私わたしは，東京都あきる野市にある「沖おき倉くら製せい材ざい所しょ」の社長をしています。この製せい材ざい所しょは，私わたしの父がつくったものです。木を切ったり削けずったりして，家を建てる材木に仕上げるのが製せい材ざいの仕事です。
製せい材ざいする木は，原木市場で仕入れてきます。原木市場には山で切ったスギやヒノキが丸太の状じょう態たいで集められて，月に数回，市が開かれます。丸太はそこで競せりにかけられます。私わたしたち製せい材ざい業者は，市で競せり落おとした丸太を買うわけです。木が曲がっていないか，割われが入っていないか，木の中身は切ってみるまでわかりません。自分の目と経けい験けんが頼たよりです。
仕入れてきた丸太は，工場の皮むき機で木の皮をむき，機械の大きなノコギリで製せい材ざいして，角材や板を作ります。加工自体は機械で行いますが，一本の丸太から無む駄だなくよい材木を製せい材ざいするには，丸太をどこからどんな向きで切っていけばよいかなど，人間の目で見て判はん断だんすることが必要です。それは大切な製せい材ざいの技ぎ術じゅつなんです。

木材は中身が見えませんから，ノコギリで切ってみるまでどんな木目が出るのかわからないし，切ってみたら節ふしが出てくることもあります。それでも製せい材ざいという仕事は，切らないと成り立ちません。教えてくれる学校もないので，自分で習得しなくてはいけません。それには，木をたくさん目で見て自分で買って製せい材ざいしてみて，それでどうなるかの経けい験けんを積むしかありません。
私わたしの父親は15歳さいから山の仕事をやっていたので，スギやヒノキの木材の目め利ききはプロ中のプロでした。どんな木でも製せい材ざいして失敗をしない。どうして分かるのかなと思っていました。でも，目め利ききができて初めて製せい材ざい業ぎょうができるのです。製せい材ざいは奥おくが深い世界です。
木は1本1本違ちがいます。同じ山で同じ時期に植えても，太さも材ざい質しつも違ちがう。それがわかるような目ができるまでは結けっ構こう苦労しましたよ。雷かみなりが落ちた木を知らないで買ってきて，製せい材ざいしたら，中が割われていてバラバラになってしまったこともありました。製せい材ざいをしているといろんなことが起きますが，たいていのことはクリアしてきました。でも今だって，日々，勉強です。

やっぱりいい木に出会うと腕うでが鳴りますね。原木市場でもいい木を見ると，「この木を挽ひいてみたい」と思いますよ。製せい材ざいをやっている人だったら誰だれでもそう思うんじゃないかな。逆ぎゃくにちょっと変わった木に出会うと，それはそれでテンションが上がります。手て強ごわい木，つまり加工するには難むずかしい木をうまく生かすことができれば，こんなに楽しいことはありません。木が生かせるというのは，木材になって人に喜ばれるわけですから，われわれの仕事としてはそれはうれしいことですよ。木は山で数十年生きてきたわけですが，それを切って作る木材は，家の柱や土台になって，さらに数十年の役目を果たすことになります。ですから製せい材ざい業ぎょうは「木に第二の人生を与あたえる」仕事だと，ふだんから私わたしは言っています。
「適てき材ざい適てき所しょ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「その人が持っている能のう力りょくを生かせる仕事や地位につけるのがいい」という意味ですが，元々は，“家を建てるのに，柱や土台など，それぞれに適てきした木を使い分ける”という意味なんです。ヒノキは腐くさりにくいから土台に使い，松は丈じょう夫ぶな木だから梁はりに使うといった具合です。「適てき材ざい」の「材」は木材の「材」なんですね。このように，それぞれの木にはそれぞれの特とく性せいがあり，木を生かすには，木の種類は当然として，その木がどのように育てられたか，木の素す性じょうを見み極きわめることが必要です。年輪を見れば，その木がどういうふうに生きてきたか，木の中身がどうなっているかがわかるんです。

今は木もく造ぞう住じゅう宅たくを建てるのに，材料の7割わりは“集成材”といって，細かい木を接せっ着ちゃく剤ざいで貼はり合あわせたものが使われています。集成材は丈じょう夫ぶなのですが，材料となる木の個こ性せいはあまり関係ありません。私わたしの製せい材ざい所しょでは“無む垢く材ざい”といって，材木から切り出したままの木を材料として使えるように供きょう給きゅうしています。
無む垢く材ざいの魅み力りょくは何といってもその肌はだ触ざわりのよさです。また無む垢く材ざいには湿しっ気けを調整する作用があります。木が湿しっ気けを吸すい込こんだり，逆ぎゃくに放出したりすることで，部屋の中の湿しつ度どを一定に保たもちます。人間が暮くらす上で，無む垢く材ざいでできた空間は心ここ地ちいいものです。私わたしは東京で育った無む垢くの木きを生かして，家を買った人に気持ちよく暮くらしていただきたいと思って仕事をしています。機械乾かん燥そうではなく天然乾かん燥そうさせた無む垢くの木きなら，木を守る油ゆ脂し分ぶんがたくさん残っているので，木のいい香かおりがして，シロアリ被ひ害がいや木材が腐くさることから家を守ってくれる効こう果かもあるんですよ。

私わたしの父親が1950年に会社をつくったころは日本の林業の最さい盛せい期きでしたが，その後，外国の安い木が輸ゆ入にゅうされるようになり，日本の林業は衰おとろえていきました。沖おき倉くら製せい材ざい所しょのある東京の西にし多た摩ま地ち域いきに多いときは600軒けんあった製せい材ざい所しょが，今では30軒けんに減へってしまいました。
父が亡なくなって私わたしが沖おき倉くら製せい材ざい所しょの社長を継ついだのは1990年代なかばでしたが，そのころには木材が本当に売れなくなっていて困こまりました。でも，1人で悩なやんでいても始まらないので，あきる野市の木材業や製せい材ざい業ぎょう者で作っている「秋川木材協同組合」の若わか手ての仲間たちと一いっ緒しょに，「何とかしよう」と話し合ったんです。伐きる時期を迎むかえている多た摩まの山の木をなんとか世に出したいと考えて，私わたしたちは東京都にも交こう渉しょうし，多た摩ま産材を住じゅう宅たくや公共事業などで使ってもらえるようにしました。地元の木を使えば，木材の輸ゆ送そうエネルギーも抑おさえられて，環かん境きょうに優やさしい地産地消が実じつ現げんできます。それに，東京の気候や風土で育った木は，東京に建てる家には最さい適てきだからです。
最近では，西にし多た摩ま地ち域いきの林業家や材木店，工こう務む店てんなどと「TOKYO WOOD普ふ及きゅう協会」という団だん体たいを作り，力を合わせて，多た摩ま産材の中でもさらに高こう品ひん質しつな木を「TOKYO WOOD」というブランド木として送り出しています。「グレーディングマシン」という，木の品ひん質しつを測そく定ていする機械を導どう入にゅうして，木材の含がん水すい率りつ（木にどれだけ水が含ふくまれているかを示しめす数すう値ち）と硬かたさを測そく定ていして，厳きびしい基き準じゅんをクリアした木だけを「TOKYO WOOD」として出しゅっ荷かしています。

私わたしは高校を卒業してから，大学は建けん築ちく工学科に通いました。きょうだいで男は私わたし一人でしたから，いずれは父の製せい材ざい所しょを継つぐことを考えていましたが，製せい材ざいというのは特とく殊しゅな仕事なので，建けん築ちく士しの資し格かくを取っておけば将しょう来らいの仕事に困こまらないだろうと考えたんです。また，将しょう来らい，製せい材ざいをやるにしても，設せっ計けいの知ち識しきがあれば役に立つはずだとも考えていました。
叔お父じが設せっ計けい事じ務む所しょをやっていたので，大学を卒業すると私わたしはその設せっ計けい事じ務む所しょに入りました。建けん築ちく士しの資し格かくも取り，設せっ計けい事じ務む所しょで設せっ計けいのことを一から学びました。その後，設せっ計けい事じ務む所しょで4年働いてから家業の製せい材ざい所しょに入りました。設せっ計けいの知ち識しきはやはり，製せい材ざい業ぎょうでも武ぶ器きになります。26歳さいで私わたしが家業について6年目に父が亡なくなり，その年に私わたしは32歳さいで社長になり，今に至いたっています。

みなさんは将しょう来らいどんな仕事をしたいですか。まだわからないかもしれませんね。私わたしも小さな子どものころは製せい材ざいをやるとは思っていなかったし，父の作った製せい材ざい工場も“遊ぶ場所”くらいにしか思っていませんでした。でも今は全力で製せい材ざいという仕事に，東京の山に向き合っています。みなさんが何をやりたいか，今は見えなくてもいつかきっと見えてくるはずです。大人になってどういう生き方をしたいか，それが見えてきた時は，ぶれずに信念を持って突つき進すすんでください。そうすれば，きっと道は開けます。
私わたしは人の力は無む限げんなんじゃないかと思うことがあります。「ここまでしかできない」というものではなく，やろうと思えば何でもできます。今のみなさんは勉強や運動のことで悩なやんだりしているかもしれませんが，人生はこれからです。自分がやりたいことを見つけた時に，それを信じて生かせるようにしてください。