長は船の最高責せき任にん者しゃで，安全な航海のための指し揮きをとり，船外との連れん絡らくも船長が行います。一等航海士から三等航海士は，交代で操そう船せんや見み張はりをする「航海当直」を行い，そのほかにも次にあげるような役やく割わりがあります。一等航海士は，貨物の管理と船体整せい備びの責せき任にん者しゃです。二等航海士は，船長の補ほ佐さとして航海計画を立てるほか，航海計器の管理，医薬品の管理なども担たん当とうします。三等航海士は，消しょう防ぼう・救命設せつ備びの管理点てん検けんなどが役やく割わりです。船長の統とう率そつのもと，各航海士が自分の役やく割わりに責せき任にんをもち，安全な航海のために力を合わせています。

船は24時間，休みなく進みます。「航海当直」は4時間ごとの3交こう代たい制せいで，当直を受け持つ時間帯は決まっています。ベテランの一等航海士は，海上が見えにくい夜明けの4時～8時と，日にち没ぼつの16時～20時を担たん当とうします。三等航海士は8時～12時と20時～24時，二等航海士は0時～4時と12時～16時の担たん当とうです。航海している場所に合わせて，船の中の時じ刻こくを調整することもあります。
航海当直は甲こう板はん部員と2人で行います。舵かじを握にぎるのは甲こう板はん部員で，航海士は航海計画に従したがい，双そう眼がん鏡きょうなどで進路を見み張はりながら，甲こう板はん部員に英語の専せん門もん用語で号令を出し，甲こう板はん部員はそれに従したがって舵かじを取ります。たとえば右へ5度舵かじを切るときは「スターボード（右みぎ舵かじ），ファイブ（5度）！」と発声します。
自動車はハンドルを切ったらすぐに曲がりますが，船は舵かじを切ってから曲がり始めるまでに時間がかかります。進路が変わるまでにかかる時間と船の進み方を頭の中で計算して，数百メートル手前から号令を出すこともあります。経けい験けんと訓練が必要な仕事です。
港に着くと，航海士は貨物を積んだり揚あげたりする「荷に役やく」の仕事が待っています。これも4時間ごとの交こう代たい制せいです。荷に役やくは，港こう湾わん施し設せつや荷に役やくの会社や代理店などとやりとりしながら進めます。安全かつ的てき確かくに，しかも短時間で終えなければならず，気が抜ぬけません。

川かわ崎さき汽き船せんでは，1回の乗船期間はおよそ6か月です。半年分の衣類や生活雑ざっ貨かを持って乗船するので，荷物が多くて大変です。
船内での生活は，なかなか快かい適てきです。部屋はビジネスホテルのような個こ室しつで，シャワーとトイレがついています。船は揺ゆれて船ふな酔よいするというイメージがあるかもしれませんが，大型船なので，それほど揺ゆれることもありません。
二等航海士の私わたしの1日は，0時の航海当直から始まります。4時に一等航海士と交こう替たいしたら，火か災さいの原げん因いんになるようなものがないか，船内の見回りをします。それからは自由時間で，私わたしは6時ごろ寝ねます。11時に起きて，12時から16時まで2回目の航海当直。そのあとは自由時間です。17時半から夕食をみんなと一いっ緒しょに食べて，シャワーを浴び，翌よく日じつ0時の航海当直まで仮か眠みんします。
船内での休日は月に2日ほどです。航海当直は船長が代わってくれます。自由時間には，本を読んだりDVDを見たりしていますね。最近の船では太平洋などの広い海かい域いきに出てしまっても衛えい星せい通信により電話やメールができ，家族や友人とのコミュニケーションには不自由しません。

船の上で働いている人数が少ないため，一人一人の責せき任にんは重いです。航海当直では，当直中の航海士1人で大きな貨物船の操そう船せんの責せき任にんを負います。シンガポール・マラッカ海かい峡きょうやヨーロッパの沿えん岸がん海かい域いきなど，船が航行できる海かい域いきが狭せまいのに他の船が多く通航している場所を航行するときは，神しん経けいがすり減へるような思いがします。最終的な船の責せき任にんは船長にあり，夜中に船長を起こして対たい応おうしてもらったこともあります。
海運の役やく割わりの大きさには，やりがいを感じています。日本では，生活に必要なものの多くを海外から輸ゆ入にゅうしています。また，輸ゆ入にゅうした原料から工業製せい品ひんなどを作り，その製せい品ひんの輸ゆ出しゅつも行っています。輸ゆ出しゅつ入にゅう品ひんの99％以上が船によって運ばれていることは知っていますか？日本人の生活を支ささえている大型貨物船の安全な運航には，大きな使命とやりがいを感じています。
しかしこの使命を果たすには，絶ぜっ対たいに事じ故こを起こしてはなりません。私わたしたち航海士のちょっとしたミスが，命にかかわる事じ故こや環かん境きょう破は壊かいにつながりかねません。とくに，原油を満まん載さいしたタンカーや液えき化か天然ガスなどを運ぶガス船では，航海士に技ぎ術じゅつや判はん断だん力りょく，強い精せい神しん力りょくなど，高い能のう力りょくが求められます。乗船中は，常つねに気持ちを引ひき締しめています。

仕事でさまざまな国に行けるのも，この仕事の大きな魅み力りょくです。私わたしが入社後に初めて乗ったのはコンテナ船で，国こく際さい航路の花形ともいわれる欧おう州しゅう航路でした。イギリス，ベルギー，ドイツ，オランダの港々に寄き港こうするたびに上陸して，市街地を歩き，現げん地ちの雰ふん囲い気きを味わいました。ただ，寄き港こう時間は長くても1日半，短いと半日足らずです。大きな港は市街地から離はなれているので，町との往おう復ふくだけで時間がいっぱいということもあります。
安全に楽しむためには，注意しなければならないこともあります。夜に出歩かないようにしたり，国によってはできるだけ肌はだや髪かみを隠かくしたりする場合もあります。その国を理り解かいすることも大切です。

私わたしは小さいころから，「将しょう来らいは船長になる」と決めていました。それは，近所に外航の船長さんが住んでいたからなんです。外国の香かおりがする紳しん士しで，あこがれましたね。
その夢ゆめを持ち続け，中学卒業後に，船員を養成する高こう等とう専せん門もん学がっ校こうに入学しました。当時は校内で学ぶのは4年半で，最後の1年は実習船での航海実習です。卒業後に，口こう述じゅつ試し験けんと身しん体たい検けん査さに合ごう格かくすれば，三さん級きゅう海かい技ぎ士しの資し格かくがとれ，大型貨物船に航海士として乗船できます。
私わたしは高こう等とう専せん門もん学がっ校こうを卒業後，2010年10月に，川かわ崎さき汽き船せんに入社しました。川かわ崎さき汽き船せんの海かい上じょう勤きん務むは，6か月の乗船と3か月の休きゅう暇かを繰くり返かえすサイクルです。ただし，仕事は海かい上じょう勤きん務むだけではなく，オフィスで働く陸りく上じょう勤きん務むがあります。海上と陸上の両方の経けい験けんを積み重ねることで，船の経けい験けんで培つちかった知ち識しきと経けい験けんをもって，陸上で仕事をする際さいに，船の安全な運航のための手助けができるようになるという考え方からです。

子どものころから体を動かすのが好きで，放課後は近所の公園で泥どろんこになって遊んでいました。駆かけっこも得意で，小学校ではずっとリレーのメンバーでした。その一方で読書も大好きでした。毎日のように，学校の図書館で本を借りてきて読んでいました。
私わたしはどちらかというと，おっとりとした性せい格かくなので「自分のこの性せい格かくは，船乗りには向かないのでは？」と，思おもい悩なやんだこともあります。節目のひとつが，高こう等とう専せん門もん学がっ校こうの3年生を終えたときでした。4年生に進む道と大学編へん入にゅうの分かれ道で，「船はあきらめて大学に行こうかな」と，迷まよいました。けれどやっぱり子どものころから抱いだいていた「船長になりたい！」という気持ちが強くて，結局，その道を突つき進すすむことにしました。
夢ゆめを実じつ現げんするまでには苦労もあるだろうし，悩なやむことも多いと思います。でも夢ゆめを描えがき，その思いを強く持ち続けていれば，悩なやみに悩なやんだ末に，ちゃんと道が開けるものだと思います。それを信じて，みなさんも自分の夢ゆめを持ち続けてほしいなと思います。