私わたしは，京都府相そう楽らく郡ぐん精せい華か町ちょうにあるサントリーグローバルイノベーションセンター・水科学研究所で働く水の研究者です。水の研究といっても，からだの中の水から地球規き模ぼの問題まで幅はばが広いですが，私はその中でも「森の中での水の循じゅん環かん」について研究しています。

研究者というと，毎日，研究室にこもって顕けん微び鏡きょうやビーカーで実験に明け暮くれているイメージがあるかもしれません。しかし私わたしの場合は，自然の中で循じゅん環かんする水が研究の対たい象しょうです。その答えがあるのは，山や森などの自然の中。そのため，実験室にいるよりは，山や森へフィールドワークに出かけることが多くなります。

私わたしが勤つとめる飲料メーカーのサントリーでは，みなさんが飲んでいる「天然水」の水すい源げん，「サントリー天然水の森」を守る活動をしています。「天然水の森」は全国に15都府県21カ所にあり，その総そう面積は約12,000haにもなります。私わたしは全国の「天然水の森」に出かけて，水すい源げんや森の状じょう態たいをチェック。ほかにも，地下水を汲くみ上げる新たな水すい源げんの候こう補ほ地ちを探して，さまざまな山に出かけています。

森に出かけるときは，私わたしのような水の循じゅん環かんの研究者，水すい質しつの研究者，森や樹じゅ木もくの専せん門もん家かなど，いろいろな人とチームを組みます。

森では，地上からは見えない地下水がどのように流れているかを知るためのヒントを探さがします。道のないような山やま奥おくに入っていき，水がどこから湧わき出て，どのように流れていくのか。季節や天候によって，その流れがどのように変わるのか。簡かん単たんな測そく定てい器きを使ってその場で水の性せい質しつを調べ，空のペットボトルに水を入れて持ち帰り，研究室で細かく分ぶん析せきします。

森でのフィールドワークで調べたことをもとにして，コンピュータシミュレーションを使って地上からは見えない地下水の流れを見えるようにする作業も行います。ほかにも，さまざまな分野の大学の先生や専せん門もん家かと新しくわかった知ち識しきや考え方について議ぎ論ろんをすること，それらをもとに論ろん文ぶんを執しっ筆ぴつしたり，学会で発表することも大切な仕事です。

この仕事の一番のやりがいは，いろいろな分野の専せん門もん家かが集まり，協力して，ものごとをやり遂とげられることです。どうしたら「より良い水の循じゅん環かん」につながるのか。この単たん純じゅんな問いに対して，いろいろな分野の専せん門もん家かが，それぞれの視し点てんから意見を出し合い議ぎ論ろんします。私にとってはとても刺し激げき的てきで，充じゅう実じつした時間といえますね。

もうひとつのやりがいは，「サントリー天然水」というみなさんの手元に届とどく商品に関わっていることです。2Lの天然水のラベルには，「およそ20年以上」という説明を記き載さいしています。これは，「天然水の森」に降ふった雨や雪が地中でろ過かされ，工場で汲くみ上げる井戸まで流れてくる年月のこと。まさに私わたしたちが研究していることを，みなさんにわかりやすくお伝えしています。それを見て，「水って，おもしろいんだな。ロマンがあるな」と興きょう味みを持ってもらえたら，とてもうれしいですね。「それだけ真しん剣けんに水と向き合っている会社の水だからおいしいんだ」と思ってもらえるように，日々がんばっています。

私わたしは小学生のころから，なぜ地球が回っているのか，宇う宙ちゅうはどんな仕組みになっているかということを考えることが大好きでした。将しょう来らいの夢は，宇う宙ちゅう飛ひ行こう士し。理科は大好きだったのですが，その一方で，何かを覚えるのは大の苦手でした。歴れき史しの年表を覚えたり，同じ理科でも星せい座ざの名前を暗記したりするのは全然ダメ。どのような理由で事じ件けんが起こったのか，なぜそう呼よばれるのかがセットじゃないと，頭に入ってこないんです。

小学生のときに買ってもらって夢む中ちゅうで読んだのが，「宇う宙ちゅうのひみつ」という本です。太たい陽よう系けいの仕組みがどうなっているとか，実は太たい陽よう系けいは銀ぎん河が系けいの中心ではないとか，星をのみこむブラックホールはどうやってできるかなどがわかりやすく書かれていて，何度も読み返していました。今，振ふり返ってみると，「どうしてそうなんだろう？」と考えることが好きだったんですね。わからないことが，わかるようになる。それが楽しくて，いつもわからないことを探さがしていました。

大学は理学部に進学して，「面白そうだな」と水の研究を始めました。水の性せい質しつを調べると，その水がどこから来たのか，どうやって循じゅん環かんしているのか，といった目に見えない仕組みが浮うかび上がってくるのが面白かったんです。研究を進めていけば，わからないことがわかるようになる。その楽しさに，どんどんのめり込こんでいきました。

そんなある日，大学にサントリーの水科学研究所に勤つとめているという先せん輩ぱいがやってきて，話をする機会があったんです。それまで自分の興きょう味み・関心のためだけに水を研究していましたが，先せん輩ぱいと話すうちに，「水って，飲むものなんだ！」と当たり前のことに気付かされました。私わたしにとって，それまで水は研究の対たい象しょうでしかなかったんです。でも，その先せん輩ぱいの仕事内容を聞いているうちに，もしかしたら自分の研究が「人の役に立つかもしれない」と。自分の知ち識しきや技ぎ術じゅつを生かして，長い年月をかけて森が育んだ水の価か値ちをたくさんの人たちに届とどけられる──。サントリーならそんな仕事ができそうだ，と思うようになりました。

そこから，どうしてもサントリーで水の研究がしたいと考えるように。大学院での研究を終えて，念願のサントリーに入社，水科学研究所での研究がスタートしました。

ところが，入社してしばらくは，自分の中で一番悩なやんでいた時期になりました。「人の役に立ちたい」とサントリーに入ったのに，どうやったら役に立つのかがわからなかったんです。自分の専せん門もんである「水の循じゅん環かん」が，どう商品に生かせるのかをイメージできず迷めい路ろに迷まよい込こんだような気持ちで，「何のためにこれをやっているのだろう」と考える日々が続きました。

そんな悩なやみを解かい決けつする方法を探して，研究所の先せん輩ぱい，工場の担たん当とう者しゃ，お客さま，大学の先生など，ありとあらゆる人に話を聞きに行き，アンケートなどもお願いしました。そうやっていろいろな人の声を聞くうちに，自分の研究は，「今，使える水を大事にする」ことだけではなく，「将しょう来らいもお客さまに安全でおいしい水を届とどける」ためになるという，納なっ得とくのいく答えが少しずつ見えてきたんです。そして，それは「サントリー天然水」というブランドの価か値ちを高めることになり，会社にとっても役に立つはずだと思えるようになりました。

国連が世界の目標として定めているSDGsにも，水は深く関わっています。ゴール６の「安全な水とトイレを世界中に」という目標は，まさに私わたしたちサントリーが行う企き業ぎょう活動そのものです。ただ私わたしたちにとっては，SDGsがあるから頑がん張ばろうというよりは，水を使う企き業ぎょうとして「水を守る責せき任にんがある」という強い思いをずっと以前から抱いだいて活動してきた，というのが正直な気持ちです。それが今のSDGsの活動につながったということです。

また，SDGsの「誰だれも置き去りにしない」という理念や「国も企き業ぎょうも個こ人じんもみんな一いっ緒しょに頑がん張ばる」という考え方には，とても共感しています。水は誰だれのものでもなく，その地ち域いきの動どう植しょく物ぶつを含ふくむみんなのもの。自分たちがどう生き残るかではなく，みんなにとって大切な水の課題を，どうやってみんなで解かい決けつするかという視し点てんを持って考えることがとても大切です。

将しょう来らいも持続的に安全でおいしい水を確かく保ほするためにはどうしたらいいのか。突とつ然ぜん地じ震しんが起こったら水の流れはどうなるのか，気候変動などが原げん因いんで洪こう水ずいや水不足が増ふえたらどんな世界になるのか。想そう像ぞう力りょくを働かせ，いろいろな視し点てんで考えていかなくてはいけません。私わたしたちも「水の循じゅん環かん」や「森と水」という視し点てんから，知ち恵えや経けい験けんを提てい供きょうしていきたいと思っています。

私わたしは，自分の将しょう来らいの仕事を考えるとき，「○○が好きだから」という理由を持つことがとても大切だと思っています。好きなことなら夢む中ちゅうになって頑がん張ばれるし，何より楽しいからです。そのときに，どうしてそれが好きなのか，それの何が好きなのかを，ぜひじっくり考えてみてください。人気者になれるから，上手にできると嬉うれしいから，チームで戦うのが楽しいから…。いろいろな理由があっていいと思います。

「好き」には，必ず理由があります。私わたしの場合は，「わからないことが，わかるようになるのが楽しい」でした。だから，今でも水の研究が面白いし，その仕事ができる毎日がとても充じゅう実じつしています。ただし，私わたしには好きなことがほかにもあります。子どもたちの笑顔を見るのが好きなので，学生時代は教きょう師しにも興味がありました。もちろん，宇う宙ちゅう飛ひ行こう士しになる夢ゆめは，今でもあきらめていません。

みなさんが大人になるときは，今はまだない仕事が生まれているかもしれません。目の前に並ならんでいる仕事から選ぶのではなく，自分が本当に好きなことを新しい仕事として作り出すこともできるはずです。みなさんの人生は，みなさんひとりひとりのもの。自分の人生で，自分はいったい何をしたいのか。それを考えることが，本当にやりたい仕事をするヒントになるはずです。