私わたしは活字デザイナーの仕事をしています。書体をデザインする仕事で，書体デザイナーともいいます。「書体」とは，ある一定の様式でデザインされた文字のこと。パソコンやスマートフォンで画面に文字を表ひょう示じしたり，紙に印刷するときに使う「フォント」を作ったりする仕事というと，わかりやすいかもしれません。仕事の大半は書体の制せい作さくですが，時々，商品ロゴのデザインや，書しょ籍せきの題字デザインの依い頼らいを受けることもあります。いずれにしても，「文字をデザインする」ことが私わたしの仕事です。
これまでに手がけた書体は明みん朝ちょう体たいや教科書体，丸ゴシック体など。大学の卒業制せい作さくでは古筆（平安時代から鎌かま倉くら時代に書かれた主に仮か名なの書道作品）を題材にした筆文字系けいの書体を作りました。

日本語は，ひらがなとカタカナ，漢字，英数字の入いり混まじった複ふく雑ざつな言語です。このため日本語の書体デザインでは，一つの書体につき9000〜2万3000字ほどの文字を制せい作さくします。和文（日本語）と欧おう文ぶん（英数字）では担たん当とうが分かれており，和文の中でも漢字と両仮か名な（ひらがな，カタカナ）で担たん当とうが分かれていることが多いです。私わたしは和文担たん当とうです。
私わたしの所しょ属ぞくしている会社では，漢字は書体ごとに担たん当とうデザイナーがいます。漢字は数が多いので，1人のメインデザイナーのもと数人で担たん当とうしたり，外部スタッフに手伝っていただいたりして制せい作さくします。
新しい書体を作る場合，最初に，その書体はどういうデザインなのか，特とく徴ちょうや太さはどうするのかというコンセプトを立て，試作をします。漢字は「基き本ほん12文字」から作ります。これは会社で決めている文字で，フォントメーカーごとに基き本ほん文字や制せい作さくの流れは異ことなります。基き本ほん12文字は，たとえば「永」「東」「国」「愛」「酬」「鬱」などで，それぞれ「基き準じゅんとなる文字の構こう成せい要よう素そが多く含ふくまれる」「画数が極きょく端たんに多い・少ない」「縦たて線せん／横線が極きょく端たんに多い」などの特とく徴ちょうを持っており，これらの文字の形を定めると，その書体のデザイン方ほう針しんがある程てい度ど固められるようなものを選んでいます。
基き本ほん12文字でおおよそのデザインの方ほう向こう性せいが定まると，今度は400字に増ふやします。これを会社では「種たね字じ」とよんでいます。同時進行で仮か名なの試作も進めているので，種字ができたらいろいろな文章を組んでみたりして，文字のバランスはおかしくないか，どこか一文字だけが大きく見えたり小さく見えたりしていないか，極きょく端たんに黒く見える文字はないかといったことをチェックしていきます。
種字400字まではメインデザイナーが1人で制せい作さくすることが多いです。400字の種字ができたら，種字に含ふくまれる「木へん」「さんずい」などの「へん」や「つくり」などをパーツとして利用しながら，制せい作さくチームの他のデザイナーや外部スタッフも加わって，一気に漢字を増ふやしていきます。
全部で数千字以上の漢字を作らなくてはならないため，一つの書体が完成するまでには，1年半から2年ぐらいの年月が必要です。一つの書体を制せい作さくしている間に，別の書体デザインの仕事が入ることもあります。そういうなかでデザインがぶれていかないようにすることが，大変なところです。制せい作さくメモを小まめに残しておき，中ちゅう断だん期間があったときにはそれを全部読み返してから再さい開かいするようにしています。

子どものころから絵を描かくのが好きで，絵画の勉強をしようと思って美び術じゅつ大学を目指していました。絵画では自分の内なる表ひょう現げんが大切だと思いますが，私わたし自身は自分の内なるメッセージを伝えたいというタイプではなく，絵画にはあまり向いていないと感じるようになりました。そんななかで出会ったのが「デザイン」でした。「デザイン」にはクライアントやユーザーという相手がいて，ある問題や課題を解かい決けつするのが趣しゅ旨しです。誰だれかのため，何かのために作るということだったら楽しくやれるかもしれないし，自分に向いているのではと思い，デザインを勉強するために美び術じゅつ大学に入りました。
大学に入学すると，まず，数学や英語なども含ふくめた一いっ般ぱん教養の授じゅ業ぎょうを受けるのですが，どの分野をいくつ取らなくてはならないとは決まっていなかったので，日本美び術じゅつ史しに関わる授じゅ業ぎょうをたくさん履り修しゅうしました。そのなかに書道史の授じゅ業ぎょうが混まざっていたんです。書道の経けい験けんはありませんでしたが，面おも白しろそうだなと思い，深く考えずに授じゅ業ぎょうを取りました。その授じゅ業ぎょうで，先生が仮か名なの書の図ず版はんをたくさん見せてくださったんです。それまでは習字の時間に書く「新しい朝」みたいなものしか見たことがなかったので，仮か名なの書を初めてちゃんと見て「きれいだな」とすごく興きょう味みを持ちました。
武む蔵さし野の美び術じゅつ大だい学がくには，1年次に基き礎そ教育として書体を作る授じゅ業ぎょうがあったのですが，そこで古筆の書体を見よう見まねで作ってみました。書道の経けい験けんがなかったので，いいと思う古筆の作品をひたすらなぞってみることから始めたんですが，それがすごく面おも白しろくて。もっと上手になりたいと思って，書体デザインに関する本を読んだり，関連するイベントにも参加したりしました。そのうち，書体についていろいろ聞くという雑ざっ誌しの企き画かくに応おう募ぼしたことをきっかけに，作品をいろいろ見ていただけるようになり，そのまま今の会社に就しゅう職しょくしました。活字デザイナーは募ぼ集しゅうが少ないので，幸運だったと思います。

書体のデザインは，一つのことにじっくりと取り組み，繰くり返かえし同じことをおこなうのが好きな人に向いている仕事だと思います。私わたしは子どものころ，絵を描かいたんですが，まず下した描がきをしてそれをなぞり，さらにそれを何度もなぞりながら，線をどんどんきれいにしていくことを繰くり返かえしていました。同じことを続けてじっくりとやるのが好きという意味では，活字デザイナーに向いていたのかもしれません。
書体は，本やパッケージ，広告，ポスター，ウェブサイトなどに使われるものですが，基き本ほん的てきに，使われても何か連れん絡らくが来るものではないので，書店や街なかで自分が作った書体が使われているのを見つけると，びっくりしますし，とてもうれしいです。
書体作りにおいて，私わたしは自分の好みというより，誰だれが見ても「きれい」と思えるものを作りたいと思っています。だから，「自分の作った文字を読む人がいる」ということが，自分の力になっていると感じています。
インターネットにしても本にしても，言葉のやりとりには文字が使われます。私わたしは「言葉のやりとり」から力をもらった「いい思い出」が多くて，誰だれにとっても文字がそういう存そん在ざいであればいいなと思うのです。活字デザイナーは，人を力づけ，心を動かすような，そういう言葉のやりとりを手伝う仕事であったらいいなと考えています。