私わたしは，納のう棺かん師しであり，葬そう儀ぎディレクターでもあります。「納のう棺かん」とは，亡なくなった方の体を洗あらい清きよめ，死しに装しょう束ぞくと呼よばれる衣い裳しょうに着きせ替かえ，生前のような姿すがたになるよう故こ人じんにお化け粧しょうをした上で，棺ひつぎに納おさめる一連の儀ぎ式しきです。通つう常じょうは，お通つ夜やの前に１時間ほどかけて行います。この納のう棺かんを行うのが納のう棺かん師しです。かつてはあまり知られていない職しょく業ぎょうでしたが，2008年に公開されてアカデミー賞しょうの外国語映えい画が賞しょうを受じゅ賞しょうした『おくりびと』という映えい画がによって，広く認にん知ちされるようになりました。また，葬そう儀ぎディレクターは，故こ人じんとご遺い族ぞく，そして参列する方々にとってよりよい葬そう儀ぎになるよう，葬そう儀ぎを執とり行おこないます。
私わたしは数年前から，納のう棺かん師しを育成する学校「おくりびとアカデミー」や，葬そう儀ぎ会社「ディパーチャーズ・ジャパン株かぶ式しき会社」の経けい営えいも行っていますが，一人の納のう棺かん師し，また葬そう儀ぎディレクターとして，いまも葬そう儀ぎの現げん場ばに立ち続けています。納のう棺かん師しと葬そう儀ぎディレクターは，それぞれ，故こ人じんと，大切な方を亡なくしたそのご遺い族ぞくのサポートを行う仕事です。故こ人じんが安らかに旅立てるように，また，ご遺い族ぞくがその旅立ちを安心して見送れるように，それぞれの気持ちに寄より添そいながら，納のう棺かんを含ふくめた葬そう儀ぎ全体をプロデュースしています。

人が亡なくなると，まずは故こ人じんをご安置するため，病院など亡なくなった場所へ故こ人じんをお迎むかえに行きます。ご自じ宅たくや葬そう儀ぎ場じょうなど指定の場所へ運び，故こ人じんがゆっくりと休めるよう，寝ね間ま着きに着きせ替かえてお布ふ団とんへご安置します。
故こ人じんは時間が経つと状じょう態たいがどんどん変化してしまいます。そこで，できるだけ故こ人じんの生前のような姿すがたを保たもつため，目や口が開いていたらしっかりと閉とじ，体たい液えきが出ないよう鼻の穴あななどに脱だっ脂し綿めんをつめます。また，腐ふ敗はいの進行を妨さまたげるために，ドライアイスを体の周りに置きます。
その後，どのような葬そう儀ぎにするかをご遺い族ぞくと打ち合わせます。家族だけで見送る家族葬そうや，故こ人じんが勤つとめていた会社の関係者が大おお勢ぜい，参列する社しゃ葬そうなど，葬そう儀ぎの規き模ぼはまちまちです。また，故こ人じんがどういう人生を歩んできたのか，何を大切にしてきたのかをご遺い族ぞくから聞き取ります。そうした情じょう報ほうを集めることで，たとえば故こ人じんが旅行の好きな方だったら，これまで旅をした場所の写真を会場に飾かざるなど，故こ人じんやご遺い族ぞくが望む，その人らしい葬そう儀ぎを作り上げることができるのです。
安置，納のう棺かんの儀ぎ式しき，お通つ夜や，告こく別べつ式しき，出しゅっ棺かんと，葬そう儀ぎは進んでいきます。大切な人を亡なくしたばかりのご遺い族ぞくは，とてもつらいものです。ご遺い族ぞくに負ふ担たんがかからないよう細心の注意を払はらい，ご遺い族ぞくの今後の人生がよりよくなるような葬そう儀ぎにすることを心がけています。

人は，さまざまな年ねん齢れいで，さまざまな亡なくなり方をします。自じ宅たくで眠ねむるように亡なくなるお年とし寄よりのおだやかな死がある一方で，交通事じ故こで若わかい人が亡なくなるむごい死も日にち常じょうにあふれています。そうしたあらゆる死に向き合うのが，私わたしの仕事です。目も当てられないほどお身体の損そん傷しょうが激はげしいときも，できるだけ生前に近い姿すがたで，ご遺い族ぞくがお別れをできるようにしなければなりません。体の一部がなくなっていたり，色が変わってしまっていたりして，ご遺い族ぞくとお会いできない故こ人じんもいます。できるだけご遺い族ぞくを傷きずつけないように，なぜ故こ人じんと対面できないのかを説明するのですが，ご遺い族ぞくの悲しみを思うと言葉につまってしまいます。
仕事をする上で，なるべく感かん情じょうを出さないようにしているのですが，ときには泣いてしまうこともあります。小さなお子さんを亡なくしたご両親が葬そう儀ぎで泣なき崩くずれている姿すがたを見れば，どんなに我が慢まんしていても涙なみだがあふれてくるものです。けれど，一いっ緒しょに悲しむことが私わたしの仕事ではありません。泣いてばかりいずに，私わたしのやるべきことをしっかりとやります。泣きすぎたご遺い族ぞくが過か呼こ吸きゅうを起こさないか，椅い子すから崩くずれ落おちることはないか，など，葬そう儀ぎ場じょう全体をしっかりと見守ります。
とはいえ，ロボットのように，感かん情じょう的てきな部分をまったくなくそうとは思いません。死に対する悲しみや恐おそれなど，人間らしい感かん情じょうを残しつつ，冷静に仕事をやり遂とげようと考えています。感かん情じょう的てきな部分と冷静に仕事をやり遂とげる部分とのバランスは，私わたしの場合は２対８ぐらいが理想的だと感じています。

故こ人じんの体を清めたり，その人らしいお化け粧しょうをしたり，またその人らしい葬そう儀ぎをすることで，ご遺い族ぞくから「本当にありがとうございました」と声をかけていただける機会が多くあります。そんなとき，この仕事をやっていてよかったと感じます。
あるおじいさんの葬そう儀ぎで，「美しく丁てい寧ねいな葬そう儀ぎにしていただき，ありがとうございます。私わたしが亡なくなったときもお願いね」と，喪も主しゅのおばあさんに言っていただけたことがありました。そんなふうに言っていただけるとやはり誇ほこらしいものです。その１年後，おばあさんが亡なくなったとご遺い族ぞくから連れん絡らくがありました。「私わたしの葬そう儀ぎは木村さんにやってもらいたい」とご家族に言い残されていたと聞き，本当に私わたしの仕事を評ひょう価かしていただいていたのだと知りました。葬そう儀ぎでおばあさんと「再さい会かい」できたご縁えんをうれしく思い，おばあさんに喜よろこんでいただけるよう，真心を込こめてお別れのお手伝いをしました。
葬そう儀ぎを執とり行おこなう仕事では，人の一生の重みを背せ負おうという責せき任にんを感じます。けれど，そのプレッシャーよりも，葬そう儀ぎにかかわれるありがたさのほうが強いのです。その人の人生の最さい期ごにかかわれるという感かん謝しゃの気持ちを忘わすれないように，一つ一つの仕事に取り組んでいます。

私わたしが納のう棺かん師しとして最初に入社した会社は納のう棺かん専せん門もんの会社で，葬そう儀ぎ会社から仕事を請うけ負おっていました。ご遺い族ぞくから連れん絡らくを受けた葬そう儀ぎ会社が，納のう棺かん師しを手配しているのです。そのような事じ情じょうもあって，私わたしが納のう棺かん師しになったばかりのころは，発注者である葬そう儀ぎ会社にばかり目を向けて仕事をしていました。できるだけ多くの仕事をもらいたかったからです。時間効こう率りつのよい仕事を心がけて，多いときは１か月に50件けんの納のう棺かんを行っていました。１件けんの納のう棺かんに時間をかけると，１日に担たん当とうできる仕事が減へってしまいます。納のう棺かんの儀ぎ式しきを終えたあと，ご遺い族ぞくのおばあさんが「本当にありがとう，メロンでも食べていって」と声をかけてくれても，「約束の時間があるので」と次の仕事へと向かったこともありました。
そんなある日，葬そう儀ぎ会社からは「１時間で仕事を終えるように」と言われていたところ，ご遺い族ぞくの悲しみがあまりにも深く，私わたしの判はん断だんで30分ほど納のう棺かんを遅おくらせた葬そう儀ぎがありました。葬そう儀ぎ会社にはひどく怒おこられてしまったのですが，その日を境さかいに自分のやりたいこと，やるべきことに気づくことができました。自分が目を向けるべきはまずご遺い族ぞくで，葬そう儀ぎ会社ではない。ご遺い族ぞくとしっかり向き合おう，と考え始めたのです。それは，仕事を始めて２年目のことでした。
その後，自ら葬そう儀ぎ会社を立ち上げることになったのも，ご遺い族ぞくと故こ人じんに寄より添そえる仕事をしたいと思ったからです。ご遺い族ぞくに向き合うことをいちばん大切にしたいという気持ちは，もちろん今も変わりがありません。

私わたしの父も納のう棺かん師しでした。父の弟で子しが自じ宅たくに出入りしており，幼おさないころから納のう棺かん師しという仕事は身近なものでした。私わたしの曾そう祖そ母ぼが亡なくなったとき，ひいおばあちゃんを包つつみ込こむように抱かかえて，きれいにしていく父の所作がかっこいいと感じたことを覚えています。「自分もいつか同じことをするんだろうな」と考えていました。
職しょく業ぎょうとして意い識しきするようになったのは，大学生のときです。サッカー選手を目指していたものの，プロになるには実力が足りなかった私わたしは，周りの友人のように就しゅう職しょく活動はせず，父の会社に入って納のう棺かん師しを目指すかどうかで悩なやんでいました。それまで，納のう棺かん師しをやってみろと父から言われたことはありません。思いきって父に相談してみたら，「じゃあやれ」ということで，納のう棺かん師しになりました。
大学在ざい学がく中から父の仕事を手伝い，卒業後はそのまま父の経けい営えいしていた会社に入社しました。３年を経へて独どく立りつし，2013年には納のう棺かん師しを育成する「株かぶ式しき会社おくりびとアカデミー」を，さらに2015年には納のう棺かん師しが葬そう儀ぎ全ぜん般ぱんを手がける「ディパーチャーズ・ジャパン株かぶ式しき会社」を立ち上げました。中学１年生くらいまで，親と一いっ緒しょでないと怖こわくて眠ねむれなかったというほどの臆おく病びょう者ものが，まさか納のう棺かん師しになるとは，自分でも驚おどろいています。

小学生のころは体育以外に得とく意い科目がなく，目立つことが苦手な性せい格かくでした。クラスの劇げきでは，いちばんセリフの短い役を選んでいました。自分に自信がなかったのだと思います。
近所に住んでいたお兄ちゃんの影えい響きょうで，子どものころからサッカーばかりしていました。プロのサッカー選手を目指して，中学，高校，大学とずっと続けました。どの年代でもコーチからは，「真面目であれ」「謙けん虚きょであれ」「努力を怠おこたるな」と指し導どうされてきました。おかげで，そうした考えはいまも心の中にあり，行動するときの指し針しんとなっています。また仲間とのポジション争いで，「絶ぜっ対たいにあいつに勝ってやる」というハングリー精せい神しんも身につけました。それらすべてが，大人になってから仕事で役立っています。
私わたしは，日本式の納のう棺かんを海外にも広めたいと考え，中国や韓かん国こくなどのアジア諸しょ国こくへ自ら出向いたこともあります。そうしたチャレンジができたのも，サッカーを通して身につけたハングリー精せい神しんのおかげかもしれません。

読者のみなさんには，親しい人の死を経けい験けんしたことがない人も多いでしょう。死を身近に考えることも少ないかもしれません。私わたしは仕事を通して，たくさんの人の死に向き合ってきました。そこでみなさんに伝えたいのは，「人は死ぬ」ということです。子どもだろうが，健康だろうが，関係ありません。誰だれもが明日，死んでしまうかもしれないのです。だから後こう悔かいがないように，家族や友だちなど，周りの人との関係を大事にしてください。「ありがとう」や「ごめんね」という言葉は，きちんと口に出して伝えるべきです。そのようにして，どうか毎日を大切に生きてください。
納のう棺かん師しや葬そう儀ぎディレクターという仕事は，とても感かん謝しゃしてもらえる仕事です。こんなに感かん謝しゃされる仕事は，ほかにないのではと思えるほどです。大切な人を亡なくしたご遺い族ぞくは，悲しく，苦しく，不安な状じょう態たいです。そうした方々に寄より添そって，最後のお別れをサポートする私わたしたちの仕事は，とても価か値ちあるものだと考えています。お別れの仕方は千せん差さ万ばん別べつで，決まった正せい解かいがある仕事ではありません。だからこそ，これからも一人の納のう棺かん師し，また葬そう儀ぎディレクターとして，お別れの「質しつ」を追求し続けたいのです。また，納のう棺かん師しを育成する学校「おくりびとアカデミー」のカリキュラムを通じて，私わたしと同じ思いを持つ納のう棺かん師しを増ふやしていきたいとも考えています。