私わたしは岐ぎ阜ふ県けんの大野町でバラの育種家をしています。今あるバラを交配させて，新しい品種のバラを生み出すのが私わたしの仕事です。まず，かけ合わせたいバラどうしを交配させて実がなるまで育て，実から種を取り出します。その種をまいて温室で育て，花を咲さかせます。たくさん咲さいた中から，香かおりや美しさなど，つくりたいバラのイメージに合うものを選び，そのバラの枝えだを切って台だい木ぎと呼よばれる木につなぐ「接つぎ木き」という方法で増ふやしていきます。その後，温室から外の畑に植うえ替かえて，花の付き方や生育の状じょう態たい，病気に対する強さなどを確かく認にんします。
バラは，人間で例えると成人にあたる段だん階かいまで成長するのに，２～３年かかります。成長後にどのくらい繰くり返かえし花が咲さくのか，木はどんな形やサイズに成長するのかなど，さまざまな角度からバラの様子を見るため，４～10年ほどかけて試験栽さい培ばいを行い，その中からさらにいいバラを選び出して，世の中に出せる品種をつくっていきます。
プロとしてバラの育種家をやっている人は，日本でも数人しかいません。中でも女じょ性せい育種家は，世界でもとても少なく，珍めずらしい存そん在ざいです。その中で私わたしは，ずっと育種家を続けてきた義ぎ母ぼとともに，女じょ性せいならではの視し点てんを生かして，特に女じょ性せいに好まれるバラづくりを目指しています。

育種の目標は，できたバラを新しい品種として販はん売ばいすることです。私わたしたちの会社「河かわ本もとバラ園」は，バラの苗なえを生産・育成しバラ農家や小売店に販はん売ばいしているのですが，中でも新しい品種を開発する育種の仕事は私わたしと義ぎ母ぼの２人だけで行っています。１年で市場に出せる新品種は，私わたしと義ぎ母ぼでそれぞれ２種ほどです。私わたしはこれまでに４品種を自分のブランドとして出すことができ，もうすぐ新たな２品種を発表する予定です。
バラの育種作業は，バラが成長するタイミングに合わせて行います。私わたしの場合，バラが咲さき始める春に，母親となるバラのめしべに他のバラの花粉を付ける交配を行い，ほかの時期には，でき上がった種をまいたり，畑で育てて試験栽さい培ばいをしています。交配させた花の性せい質しつから，ある程てい度どは予想しますが，たとえばピンクの花どうしをかけ合わせてもまったく違ちがう色の花が咲さくこともあり，どんな花が咲さくかは育ててみないと分かりません。咲さいた花を見て良いと思ったものを選び，１つ１つ印をつけ，残すバラを決める選せん抜ばつ作業をします。さらに，カタログやホームページ，苗なえに付けるラベルなどに載のせる写真を撮さつ影えいするのも，私わたしの大切な仕事です。
また，育種のほかにも，アメリカ，イタリア，フランスをはじめ，海外でつくられるバラを見に行き，日本で販はん売ばいできそうなものを見み極きわめる仕事もしています。いいバラがあると，持って帰って何年か試験的に栽さい培ばいし，日本の気候や好みに合うかを確かく認にんして，販はん売ばいしています。

バラの交配は，春にその株かぶで最初に咲さく「一いち番ばん花か」の季節が最も適てきしています。交配してから実が付くまでには，最低３か月かかるので，秋までに種を実らせるためには，この機会を逃のがすことはできません。そのため５月前後になると，毎日，朝から晩ばんまで交配作業が続きます。交配は細かい作業を延えん々えんと繰くり返かえし，とても根気のいる仕事です。秋から冬にかけては，できた種を収しゅう穫かくし，種をまいて春に花が咲さくのを待ちます。バラの成長に合わせて１年中やるべき作業があるため，まだ子どもが小さいときは，子育てや家事をしながら仕事をするのはとても大変でした。
せっかく種を付けるまで手間や時間をかけても，できた種を植えた土の状じょう態たいや天候によってうまく発芽しなかったり，花は美しくても育ててみると病気に弱く，販はん売ばいまでに至いたらないこともあります。私わたしにとっては，できたバラはすべて自分の子どものようにかわいいのですが，うまくいかないものは切きり捨すてていかなければならず，選別する際さいはとてもつらいです。

育種家を始めて７年目となった2016年に，私わたしは初めて自分がつくったバラを販はん売ばいしました。自分のつくったバラには，イメージに合った名前を付けるのですが，私わたしは子どものころから手芸が好きだったので，「手芸屋さんのバラ」という意味を持つ「ローズ・ドゥ・メルスリー」というシリーズを立ち上げ，細かな花びらが重なる「クロッシェ（レース）」や，鮮あざやかなグラデーションが特とく徴ちょうの「ブロドリー（刺し繍しゅう）」など，数種類のバラを販はん売ばいすることにしました。
販はん売ばいを始めたときには，多くの女じょ性せいに関心を持ってもらえるよう，かわいらしいデザインのパンフレットをつくり，展てん示じ会かいでバラを発表したときには，お客さんにイメージを伝えられるよう，刺し繍しゅうを施ほどこした小物を手作りしてバラと一いっ緒しょに渡わたしました。最近は，インターネットのSNSなどを通じて，お客さんの声を聞くことができ，バラを生活に取りこんで幸せや癒いやしを感じてくれている方の声を聞くこともできます。お客さんが私わたしのつくったバラを楽しんでくれることが，一番の喜びです。

新しい品種をつくるときには，１年で約２万粒つぶの種をまき，咲さいた花を見ながら最終的に２～３品種まで絞しぼりこんでいきます。どのバラを選ぶかは，育種家の感かん性せいにかかっているため，新しい品種には自然と育種家の個こ性せいが表れます。また，今育てている品種は，４～10年間の試験栽さい培ばいを経へて発表されるものなので，販はん売ばいが始まる５～10年先に好まれるだろうと思われるバラをつくるためには，これまでの傾けい向こうからこれからの世の中の流れや人々の好みなどまで考えながら，選ぶ必要があります。
海外では１色で鮮あざやかな花を咲さかせるバラが好まれますが，日本の育種家がつくるバラは，花の形にこだわりのあるものや，花びらにグラデーションがついた繊せん細さいな色合いのものが多いです。特に女じょ性せいには，ベージュやピンクが混まざったものが好まれます。また私わたしは色や形だけでなく，気軽に栽さい培ばいができるバラをつくることを目標にしています。試験栽さい培ばいのときに様子を観察して，育てやすい品種かどうかを確たしかめ，手間のかからない品種を選ぶようにしたいと思っています。
バラは，育てるのに多少の農薬は必要です。しかし最近，ヨーロッパなど海外を中心に，農薬を使わないものも研究されています。より良い花をつくるために，世界各地のバラ園を見て回ったり，育種家と情じょう報ほう交こう換かんをしたりしながら，勉強を続けています。

私わたしは，日本で一番バラ苗なえの生産が盛さかんな岐ぎ阜ふ県けん大野町にあるバラ園に嫁とつぎ，会計など，事じ務むの仕事をしていました。私わたしたちの会社では，もともと，主に切り花用のバラ苗なえを販はん売ばいしていましたが，10年ほど前からガーデニングがブームになり，多くの人が庭でバラを育てて楽しむようになりました。そこで義ぎ母ぼは，特に女じょ性せいに好まれるガーデニング用のバラの育種に挑ちょう戦せんし始めたんです。
昔からバラの育種は男だん性せいが手がけることが多く，当時は開いた花びらの先が剣けんのように尖とがった形けい状じょうになる「剣けん弁べん咲ざき」という，美しい形のバラが主流でした。しかし義ぎ母ぼは，花びらがフリルのように波打つ「波は状じょう弁べん」のバラをつくり始めました。あるとき私わたしは，母がつくったある花を見て，その花に一ひと目め惚ぼれしてしまいました。薄うすいピンクの花びらが何なん枚まいも重なり合う様子は，まるでウェディングドレスをまとった花はな嫁よめのようで，すぐに「ラ・マリエ（花はな嫁よめ）」という名前が浮うかび，その名を付けさせてもらいました。そして初めて「私わたしも育種家になりたい」と心から思い，義ぎ母ぼについて勉強を始めました。40歳さいのときでした。

私わたしの母や祖そ母ぼは，私わたしが物心つくころから家に簡かん単たんな花か壇だんをつくっていて，そこにはいつも季節の花が植えられていました。母や祖そ母ぼは，よく私わたしをいろいろな公園に連れて行き，黒いチューリップや緑色に咲さく桜さくらなど，珍めずらしい花を見せてくれました。その思い出は，今も心に残っています。私わたしも母や祖そ母ぼについて，近所にある大きな園芸店に行くのが好きでした。育種家になってから，その店でバラについて話す講こう演えん会かいを開いてもらう機会があり，幼おさないころに買い物に来ていた店に，私わたしがつくったバラが置かれているのを見て，とてもうれしい気持ちになりました。
手芸も母と祖そ母ぼの影えい響きょうで小さいころから始め，小学生のときにはフェルトのマスコットを作ったり，刺し繍しゅうを教えてもらったりしていました。リリアンなど１つの作業に集中して，コツコツと手作業で何かを作ることが大好きでした。また，作ったものを人に贈おくって喜んでもらうことに幸せを感じていたので，自分の作品は友達や家族にあげてしまい，ほとんど手元に残っていませんでした。このころから，今のバラのように「コツコツと自分が作ったもので人を喜ばせたい」という思いが，強かったんだと思います。

私わたしは40歳さいから育種を学び始め，育種家になりました。それまでは自分のやりたいことに出会ったことがなかったのですが，この仕事を始めて，年ねん齢れいに関係なく，いくつになっても，やりたいことは見つかるものだと実感しています。だから，みなさんも，今はやりたいことが見つからなくても，焦あせることはありません。また，後から夢ゆめが見つかっても，遅おそいことはありません。やる気次し第だいで，勉強はいくつからでも始められると思います。
好きなこと，興きょう味みがあることが見つかったら，ぜひ挑ちょう戦せんし，追求してみてください。途と中ちゅうで変わることがあっても大だい丈じょう夫ぶです。挑ちょう戦せんしたことは，すべて無む駄だになることはありません。私わたしの場合も，好きだった手芸は直ちょく接せつ仕事になることはありませんでしたが，手芸からイメージを膨ふくらませたシリーズを企き画かくし，育種家として初めてつくったバラとして販はん売ばいすることができました。今も，感かん性せいを育てるために，美しいものを見たり美び術じゅつ館かんに行ったりするなど，アンテナを広げていろんなことに興きょう味みを持つようにしています。好きなことは必ず何かにつながると思うので，みなさんも好きなことは大切にしてください。