私わたしは，神か奈な川がわ県けんに本ほん拠きょ地ちを置く「ＳＣ相模さがみ原はら」という，Ｊ３に属ぞくしているプロサッカークラブのアスレティックトレーナーです。選手が試合で最高のパフォーマンスを発はっ揮きできるように，「あんまマッサージ指し圧あつ師し」「はり師しきゅう師し」などの資し格かくや技ぎ術じゅつを活用して，選手の体のケアやケガの応おう急きゅう処しょ置ち，リハビリの指し導どうを行っています。私わたし一人で，チーム全体を担たん当とうしています。
ふだんの練習や試合を通じて，選手の体には疲ひ労ろうがたまっていきます。そうした状じょう態たいで放っておくと体が思うように動かず，ケガの原げん因いんにもなりかねません。そこで，選手の体のコンディションを整えるため，練習や試合の前後にマッサージを行うのです。基き本ほん的てきには，選手自身の希望に沿そって行います。特にベテラン選手は入念なマッサージを望む傾けい向こうにあります。
Ｊリーグの各クラブには専せん属ぞくのトレーナーがいて，チームの一員として選手をサポートしています。私わたしは，もともと接せっ骨こつ院いんに勤きん務むしており，その接せっ骨こつ院いんとＳＣ相模さがみ原はらが契けい約やくをしていて，チームに出向しています。

チームの練習がある日は，選手が集まる１時間ほど前にグラウンドへ到とう着ちゃくするようにしています。マッサージ用のベッドを設せっ置ちし，テーピング用テープなどを準じゅん備びして，選手を待ちます。やがて選手が一人，また一人と私わたしのもとへやって来ます。「上半身に疲つかれがたまっている」「左足に違い和わ感かんがある」「腕うでを上げると背せ中なかが痛いたい」など，選手の抱かかえる体の悩なやみはその日になってみないとわかりません。選手の話を聞き，それに応おうじたマッサージやテーピングを行います。選手の年ねん齢れいや筋きん肉にくの質しつによって，マッサージのしかたも変わってきます。そのためチームの専せん属ぞくトレーナーは，全選手の特とく徴ちょうを覚えていなければなりません。
試合で遠えん征せいするときは，試合前日に現げん地ちのホテルに宿しゅく泊はくします。その際さい，１部屋を“マッサージルーム”として，選手が利用できるようにしています。試合の前日は入念なマッサージを希望する選手が多いので，みんなが受けられるよう，きちんとスケジュールを組んでおきます。一人にかける時間は約30分で，だいたい，夕方から23時くらいまでケアを続けます。私わたし一人では間に合わないため，遠えん征せいのときは他のトレーナーにも手伝ってもらっています。

試合当日は，私わたしもベンチに入っています。Ｊ３のリーグ戦は年間34試合あり，他にカップ戦などもあります。私わたしはそれらの全試合で，必ずチームと動きを共にしています。サッカーの試合中，担たん架かや救急バッグを持って，倒たおれた選手のもとにベンチからかけつける人を見たことがあると思いますが，それが私わたしたちトレーナーです。ねんざや肉にく離ばなれ，打だ撲ぼくなどのケガをした選手に応おう急きゅう処しょ置ちを行ったり，プレーの続行が可か能のうかどうかを判はん断だんして監かん督とくに伝えたりするのもトレーナーの大切な役やく割わりなのです。
手当を受けた選手は「大だい丈じょう夫ぶ，できます」とプレーの続行を希望する場合が多いのですが，もしもそのまま試合を続けてケガが悪化したら，以い降こうの試合に出場できなくなるかもしれません。無理にプレーを続けることは，選手自身にとっても，チーム全体にとっても，大きなリスクになります。そこで，状じょう況きょうを冷静に判はん断だんできるトレーナーが必要とされます。選手の処しょ置ちをしていたトレーナーがベンチに向かって，丸印やバツ印のサインでプレーの続行が可か能のうかどうかを伝えるとき，そこにはプロとしての判はん断だんが反はん映えいされているのです。

この仕事に就ついていちばん大変だったのは，選手の体の状じょう態たいを判はん断だんしなければならないことでした。ふだんの私わたしはチームのスケジュールに合わせて仕事をしていますが，シーズンオフや時間が空いたときは接せっ骨こつ院いんに勤きん務むしています。治ち療りょう法ほうや患かん者じゃさんの体の状じょう態たいで迷まよったとき，接せっ骨こつ院いんでは先せん輩ぱいや院長に相談することもできますが，クラブにはそうした相談相手が常つねにいるわけではありません。選手の体の状じょう態たいについて間ま違ちがった判はん断だんを下すことは許ゆるされないため，いつもプレッシャーを感じています。
「もう，すっかり体の調子が戻もどった。試合にも出られるよ」。リハビリ中の選手から，そんなふうに言われることもあります。試合に出たいという選手の気持ちはとてもよくわかりますが，トレーナーとして妥だ協きょうすることはできません。以前，治ち療りょう中だった選手が「もう治ったから」と復ふっ帰きした試合で，前と同じ部位をケガしてしまったことがあります。そのときは，「本人が言うのだから復ふっ帰きできるのだろう」という私わたしの判はん断だんがまずかったのではと，とても後こう悔かいしました。いまの私わたしは，選手の状じょう態たいを見み極きわめ，ときには選手の「出場したい」という意い志しに反してでも，慎しん重ちょうに判はん断だんを下すことが，トレーナーにとってもっとも大切なことだと思っています。

先日，ケガから復ふっ帰きした３人の選手がそれぞれゴールを決めるという試合がありました。こういうときはうれしいですね。ケガでつらい思いをしている選手が，私わたしの作ったリハビリメニューをもくもくとこなし，ピッチに戻もどって活かつ躍やくする姿すがたを見ると，これからも一人でも多くの選手を手助けしていきたいとあらためて思います。
私わたしもチームの一員ですから，リーグ優ゆう勝しょうは大きな目標です。体をケアすることだけでなく，ちょっとした声かけでも選手のパフォーマンスは向上します。肉体と精せい神しん，両方の面から選手たちをサポートして，優ゆう勝しょうに貢こう献けんしたいと考えています。そして，トレーナーとしては，チームの勝敗ももちろん大事ですが，試合を終えた選手が無事に戻もどってきてくれることが，いちばんの喜びですね。

チームではプロサッカー選手をケアする一方で，接せっ骨こつ院いんでは小さな子どもからお年とし寄よりまで，幅はば広ひろい患かん者じゃさんの治ち療りょうを行っています。いずれも人に接せっする仕事なので，心こころ構がまえは同じです。トレーナーとして，どんな人にも真しん剣けんに向き合うことを心がけています。どなたもみんな，体の具合に困こまって私わたしを頼たよってきてくれるのです。いいかげんな態たい度どで接せっすることはできないし，手を抜ぬくことも絶ぜっ対たいにしません。
けれど自分の中でベストをつくしても，かならずしも満足してもらえるわけではありません。だからこそ，選手や患かん者じゃさんが求めていることを，どれくらい感じとれるかがとても大切なのです。まずは，相手の話にしっかりと耳を傾かたむけること。誰だれもが上手に，体の状じょう態たいや思いを言葉にして伝えてくれるわけではないので，こちらからも積極的に声をかけるようにしています。目と耳，指先，言葉を使ったコミュニケーションで，体のささいな変化や変調を見つけ，さらに患かん者じゃさんに質しつ問もんをして言葉を引き出し，体の状じょう態たいを把は握あくするのです。そうすることが，よりよい治ち療りょうにつながります。

小学生のころからサッカーが大好きで，中学，高校ではサッカー部に所しょ属ぞくしていました。
高校２年生のとき，左ひだり膝ひざに大ケガを負ってしまい，松まつ葉ば杖づえでの生活になりました。痛いたくて地面に足をつくことすらできません。病院に通っても，症しょう状じょうはあまり改かい善ぜんしませんでした。そんなとき，高校の先生から，ある接せっ骨こつ院いんを紹しょう介かいしてもらい，そこで教わったリハビリを繰くり返かえすうちに，膝ひざの状じょう態たいがよくなったのです。やがて，無事にグラウンドへ戻もどることもできました。
その接せっ骨こつ院いんで，初めてアスレティックトレーナーという職しょく業ぎょうを知りました。高校３年で進路を選せん択たくするとき，自分もこの職しょく業ぎょうを目指してみようと，専せん門もん学校に進むことを決けつ断だんしました。自分自身がサッカーをしていたこと，ケガからリハビリで回かい復ふくしたことは，いまの仕事をするうえで，とても役立っています。自分の体験を選手に話すこともたびたびあります。どんな経けい験けんも無む駄だにならないものです。

自分の決めた道や好きなことは，とことん突つきつめてほしいです。それが遊びや趣しゅ味みでも構かまいません。何かこれと決めたことがあったら，時間を忘わすれて没ぼっ頭とうしてみましょう。もしかしたらその経けい験けんが将しょう来らいの仕事につながるかもしれません。
また，学校の勉強はしっかりやってください。私わたし自身，中学校ではあまり勉強をしませんでした。そのせいで第一志し望ぼうの高校に合ごう格かくすることができず，落ちこんだものです。行きたい高校や大学，そこで学びたいことややってみたいことがあるなら，まずはしっかり勉強して合ごう格かくすることです。そうしないと，将しょう来らいの可か能のう性せいをせばめてしまいます。
私わたしの場合は幸運にも，高校でのケガをきっかけに，やりたい仕事を見つけることができました。そして，トレーナーになるという目標が決まってからは，真しん剣けんに勉強に打うち込こみました。おかげで今の仕事をするための国家試験にも無事に合ごう格かくして，夢ゆめをかなえることができました。みなさんもしっかり勉強して，自分自身の可か能のう性せいを広げてください。