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- 神奈川県に関連のある仕事人
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1970年 生まれ
出身地 神奈川県

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高橋 博之
地方が都市に依存するのではなく、都市住民が地方のファンになり、地方と都市が支え合うことで双方が元気を取り戻す、というストーリーに重要性を感じました。
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kexnpi-(≧∇≦)/
(東京都 小6)
- ※ファン登録時の学年を表示しています

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職場
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苅部 博之 -
仕事内容
年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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自己紹介
のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
採れたての農作物を直接販売する「直売」が特長
私は神奈川県の横浜市保土ヶ谷区で、「苅部農園」を営んでいる農家です。野菜などの農作物をみなさんにおいしく食べてもらえるよう、大切に育てています。ほかの農家の方と少し違うのが、敷地内にある直売所「FRESCO(フレスコ)」で、その日に採れた農作物を直接お客さまに販売しているところです。
農作物は、市場を通じて青果店やスーパー、量産店などに届けられるのが一般的ですが、都市農業では消費地に近いという立地を生かして、市場を通さず近隣のスーパーやJA(農業協同組合)の直売所に直接、農作物を卸すケースも増えています。苅部農園も、FRESCOでの直売のほかに、地域の飲食店や青果店、学校給食にも野菜を卸しています。このような場合、生産だけでなく販売の工程も我々農家が担うので、買いたいと思ってもらえるように、袋への入れ方や色合いなど、見た目の工夫もしています。
苅部農園は現在、私と、母、妻、従業員2名と、「農業塾」のメンバーで管理しています。「農業塾」は、農業や野菜作りに興味がある方に年会費を出してもらい、農業について学びながら手伝いをしてもらう制度です。メンバーは現在、約15名で、年齢も性別も問わず、さまざまな人が参加しています。最初は年配の方が多かったのですが、現在の最年少は小学1年生です。ほかにも学生や主婦の方、社会人など、いろいろな人が楽しみながら手伝ってくれています。「農業塾」とは別に、「百姓塾」という、これから新規で農業を目指したい方のための制度もあり、今まで「百姓塾」から5人の方が新規就農しました。 -
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苅部 博之 -
仕事内容
年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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自己紹介
のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
オリジナル野菜「苅部大根」「苅部ネギ」「苅部人参」
新種の野菜の開発もしています。例えば、ダイコンの場合、赤い品種のダイコンの種から、まれにピンクや赤紫など、少し違う特徴をもつダイコンが育つことがあります。そこで、あえてその「変わったダイコン」を選び、そこから種を取ってまた育てる。そうすると、その「変わった」特徴を受け継いだダイコンが少しずつ増えていきます。これを何年も繰り返し、色や形、味を選び続けることで、もとのダイコンとは違うオリジナルのダイコンを作ることができます。こうして、約10年の月日をかけて、上部は赤く、下部は白い鮮やかな彩りと、辛みを抑えた味わいが特徴の「苅部大根」の開発に成功しました。ほかに「苅部ネギ」「苅部人参」も開発し、合わせて3種類のオリジナルブランドを生み出すことができました。
また、苅部ネギを使った旨辛の調味料「苅部葱じゃん」をはじめ、トマトジュースやブルーベリージャムなどの加工品も作っています。加工品を作るのは、フードロスを防ぐことと、苅部農園のオリジナル商品を作ることの二つの目的があります。手塩にかけて育てた農作物ですが、新鮮な味を楽しめる時期は数週間程度です。その時期を過ぎてもおいしく食べてもらえるという意味でも、加工品の存在は大きいです。 -
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苅部 博之 -
仕事内容
年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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自己紹介
のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
一年で約100種類の野菜を作り、旬の野菜を届ける
私は、毎朝5時ごろに起きて、6時ごろに畑に行きます。お昼まで作業をして、休憩後、日没まで作業をするのが一日の流れです。
仕事をしていて大変なことは、年間で100種類ほどの野菜を作っていて品目が多いので、管理するものがたくさんあることです。苅部農園ではビニールハウスを使わず、畑で育てる露地野菜だけを栽培しています。ビニールハウスを使用しない理由の一つは、農地が分散しているからです。合計で3ヘクタールほどある農地は横浜市ではかなり広いほうです。ただ、都市農業にありがちなのですが、15か所ほどに分散しています。ビニールハウスは天候の影響を受けない一方で、内部の温度や湿度などの細かな環境管理が必要になります。そのため分散した土地にビニールハウスを作ってしまうと、管理が行き届かなくなってしまいます。また、季節ごとに旬の野菜をみなさんに味わってもらいたいのも露地野菜を栽培する理由の一つです。春は春キャベツや春ネギ、新タマネギ、初夏には新ジャガやそら豆、夏はトマト、キュウリ、ナス、冬はダイコンやハクサイ、ホウレンソウなど、季節ごとにさまざまな野菜を育てています。そのため、収穫の繁忙期だけでなく、作物が少なくなる転換期にも次の季節の野菜の準備があり、年間を通して仕事があります。
ゲリラ豪雨や台風、雨不足など、予測しにくい天候への対応も農業ならではの難しさです。夏の暑さはもちろん、冬の寒さはそれ以上に厳しいこともあります。それでも、季節ごとに違う作物を育てるからこそ、一年を通して農業に向き合える面白さがありますし、旬の野菜をみなさんに届けることができています。 -
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苅部 博之 -
仕事内容
年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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自己紹介
のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
やりがいを感じるのは「野菜が食べられるようになった」「おいしかった」の言葉
農家の魅力の一つは、自分が作ったものを自分で食べられることです。もちろん、買ってくださる消費者の方においしい農作物を届けることが一番ですが、自分で育てたものを食卓で味わえるのは、農家ならではの喜びだと思います。外で働く仕事だからこそ感じる、ご飯や水のおいしさもありますね。
消費者の方との距離が近いことも、地域に根ざした直売をしているからこその魅力です。
地域とのつながりを深める取り組みの一つとして、近隣の小学校で農業授業も行っています。種まきや収穫だけではなく、途中の観察や間引きもしてもらい、学校給食には子どもたちが育てた野菜を入れてもらっています。さらに、作った野菜の販売会も行います。子どもたちが近所の方にチラシを配って自分で野菜を販売します。その売り上げを、震災などで支援が必要なところへの寄付や、お世話になった方へプレゼントをするために使うなど、学校側で使い道も考えてもらっています。
そうした活動を通して、「今まで食べられなかった野菜が食べられるようになった」「今まで食べた中で一番おいしかった」と言ってもらえるのは、本当にうれしいです。最近では、「将来は農家になりたい」という子どもも少しずつ増えてきました。そんな変化に立ち会えることが、農業を続けていく大きなやりがいになっています。 -
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苅部 博之 -
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年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
五つのこだわり:「鮮度」「品種」「土づくり」「情報発信」「彩り」
直売所を始めるにあたって、もっと自分たちが作った野菜のおいしさを感じてもらいたいという思いから、三つのポリシーを掲げました。一つ目は「鮮度」です。基本的に、その日収穫したものをその日のうちに販売するため、直売所は午後から開けています。二つ目は「品種」です。トマトやキャベツにもたくさんの品種があり、それぞれの特徴があります。その中から、収量や病気への強さだけでなく、できるだけおいしさを重視して選んでいます。三つ目は「土づくり」です。堆肥や肥料を活用し、微生物を増やしながら、柔らかく地力のある畑を作っています。
そして最近さらに加わった二つのポリシーが、「情報発信」と「彩り」です。情報発信では、SNSだけではなく、生産者自身が消費者に直接伝えることを大切にしています。例えば、消費者の方に実際に畑を見て体験してもらう畑の見学ツアーを行っています。野菜作りへの思いなど、野菜売り場のポップや文章だけでは伝わらないことを、自分の言葉で伝えられる機会になっています。このように、自分たちを知ってもらうことで「この人の作る野菜を食べてみたい」と思ってもらえるきっかけになればと思います。また、「彩り」では、例えばオレンジ色のニンジンだけでなく、黄色や紫のニンジンも育てるなど、食卓に並んだときに「おいしそう」と思ってもらえる色や見た目を意識しています。 -
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苅部 博之 -
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年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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父の背中に憧れ、子どものころからずっと夢は「農家」
江戸時代から続く農家の家に生まれたので、小学生のころから将来の夢は自然と「農家」でした。自信を持って農作物を作っている父の姿が、当時の自分にはすごくかっこよく、プロフェッショナルに見えていたのです。だから、自分も大人になったらそんな農家になりたいと思っていました。兄もいたので、もともと自分が継ぐと決まっていたわけではなく、大学は農学部に進み、一度は就職もしました。その後、兄とどちらが家業を継ぐかという話になったときに、「自分がやりたい」と伝え、13代目として農業を継ぐことになりました。
私には2人の息子がいるのですが、長男は幼稚園の七夕のときに「将来は畑の人になりたい」、次男も将来の夢についての作文で「農家になりたい」と書いていました。2人とも昔の私と同じように農家になりたいと思っていることがまずうれしかったですし、次男が農家になりたい理由として「農業は社会を下で支えているから」と書いていたのも印象的でした。農作物を作るだけではなく、もっと社会を根元から支えていけるような形態を作るべきだと思うきっかけになりました。農業は、飲食や教育などほかのさまざまな分野の業種とつながることができるので、連携することでより一層、社会を支えられると思っています。 -
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苅部 博之 -
仕事内容
年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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自己紹介
のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
ものづくりが好きで、負けず嫌いだった子ども時代
子どものころから、何かを作ることが好きでした。小学校低学年のころには、畑で土遊びをしながらいろいろな物や形を作ったり、基地を作ったりして遊んでいました。今、振り返ると、そうした「自分で考えて、手を動かして形にする」ことが昔から好きだったのだと思います。学生時代は、剣道部やハンドボール部に入っていました。団体競技も嫌いではありませんでしたが、どちらかというと自分一人で地道に取り組み、成長していく競技のほうが合っていたのかなと思います。あと、負けず嫌いでもありました。中学生のとき、周りに農家の息子がいなかったこともあって、家が農家であることをばかにされたことがありました。そのときも、一生懸命頑張っている親を否定されたような気がしてとても悔しく、いつか農業で成功して見返したいと心に火がつきました。そこから揺らぐことなく農業を志してきたので、悔しさを感じると時間をかけて努力するタイプだったのかもしれません。その反面、興味が薄いことに対しては飽きっぽく、部活などをすぐ辞めてしまうような面もありました。
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苅部 博之 -
仕事内容
年間100種類の野菜を栽培するほか、世界で苅部農園だけのオリジナル野菜も開発している。
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自己紹介
のんびりしていますが、好奇心旺盛な性格です。休みはあまりありませんが、作業後には映画を見るなどしてゆっくり過ごしています。
未来の自分の可能性を信じて、やりたいことにチャレンジを
やりたいと思うことがあるなら、とりあえずなんでもやってみてほしいと思います。なかなか最初の一歩を踏み出せない人もいると思いますが、まずは「やってみる」という種をまくことが大切です。興味のあることや好きなことを少しずつ増やし、チャレンジすることで、それらがつながり、思いもよらない新しい可能性が生まれることもあります。
これから先の未来で何が起こるかは誰にもわかりません。私自身、これまでいろいろな夢や目標をかなえてきましたが、今は自分が育てた野菜を使った農家レストランを作ることが、新たな目標の一つです。いつか自分の野菜を主役にした料理を味わえる場所を作りたいです。そんなふうに、夢は一つかなったら終わりではなく、そこからまた次の夢が生まれていきます。だからこそ、今の自分だけで未来を決めず、興味を持ったことにどんどん挑戦し、未来の自分の可能性に期待してほしいです。 -












