私わたしは父と一いっ緒しょに、鮎あゆ料理専せん門もんの飲食店「十じゅう六ろく兆ちょう」を経けい営えいしています。私わたしが住む岐阜県大おお垣がき市しには、昔から地下水が自じ噴ふんする井戸が数多くあり、「水の都」と呼よばれてきました。その豊ほう富ふな地下水を利用して、1969年に私わたしの祖そ父ふが長なが良ら川がわ産さん鮎あゆの養よう殖しょくを始めました。その後、調ちょう理り師し免めん許きょを持っていた私わたしの父が跡あとを継つぎ、養よう殖しょく場じょうの敷しき地ち内ないに、鮎あゆ料理を提てい供きょうする十六兆を開きました。私わたしは今、鮎あゆの養よう殖しょくや飲食店の運うん営えいをしながら、鮎あゆを使ったオリジナル商品も開発し、販はん売ばいや宣せん伝でんをしています。
毎年、鮎あゆの養よう殖しょくは稚ち魚ぎょを仕入れる４月から始まります。稚ち魚ぎょは、岐阜県が管理している“魚ぎょ苗びょうセンター”（天然の鮎あゆを捕ほ獲かくし、採さい卵らんと採さい精せいを行って稚ち魚ぎょを育成、出しゅっ荷かする施し設せつ）から仕入れ、１年で５万匹びきほどの鮎あゆを育てます。
鮎あゆが大きく成長する７月中ちゅう旬じゅんになると、鮎あゆ料理専せん門もん店てんをオープンし、10月中ちゅう旬じゅんまでの時期だけ営えい業ぎょうします。10月中ちゅう旬じゅんから12月になると、鮎あゆは産さん卵らん時期になり、おなかに卵たまごや白しら子こを持ち始めます。その時期に、すべての鮎あゆを締しめて冷れい凍とうし、その鮎あゆを使って商品に加工したり、新商品の開発をしたりします。翌よく年ねんの養よう殖しょくが始まるまでの間は、商品を知ってもらうために展てん示じ会かいに出て商品を紹しょう介かいしたり、イベントでお店を出して販はん売ばいを行ったりしています。

飲食店を営えい業ぎょうしている７月中ちゅう旬じゅんから10月中ちゅう旬じゅんは、朝６時半ごろから料理の準じゅん備びと鮎あゆの観察を始めます。11時半から14時までお昼の営えい業ぎょうをした後は、すぐに夜の営えい業ぎょうの準じゅん備びを行い、17時から21時まで料理を提てい供きょうします。鮎あゆはとても目が良く繊せん細さいな魚で、昼間に捕つかまえようとすると、驚おどろいていけすを飛とび越こえてしまったり、ストレスで病気にかかったりします。そのため、お店の営えい業ぎょうが終わった後、鮎あゆが寝ねている暗い時間にいけすに入り、網あみで必要な分を捕つかまえます。
お店では、塩焼きやフライ、焼いた鮎あゆに味み噌そを塗ぬった魚ぎょ田でん、岐阜県の郷きょう土ど料理である鮎あゆ雑ぞう炊すいなど、鮎あゆのおいしさをさまざまな形で味わえる料理を振ふる舞まっています。中でも鮎あゆに竹たけ串ぐしを刺さし、炭火で香こうばしく焼き上げた塩焼きは、鮎あゆのおいしさをそのまま楽しめると人気の料理です。自然の環かん境きょうで育った鮎あゆには、川や湖に生息する寄き生せい虫ちゅうがいる危き険けんがあるので、お刺さし身みでは食べられませんが、稚ち魚ぎょのころから地下水で養よう殖しょくした鮎あゆは寄き生せい虫ちゅうに感かん染せんしないので、十六兆では新しん鮮せんな養よう殖しょく鮎あゆでしかできないお刺さし身みも提てい供きょうしています。

養よう殖しょくが始まると、一日も休むことなく、鮎あゆの様子を観察します。鮎あゆは、冷水病という病気をはじめ、さまざまな病気にかかることがあり、うちのいけすでも多くの鮎あゆが死んでしまったこともあります。多くの養よう殖しょく場じょうでは、病気の予よ防ぼうや治ち療りょうのために薬を使いますが、十六兆では薬を一いっ切さい使用せず、自然な状じょう態たいで育てることを大切にしています。そのため、毎日じっくりと鮎あゆを観察し、様子がおかしい鮎あゆはすぐに他の鮎あゆと引ひき離はなして、エサの量を調節したり水を替かえたりと、ケアをします。今は、父しか鮎あゆの体調を見み極きわめることができませんが、私わたしも早く異い常じょうに気づけるようになるため、毎日、鮎あゆと向き合っています。
このほかにも、養よう殖しょく場じょうではできるだけ自然に近い環かん境きょうで育てる工く夫ふうをしています。鮎あゆは１年以内に一生を終える魚なので、日光を浴びて季節の移うつり変かわりが感じられるよう、いけすに屋根を設もうけなかったり、しっかりと泳いで筋きん肉にくをつけるために、八角形や円形のいけすをつくり、川と同じく水が常つねによどまず流れる状じょう態たいをつくったりしています。また、自然の中で生きる鮎あゆは川や池の苔こけを食べるため、エサの量を抑おさえて、いけすに生える苔こけを食べるように促うながしています。

近年、私わたしは鮎あゆを使った加工食品の商品化に力を入れています。お店でお客さまに提てい供きょうしている料理は、父が考えて作っていますが、私わたしはその中で「これは商品化したら売れるのではないか」と思ったものを父に提てい案あんし、ビン詰づめや真空パックなどの方法で販はん売ばいできる形にできないか考えます。
たとえば、鮎あゆの甘かん露ろ煮には一いっ般ぱん的てきに４～５時間煮に込こんで作られますが、十六兆では３日間かけて煮に込こんで柔やわらかくするため、頭が取れやすくなります。そこで、頭が取れて売り物にならない鮎あゆをほぐしてビンに詰つめ、しぐれとして売り出したのが、最初の商品です。また、鮎あゆの塩焼きをほぐして生ふりかけを作ったときは、購こう入にゅうしたお客さまから「魚が好きなのに、病気でなかなか食べられなくなってしまったけれど、これをおかゆに入れたら鮎あゆ雑ぞう炊すいのように食べられてうれしかった」と感想が寄よせられ、鮎あゆのおいしさを手軽に楽しんでもらえることに喜よろこびを感じました。
新商品の開発は、売れなかったらどうしようというプレッシャーもありますが、自分で考えて形にすることに、大きなやりがいを感じています。現げん在ざいは、商品も７種類になり、複ふく数すうの商品を組み合わせたギフトセットも販はん売ばいしています。高校生時代にデザインを学んだ知ち識しきを生かして、パッケージのデザインも自分で手がけています。

新しい商品を開発するときは、あっさりとして香りがいい鮎あゆの特とく性せいを生かすことと、今の時代に合った商品を考えることを大切にしています。鮎あゆの料理というと、昔から食べられてきた塩焼きや甘かん露ろ煮にを思おもい浮うかべる人が多いと思います。しかし、最近は昔に比くらべて味の好みや食生活が変化しているので、今の時代の人に好まれる商品や、日にち常じょうの中で食べやすい商品を作るよう心がけています。
今までにも、ピザ屋を営いとなむ方から「鮎あゆを使って岐阜らしいピザを作りたい」と相談を受け、ニンニクや調味料を加えたオリーブオイルに天てん日ぴ干ぼしした鮎あゆを漬つけ込こんだアヒージョを考案したことがあります。さらに、日本酒を造つくる酒さか蔵ぐらから「お酒に合うおつまみを作ってほしい」という要望をもらい、燻くん製せいにした鮎あゆをアヒージョに使った新商品も開発しました。
伝でん統とうを守ることも大切ですが、多くの人に楽しんでもらうためには、伝でん統とうにとらわれ過すぎずチャレンジすることも必要です。「鮎あゆってこんな食べ方もあるんだ」と感じてもらえる商品を作って、鮎あゆのおいしさを多くの人に伝えていきたいと思っています。

私わたしは、高校でデザインを学んだ後、服を作る仕事をしたいと思い、自分でデザインした服を作ってお店に置いてもらったり、アパレルの会社に勤つとめたりしました。その後、家具や雑ざっ貨か、アクセサリーなどにも興きょう味みを持ち、21歳さいのときに家具や雑ざっ貨かのブランドを立ち上げました。30歳さいまでは、友人と一いっ緒しょに自分たちが作ったオリジナルの家具や雑ざっ貨かを販はん売ばいするお店を経けい営えいしていましたが、友人が他の道を歩むことになり、ブランドを解かい散さんしました。そのときに、以前のように父と一いっ緒しょに実家の鮎あゆ料理専せん門もん店てんを経けい営えいしたいなと思いました。
父に「養よう殖しょくや飲食店を一いっ緒しょにやりたい」と話したときは、「必要ない」と断ことわられてしまいました。そこで私わたしは、「自分はこんなことをして十六兆の役に立ちたい」という思いを企き画かく書しょにし、父に提てい案あんしました。そのときに提てい案あんしたのが、今、力を入れている、鮎あゆを使った商品の開発です。私わたしは、「父が作る料理が日本一おいしいと思っているので、それを商品化して世の中に広めたい」と話し、一いっ緒しょに働くことを認みとめてもらいました。

私わたしが小学５年生のときに、父が鮎あゆ料理専せん門もん店てんをオープンし、私わたしは子どものころから毎日のようにお店を手伝っていました。手伝いをするとお小こ遣づかいがもらえたため、このころからお金を稼かせぐ仕組みや喜よろこびを肌はだで感じていました。また同時に、お金を稼かせぐことの大変さやお金の価か値ちも学ぶことができました。
こうした経けい験けんもあり、私わたしは自然と「自分は将しょう来らい、この店を継つぐのだろう」と思っていました。しかし、中学生のときにオシャレをすることが好きな友人に出会ったり、高校生のときにバンドを始めたりと、ファッションや音楽などに興きょう味みを持つようになりました。
将しょう来らいの進路に悩なやんだとき、祖そ父ふが続けてきた鮎あゆの養よう殖しょくをただ継つぐのではなく、自分の作る料理を楽しんでもらえる店をやろうと、飲食店を始めた父の姿すがたを見て、「人生は自分でつくっていけばいいんだ」と思ったことを思い出しました。その思いに背せ中なかを押おされ、「自分も父のように、高校を卒業したらやりたいことをやってみよう」と、好きだったファッションの道に進むことができ、今もやりたいことに挑ちょう戦せんし続けています。

やりたいと思ったことにチャレンジしたとき、始めてみて「少し違ちがうな」と思ったとしても、すぐにやめてしまわないでほしいなと思います。私わたしも、父の言うことが理り解かいできず言い合いになったとき、後になって「あのときに父が言っていたことは、こういうことか」と気づくことがたくさんあります。嫌いやなことがあっても感かん情じょう的てきにならずに続けてみると、いろいろなことが見えてくると思います。
では、どのくらい続けてみたらいいかというと、私わたしは何事も、１年間はやってみたほうがいいと思います。仕事でも学校でも、それぞれの季節ごとに大変なことがあると思います。それを一回り経けい験けんすると、１年の流れをつかめます。そこでもう一度考えてみて、「やっぱり違ちがう」とか「自分は納なっ得とくいくまでできた」と思えたら、やめてしまってもいいと思います。
ただし、どんな選せん択たくをしても大切にしてほしいのは、人のせいにしないことです。うまくいったときも、ダメだったときも、自分で選んで決めたことの責せき任にんはすべて自分にあります。反対に、「成功も失敗もすべて自分のものになる」と思うと、すべてのことに対して取り組む姿し勢せいが変わるので、ぜひ意い識しきしてほしいと思います。