私わたしは，福ふく島しま県けんいわき市しにある水族館「アクアマリンふくしま」で，飼し育いく員いんをしています。「アクアマリンふくしま」のテーマは「環かん境きょう水族館」です。「海を通して『人と地球の未来』を考える」ことが理念で，子どもたちが自然とふれあう，体験的な学習にも力を入れています。
私わたしは，飼し育いく員いん5人からなる「命の教育グループ」に所しょ属ぞくしています。私わたしの仕事は幅はば広ひろいのですが，おもな仕事の一つが，「子ども体験館 アクアマリンえっぐ」というゾーンでの仕事です。「アクアマリンえっぐ」は，釣つり場ばもある体たい験けん型がた施し設せつで，生き物の多た様よう性せいや，命の大切さを学ぶことができます。私わたしは，展てん示じの企き画かくや生き物の入いれ替かえ作業，展てん示じ水すい槽そうの生き物の世話のほか，釣つった魚の調理体験などのガイドもしています。釣つり場ばの魚を仕入れにトラックを運転して伊い豆ず半島のほうまで出かけたり，タッチプールのウニやヒトデをとりに近くの海に潜もぐったりすることもあります。このほかに，別のゾーンにいるユーラシアカワウソの飼し育いくも，私わたしのグループの担たん当とうです。
また，私わたしは，教育プログラムの開発や，県内の学校に出向いての授じゅ業ぎょうも担たん当とうしています。当館には，展てん示じ水すい槽そうや剥はく製せいなどを積んだ移い動どう水族館車があり，県内の学校に出向く授じゅ業ぎょうで活用しています。本物の海の生き物にふれあってもらえるのが，水族館の授じゅ業ぎょうの強みです。
また，水族館や動物園には，生き物の繁はん殖しょくやそのための研究という役やく割わりもあります。研究は，飼し育いく員いんそれぞれが興きょう味みをもったテーマを選んで行っています。カエルアンコウという魚がいるのですが，私わたしは今，このカエルアンコウの一種の研究をしています。

「子ども体験館 アクアマリンえっぐ」の屋内展てん示じスペースには，水すい槽そうの展てん示じコーナーと，福ふく島しまの漁業のコーナーがあります。漁業のコーナーには，伝でん統とう的てきな木もく造ぞうの漁船，さまざまな漁具，福ふく島しまの代表的な魚や漁港の写真パネルなどを展てん示じしています。
屋外スペースには，釣つり体験ができる釣つり場ばがあり，釣つったアジや小こ型がたのギンザケを食べられる食事スペースもあります。また磯いそ，干ひ潟がた，浜はまという海辺の自然を再さい現げんした世界最大級のタッチプールが広がっていて，水に入って磯いその生き物と遊べるし，干ひ潟がたでは潮しお干ひ狩がりも楽しめます。
私わたしは，体験学習のガイドと，展てん示じの管理を担たん当とうしています。体験学習には，釣つったアジなどをさばく調理体験，鰹かつお節ぶしけずり体験，缶かん詰づめづくり体験などがあります。たとえば調理体験ではアジの生せい態たいを解かい説せつし，心しん臓ぞうを見せて「いただきます」は「命をいただきます」だと話すなどして，参加者が命の大切さを学べるようにお手伝いをしています。
屋内の展てん示じコーナーには，10個こほどの水すい槽そうと陸の生き物の飼し育いくスペースがあります。展てん示じの大きなテーマは「生き物の多た様よう性せい」で，展てん示じの半分ぐらいは魚以外の生き物ですね。ウミガメやトカゲなどの爬は虫ちゅう類るい，ウミウという鳥，それから砂さ漠ばくにすむキツネの仲間のフェネックなどの哺ほ乳にゅう動物もいます。
展てん示じする生き物は，飼し育いく員いん5人で話し合って，数か月ごとに入いれ替かえています。ときには水すい槽そうの配置も変え，解かい説せつプレートを作り直すこともあります。今は，ウミガメやミノカサゴなど暖あたたかい海のさまざまな生き物を展てん示じした水すい槽そうや，生き物の産さん卵らん場所や隠かくれ家がになるため「海のゆりかご」とも呼よばれる，アマモという海草を植えた水すい槽そうなどがあります。アマモの水すい槽そうでは，ヨウジウオや小さな貝などのアマモに隠かくれている生き物を探さがしてもらい，生き物と自然環かん境きょうとの関わりについて考えてもらえるようにしています。そのほか，死んだウシガエルが分ぶん解かいされて土に戻もどる様子も展てん示じしています。生と死，そして自然の循じゅん環かんについて考えてもらうためで，展てん示じは教育の材料になるよう工く夫ふうしています。

生き物の餌えさやり，水すい槽そうのガラスの内側につく藻もの掃そう除じなど，毎日のこまめな仕事もあります。大切に飼かっていますが，生き物が死んでしまったら補ほ充じゅうも必要です。新たな生き物を入れたいときは，漁りょう師しさんに頼たのむほか，他の水族館から譲ゆずってもらうこともありますし，自分たちで集めることもあります。
私わたしは釣つり場ばに入れるアジと，タッチプールの生き物の担たん当とうです。アジは，水すい槽そうつきのトラックを運転して，伊い豆ず半島の養よう殖しょく場じょうまで仕入れに行くんです。現げん地ちに1泊ぱくするので，このチャンスを逃のがさず，夜に海中を懐かい中ちゅう電灯で照らして，福ふく島しまの海にはいない生き物を採さい取しゅしようと一いっ生しょう懸けん命めいです。
タッチプールのヒトデ，ナマコ，ウニなどの生き物は，干かん潮ちょうの時間に近くの磯いそに行ってつかまえます。海は楽しいので，私わたしは休みの日には夜の磯いそにも行き，懐かい中ちゅう電灯で海を照らして生き物を集めたり，観察したりして楽しんでいます。

私わたしは，教育プログラムの開発と実じっ施しも担たん当とうしています。展てん示じ水すい槽そうを積んだ移い動どう水族館車でイベントや県内の学校に行ったり，ゲストティーチャーとして学校の授じゅ業ぎょうに呼よばれたりするほか，アクアマリンふくしまが年に10回ほど主しゅ催さいする，「キッズプログラム」という講こう座ざも受け持っています。
移い動どう水族館車にはタッチプールを積んでいて，ヒトデやナマコなどをさわることができます。魚などの展てん示じ水すい槽そうも用意し，泳ぎ方や体の特とく徴ちょうなどを観察してもらいます。そのほかにサメの歯やエイなどの剥はく製せいの観察，飼し育いく員いんによるレクチャーも行います。私わたしの定番レクチャーは，タツノオトシゴのお話です。タツノオトシゴはおもしろい魚で，オスがお腹なかの袋ふくろの中で卵たまごを守るんです。楽しく学んでもらうため，太ったオスとやせたオスの写真を見せて，メスがどちらを選ぶかクイズを出します。正せい解かいは太ったオス。お腹なかの袋ふくろが大きいからです。必ずタツノオトシゴの実物を持っていき，体の特とく徴ちょうや泳ぎ方などを観察してもらいます。本物の生き物を見せられるのが，水族館が行うレクチャーの強みだと思います。
「キッズプログラム」は，おもに小学生が対たい象しょうで，毎回30人ほどの参加者を募ぼ集しゅうします。次々に新しいプログラムを用意するので，私わたしにとっても勉強になります。最近だと，福ふく島しまの漁業を知るプログラムをやりました。館内の漁業や食育コーナーのガイドを考え，近くの魚市場に相談して，市場見学の内ない容ようも練りました。また，寄き生せい虫ちゅうがテーマのプログラムも作りましたが，私わたしは東とう京きょうにある寄き生せい虫ちゅうの博物館にも行って勉強しました。参加者には，寄き生せい虫ちゅうに興きょう味みがあって詳くわしい子もいるので，私わたしはそれ以上に知ち識しきをつけなくてはなりません。参加者に新しい発見をしてもらえるような，面おも白しろいプログラム作りに知ち恵えを絞しぼります。寄き生せい虫ちゅうのプログラムでは，メダカから寄き生せい虫ちゅうのアニサキスを取り出す体験なども盛もり込こみ，満足してもらえたようです。

水族館や動物園には，生き物の種の保ほ存ぞんと自然の保ほ全ぜん，そのための研究という役やく割わりもあります。水族館や動物園は生き物を繁はん殖しょくさせる努力をして，展てん示じのために野生生物をとることを減へらしたり，希少な生き物を増ふやしたりしています。アクアマリンふくしまでは繁はん殖しょくに力を入れていて，これまでに日本で初はじめて繁はん殖しょくに成功した生き物が28種もあります。とくに繁はん殖しょくがむずかしい，サンマとコトクラゲの繁はん殖しょくでは，大きな賞しょうを受じゅ賞しょうしています。
私わたしが担たん当とうしているユーラシアカワウソについても，繁はん殖しょく期きにはとくに注意深く観察をしています。群れの様子，母親の体の調子，出産前後の衛えい生せい環かん境きょうなどにも気を配ります。幸い，うちには繁はん殖しょくが上手な優ゆう秀しゅうなカップルがいて，毎年，子どもを産んでくれています。生まれた子どもは，繁はん殖しょくのために別の施し設せつに行くこともあります。去年，生まれたユーラシアカワウソのメスが今年，栃とち木ぎ県けんの動物園に行きました。世界中の水族館や動物園にはネットワークがあり，展てん示じする生き物の交こう換かんなどで協力し合っているんです。
研究も日にち常じょうの仕事の合間に，こつこつと行っています。アクアマリンふくしまでは，飼し育いく員いんそれぞれが自分の好きなテーマを研究しています。私わたしは今，カエルアンコウという魚の一種の産さん卵らん行動を研究しています。メスが卵たまごを体のわきに抱だく種類がいるのですが，産んだ卵たまごを体のわきに移うつすところを誰だれも見たことがありませんでした。そこで，飼し育いく員いんの先せん輩ぱいと，飼し育いく水すい槽そうにカメラをセットして観察していたら，卵たまごを移うつすところを動画で撮さつ影えいできたんです。卵たまごの塊かたまりを大切そうに扱あつかう姿すがたは，いじらしいです。映えい像ぞうでとらえたのはおそらく世界初で，今，論ろん文ぶんをまとめているところです。

飼し育いく員いんは体力勝負な面があり，とくに，水すい槽そうのガラスの内側の清せい掃そうは大変ですね。ガラスにはすぐに藻もがついてしまい，展てん示じが見えにくくなってしまうんです。小さな水すい槽そうは素す潜もぐりで，大きな水すい槽そうになると空気ボンベで潜もぐって清せい掃そうしています。
以前，私わたしと相あい性しょうがよくないユーラシアカワウソが1頭いました。清せい掃そう中にかみついてきて，実じっ際さいにかまれたことがあり，今でも傷きずあとが残っています。でも，なぜか空気ボンベを背せ負おっていると近ちか寄よってこないので，それがわかってからは，清せい掃そうのときにボンベは必ひっ須すでした。
生き物が餌えさを食べなかったり病気になったりしたときには，気をもみます。そんなときには，毎日ひたすら観察し続けます。生き物は言葉を話せないので，私わたしがよく観察をして気づいてあげるしかないんです。「これが原げん因いんかな？」と考え，水温を少し変えるなどして元気になってくれると，もう本当にうれしいです。
生き物が子どもを産んでくれたときも，わくわくしますね。生き物のサイズに関係なく，新しい命が生まれる瞬しゅん間かんは感動的です。卵たまごから育てた生き物を展てん示じできると，大きな達成感があります。魚の卵たまごは大半が死ぬものだし，せっかく育った稚ち魚ぎょが死んでしまって落おち込こむこともあります。でも，今度はこうしようと，次への挑ちょう戦せんにつなげるようにしています。

教育の活動では，子どもたちが海の環かん境きょうに目を向けるきっかけを作れたらいいなと，いつも思っています。教育プログラムを作るときにも，興きょう味みを引きつけるものを投げかけ，そこから海の環かん境きょうへの気づきが生まれるよう，話の組み立てを考えています。
たとえばかわいらしいタツノオトシゴの産さん卵らんの話題で興きょう味みを引きつけ，生きるためには食べ物のプランクトンが必要で，プランクトンが多くて隠かくれる場所もあるサンゴ礁しょうや海かい藻そうが茂しげる場所が必要だという話につなげ，海の環かん境きょうのことも考えてもらいます。生き物は健全な自然環かん境きょうがなくては生きていけず，多くの生き物との関わりの中で命をつないでいます。最終的に，海の環かん境きょうは陸の自然ともつながっていて，人間の生活が影えい響きょうしていることにまで気づいてくれるとうれしいです。
授じゅ業ぎょうをしに訪おとずれた学校の子どもたちが，水族館に遊びに来て，声をかけてくれることもあります。学校で話したことをよく覚えていて，自分なりに生き物や環かん境きょうのことを考えてくれているなあと実感することが多く，「よし，これからも頑がん張ばろう」と，励はげまされますね。この子たちが，地球の未来を担になっていってくれるのですから。

私わたしは小学生のときに「水族館の飼し育いく員いんになる」と決めて，その夢ゆめをずっと追い続けてきたんです。小さいころから川でヨシノボリという魚を手づかみしたり，用水路でタニシをとったり，水辺も生き物も大好きでした。でも，海のない岐ぎ阜ふ県けんで育ったせいか，広くて生き物にあふれている海にあこがれ，海の生き物が毎日見られる飼し育いく員いんになりたいと夢ゆめ見みるようになりました。
その夢ゆめをかなえるため，小学生のうちから努力もしました。たとえば，私わたしは人前で話すのが苦手だったのですが，生まれて初はじめて行った水族館で，飼し育いく員いんさんが大おお勢ぜいのお客さんに解かい説せつしているのを見て「人前で話せるようにならなくては」と思いました。そこで，児童会長に立りっ候こう補ほしたんです。
高校3年の進路指し導どうでは「飼し育いく員いんは求人が少ない」と反対されましたが，思いを貫つらぬいて海洋生物学科のある大学に進学し，水族館や博物館などの専せん門もん職しょく員いんに必要な学芸員の資し格かくもとりました。就しゅう職しょく活動では，全国さまざまな水族館の求人に応おう募ぼして，結果的にアクアマリンふくしまに採さい用ようしてもらえました。当館の採さい用ようは数年おきなので，運もよかったと思います。

水族館では海の生き物がたくさん見られますが，海の中ではもっとすごい生き物のドラマが繰くり広ひろげられています。ぜひ一度海に行って，磯いそなど浅い海のシュノーケリングでもいいので，海の中を見てほしいですね。私わたしは大学生のときに初はじめてダイビングで「生の海」を体験して，一生忘わすれられないほどの感動を味わいました。海は，水族館の水すい槽そうとは世界の広がりがまったく違ちがいます。生き物の密みつ度どがおそろしく濃こくて，何の生き物かわかりませんが，何か音が聞こえるし，「食う／食われる」のドラマも目まの当あたりにしました。
海の生き物や環かん境きょうについて知ち識しきを広げるのも大切ですが，自分自身がひとつの生き物として海の中に入る体験は，知ち識しきとは別の大きな気づきを与あたえてくれるはずです。