私わたしの仕事は，そば屋を経けい営えいし，そばを打つことです。福ふく井い県けんで「蕎そ麦ば屋や 十と九く」という店を個こ人じんで経けい営えいしていて，店でそば打ちを担たん当とうするのは私わたしひとりです。メニューを考えるのも，店の売上の計算も，自分だけでやっています。福ふく井い県けんは全国的にも有名なそばの産地で，そば屋がたくさんあります。専せん門もん店てんだけでなく，普ふ通つうの食堂などでもそばを出すところが多く，県民にもそば好きの人がかなり多い土地だといえます。
そば専せん門もん店てんである私わたしの店では，冷たいそばと温かいそば，その上に天ぷらをはじめとしたいろいろな具をのせたものなど，そばだけでも20種類ほどあるほか，丼どんぶりと組み合わせた定食などのメニューも提てい供きょうしています。なかでも，大根おろしとダシをそばにかけて食べる福ふく井い県けんの郷きょう土ど料理「おろしそば」の人気が高いですね。

そばを打つ手順はとてもシンプルです。まずはこね鉢ばちにそば粉を入れ，水を少しずつ加えて，粉全体に水が行きわたるように手でよくかき混まぜます。この作業を水回しと言います。水回しが終わったら，生き地じがひとまとまりになるように，力を込こめてこねていきます。生き地じがまとまったら，めん棒ぼうをつかって，生き地じ全体が同じ厚あつさになるように，平たく延のばしていきます。延のばした生き地じをたたんで，同じ太さになるように，包丁で切っていきます。水回しをしてからそばを切るところまで，約30分かかります。私わたしは1日にだいたい40人前のそばを打ちます。1kg分が10人前なので，4kg分のそばを打つということです。
そば粉は地元の製せい粉ふんメーカーから配達されます。そばを打つときに使う水は，店から車で10分ほどの場所にある泉いずみへ，湧わき水みずをくみに行きます。そば打ちの修しゅ業ぎょうをしていた店では湧わき水みずを使っていたので，自分の店でも湧わき水みずを使っています。湧わき水みずはそばの旨うまみを引き出してくれるんです。

朝はだいだい9時に店に来ます。まずは厨ちゅう房ぼうに入り，その日に使う分のネギを切ったり，天ぷらの下した準じゅん備びをしたり，そばを素す早ばやく提てい供きょうできるように準じゅん備びを整えます。ひと通り朝の準じゅん備びが終わると11時ごろになるので，そこからそばを打ち始めます。11時半に店をオープンすると，お客さまの対たい応おうや料理を運ぶことなどは従じゅう業ぎょう員いんに任まかせ，私わたしはそばを茹ゆでたり，天ぷらを揚あげたりします。そばは，切れやすそうなそば，太めのそばなど，その日によって打ち上がりに差が出ます。打った本人であればそばの状じょう態たいが分かっているので，扱あつかいや茹ゆで時間に注意し，一番おいしく茹ゆで上げることができます。お昼の営えい業ぎょうを14時半ごろに終えると，片かた付づけをして15時くらいから夜の営えい業ぎょう開始の17時半までの間，休きゅう憩けいをとります。休きゅう憩けい時間に食材の買い出しに行く日もあります。
夜はおつまみやお酒，そばを使ったコース料理などを出していて，営えい業ぎょう終しゅう了りょうの20時まで厨ちゅう房ぼうに立っています。

夜の営えい業ぎょう時間中に新しいメニューの試作をすることもあるのですが，ゼロから考えるのはとても難むずかしいです。他の店にはないようなオリジナリティのあるメニューでお客さまに喜んでもらいたいですし，食材の扱あつかいやすさや値ね段だんなどにも気を付けて，店に利り益えきが出るように考えなければならないですからね。
1年で一番大変なのは，やっぱり大みそかです。店でお客さまに年とし越こしそばを提てい供きょうし，自じ宅たくで食べるお客さまのために，持ち帰り用のそばも用意します。大みそかに向けて，私わたし1人で約500食分のそばを打たなければならないので，大みそかの前日は，夜中からほとんど徹てつ夜やでそばを打ちます。年に一度なのでなんとか乗のり越こえられますが，とてつもない忙いそがしさです。

お客さまに「おいしい」と言ってもらえたときには，やりがいを感じます。うまくそばを打てて，店を経けい営えいできたとしても，お客さまからの反はん応のうがわからないと毎日の仕事は面おも白しろくありません。そのため，厨ちゅう房ぼうでの作業に余よ裕ゆうがあれば，お客さまの様子を見に店のフロアに出ることもあります。私わたしの打ったそばをおいしいと言ってもらえると，一いっ生しょう懸けん命めいやってよかったと思えます。
そばを打つこと自体も楽しいです。そば打ちは“減げん点てん法ほう”です。まずは，よい食材をそろえることが第一。そんな100点満点の食材からスタートして，そばに仕上げる過か程ていで，減げん点てんされていくイメージです。例えば，水回しの段だん階かいで水の量を間ま違ちがえると，生き地じを延のばしている途と中ちゅうで破やぶれてしまい，どんなによい食材を使っていたとしてもおいしく仕上げられません。食材の100点を最後まで維い持じできるように，いかにミスなく早く打てるか，ゲームのような感覚で取り組んでいます。シンプルな材料でつくるからこそ味わえる面おも白しろさです。

時間を大切にして手て際ぎわよく仕事するために，いつも「段だん取どり八分」を意い識しきしています。仕事の段だん取どりをしっかりしておけば，その仕事は8割わり終わったようなもの，という意味です。私わたしの場合，朝の厨ちゅう房ぼうの準じゅん備びとそば打ちがきちんとできていれば，その日の仕事はうまくいきます。そば打ちは時間との闘たたかいです。あまり時間をかけていると，生き地じが乾かん燥そうしてきて，おいしくなくなってしまうので，集中して手早く打つことを意い識しきしています。
人の一生の間で，仕事にかける時間はとても長いです。例えば，のんびりと仕事をして，働いている時間が30分延のびるとします。その30分を毎日積み重ねると，とても長い時間になってしまいますよね。私わたしは手て際ぎわよく仕事をして，仕事以外の自分の時間も大切にすることを心がけています。日々，メリハリをつけて過すごすようにしています。

私わたしは地元の高校を卒業した後，京都の大学の工学部に進学しました。そのとき飲食店でアルバイトを始めたことをきっかけに，将しょう来らいは飲食業で働きたいと思うようになりました。大学を中ちゅう退たいし，福ふく井いへ戻もどって地元の調ちょう理り師しの専せん門もん学校に1年間通いました。専せん門もん学校を卒業した後は，西洋料理を学ぶために，フランスに渡わたりました。現げん地ちのフランス料理店で1年ほど住すみ込こみで働いた後，日本に戻もどり京都や金かな沢ざわのフランス料理店で働きました。
その後，他人と一いっ緒しょに働く中で人間関係に疲つかれたこともあり，いったんは飲食業から離はなれて別の仕事をしていました。でも，やはり料理に関係した仕事がしたいと思うようになり，たまたま従じゅう業ぎょう員いんを募ぼ集しゅうしていたそば屋で働くことにしました。29歳さいのときです。働き始めて数か月で，シンプルだからこそごまかしがきかない，そば打ちの世界にのめり込こんでいきましたね。そばの仕事に関わり始めて４年目に，この先もそば打ちでやっていけると思い始めたタイミングで，自分の店を開きました。

子どものころは，夏休みの宿題もギリギリになるまで始めないタイプで，「今始めないと絶ぜっ対たいに間に合わない」というころになってやっと手を付けていましたね。あまり深く物事を考える性せい格かくではないので，「なんとかなるさ」と思いながら過すごしていたのだと思います。
私わたしの父は自じ営えい業ぎょうなので，自分もぼんやりとですが，将しょう来らいは自じ営えい業ぎょうで何かやってみたいと思っていました。中学，高校で仲のよかった同級生が医者の息むす子こだったので，当時はその友達と一いっ緒しょに医者を目指していました。当時は成せい績せきもよくて，優ゆう等とう生せいだったんです。また，学生のころから外国語の勉強が好きだったので，料理を学びにフランスに行ったときも，現げん地ちにすんなりと溶とけこむことができましたね。
今はそば職しょく人にんになったわけですが，「なんとかなるさ」で進んでいく性せい格かくは，今でも変わっていません。自分でそば屋を開くと決めたときも，「なんとかなるさ」と思っていました。どんなことでも，とにかくやってみなくては始まらないですから。

みなさんには，何事にも意い志しを持って取り組んでもらいたいです。意い志しを持って取り組むことで，やり遂とげる力が身についていきます。例えば，学校での勉強の場合，「勉強すること」そのものを目的にするのではなく，「医者になりたいから医学部に入りたい。そのためにはこのくらい勉強しなくてはいけない」など，現げん実じつ的てきな目標を定めて，その目標に向かってコツコツと勉強するのがよいと思います。
一いっ生しょう懸けん命めい取り組んだ上で，たとえ目標が達成できなかったとしても，悲しむことはありません。次のチャンスを逃のがさないように頑がん張ばればいいんです。私わたし自身，これまでの人生でうまくいかないこともありました。でも，そば打ちの仕事を始めるときには，「ここでそば打ちを覚えてやるぞ」という強い気持ちを持って，必死で覚えました。自分で自分を焚たきつけることができれば，どんな状じょう況きょうになっても人生を切り開いていけると思います。