私わたしは，美み濃の焼やきの産地である岐ぎ阜ふ県けん多た治じ見み市しにある「安あ土づち桃もも山やま陶とう磁じの里　ヴォイス（VOICE）工こう房ぼう」という陶とう芸げいの工こう房ぼうで働きながら，自じ宅たくにある工こう房ぼうで陶とう芸げい作品をつくっています。ヴォイス工こう房ぼうでは，陶とう芸げいをやってみたい人のための体験コースや，本ほん格かく的てきに陶とう芸げいを始めたい人を対象にした教室などを行っていて，私わたしはそういう人たちへの指し導どうやサポートをしています。
私わたしはヴォイス工こう房ぼうに就しゅう職しょくする前に，岐ぎ阜ふ県けんの「多た治じ見み市し陶とう磁じ器き意い匠しょう研究所」で陶とう芸げいを学び，卒業するときに『海をはらむ』という作品をつくりました。それから現げん在ざいまで，シリーズで作品をつくり続けています。『海をはらむ』シリーズは，陶とう芸げいの粘ねん土どがやわらかい状じょう態たいのときの表ひょう情じょうを使って，「自分にしかつくれないものをつくりたい」という思いをこめて制せい作さくしている作品です。陶とう磁じ器き意い匠しょう研究所にいたとき，粘ねん土どの表面につける模も様ようを何パターンも考える課題があったのですが，その中でワイヤーを用いて模も様ようをつけた土の表ひょう情じょうがとても好きで，この作品を思い付きました。細いワイヤーを針はりに巻まき付つけてコイルのような形にしたもので粘ねん土どを切ると，断だん面めんに凹おう凸とつができて，貝かい殻がらのような美しい模も様ようになります。この模も様ようを生かす形はどういうものかを考えて作品をつくり，現げん在ざいは８点の作品が完成しています。そのほか，このシリーズの小さな作品をつくって，販はん売ばいもしています。

作品を制せい作さくするときには，まずつくりたい形をスケッチして，イメージを膨ふくらませます。そして，模も様ようをつける部分とは別に，つくりたい形に合わせた土台をつくっておきます。
ワイヤーで模も様ようをつける際さいは，まず20kgの粘ねん土どのかたまりを，大きくて厚あつい長方形にします。それをワイヤーで切って断だん面めんを開き，イメージに合うものを見つけていきます。粘ねん土どに模も様ようをつけるときは，切った後に粘ねん土どがどんな表ひょう情じょうになるかを予よ測そくしながら，ワイヤーを巻まく幅はばなどを決めていますが，その表ひょう情じょうはワイヤーで粘ねん土どを切るたびに，毎回違ちがいます。実じっ際さいの表ひょう情じょうは，切って粘ねん土どを開いてみないと分からないため，イメージどおりの表ひょう情じょうが現あらわれるまで何度もやり直して，作品にするものを決めていきます。気にいった表ひょう情じょうをつくることができたら，粘ねん土どがやわらかいうちにすばやく形にしなければいけません。どうすれば一番美しく見えるかを考えながら粘ねん土どを触さわっていると，思いもよらない形ができるときもあります。
模も様ようをつけた粘ねん土どの形ができたら，あらかじめつくっておいた土台と合体させて，焼き上げます。全体の形を考えるところから完成まで，およそ１か月かけて，１つの作品を制せい作さくします。

『海をはらむ』シリーズの作品は，土台となる部分と，表面に波の模も様ようがついた部分とを別々につくった後に，２つを合わせる方法で制せい作さくしています。この方法だと，形ができても乾かん燥そうさせている段だん階かいや窯かまで焼いたときに，２つを合わせた部分にひびが入ったり，割われてしまったりすることがあります。そのため，土台をつくる際さいに，粘ねん土どをろくろで回しながら形をつくったり，全体を一体型にしてみたりと，これまでさまざまなつくり方に挑ちょう戦せんしてみましたが，どうしてもイメージどおりのものをつくることができず，現げん在ざいの方法に至いたりました。それでも，今までに「上出来」と思えるものは１つもなく，陶とう芸げいの奥おく深ぶかさを感じています。
しかし反対に，どれだけやってもうまくできないところに，おもしろさがあるとも感じます。もし自分が納なっ得とくできるものが完成してしまったら，違ちがうものに興きょう味みを持つようになってしまうかもしれません。「もっとこうできたんじゃないか」「次はこうしたらどうか」と，さらに良いものを求める気持ちが，次の作品につながっているように思います。陶とう芸げいには，自分が心からつくりたいと思う“イメージ”と，それを形にする“技ぎ術じゅつ”の両方が必要です。これからも，よりよい作品を制せい作さくできる方法を探さがしていきたいと思います。

『海をはらむ』シリーズの作品を展てん覧らん会かいに出したとき，あるお客さんがタイトルを見る前に「この作品からは海と女じょ性せいのイメージを感じた」と言ってくれました。作品を見た人に，自分が作品にこめた思いが伝わったときは，大きな喜びを感じます。陶とう芸げい作家にとって，作品を多くの人に知ってもらうことも大切なことです。そのため，できた作品は展てん覧らん会かいなどに出すようにしています。
現げん在ざいは，結けっ婚こんと出産を経けい験けんし，子育てをしながら作品を制せい作さくしています。毎日９時から16時まで工こう房ぼうに勤きん務むした後，自じ宅たくで家事や子どもの世話をし，子どもを寝ねかせた後に，作品制せい作さくに取りかかります。子育てをしながら作品づくりをするのは大変ですが，子どもと過すごす時間も私わたしにとってはかけがえのないものです。毎日，子どもと散歩をしながら，道に咲さく花を「きれいだね」と眺ながめたり，空を見上げたり，子どもと一いっ緒しょにさまざまなものを見ていると，今まで気づかなかった美しさや喜びを感じることがあります。そうした暮くらしの中で得た喜びを創そう作さくにも生かし，作品をつくり続けていきたいと思っています。

陶とう芸げいの中でも，私わたしがつくっているようなオブジェは，実じっ際さいに道具として使う器うつわなどと違ちがい，自分の思いを自由に表ひょう現げんできるものです。日にち常じょう生活の中で心の内に秘ひめていることや言えないことがあっても，作品には制せい限げんなく“本当の自分”を出すことができます。だからこそ「これが自分の形」と言えるまで，自分が心からつくりたい作品をつくり続けることが大切だと思っています。
私わたしが『海をはらむ』という作品を制せい作さくしようと思った原点は，粘ねん土どのやわらかな質しつ感かんが面おも白しろいという気持ちでした。しかし，展てん覧らん会かいなどで多くの人に見てもらおうと思うと，どこかに「自分を格かっ好こうよく見せたい」という気持ちが出てきて，余よ計けいな装そう飾しょくを加えてしまうことがあります。すると，どうしても自分が一番伝えたい部分が目立たなくなり，大切にしている気持ちが伝わりにくくなります。そうならないためにも，作品をつくる途と中ちゅうでは時々立ち止まり，少し離はなれて作品を見たり，何をつくりたいのかを自分に問いかけたりして，原点となっている思いを再さい認にん識しきするようにしています。
また工こう房ぼうでは，教室の生徒さんや陶とう芸げい体験に参加する人たちに，いい刺し激げきをもらっています。陶とう芸げいを始めたばかりの人は，陶とう芸げいの楽しさや驚おどろきを素す直なおに感じてくれるので，一いっ緒しょにその気持ちを共有し，自分も陶とう芸げいを始めたころの気持ちをあらためて思い出しています。

私わたしは東京で生まれ育ちました。陶とう芸げいに初めて出会ったのは，高校生のときです。私わたしが通っていた高校には，受けたい授じゅ業ぎょうを選せん択たくできる制せい度どがあり，その科目の中に陶とう芸げいの授じゅ業ぎょうがあったんです。もともとものづくりが好きだったので，すぐに陶とう芸げいが好きになり，大学に進んでからも陶とう芸げい部に入部しました。
大学を卒業後は，東京にある，ウェブサイトを制せい作さくする会社に勤つとめながら，陶とう芸げい教室に通っていました。そのころ大学の陶とう芸げい部の先せん輩ぱいが，岐ぎ阜ふ県けんの「多た治じ見み市し陶とう磁じ器き意い匠しょう研究所」で陶とう芸げいを学んでいました。先せん輩ぱいは大学時代，陶とう芸げい部で茶わんをつくっていたのですが，研究所に進んでからは陶とう器きのオブジェをつくっていて，「ここで学ぶとこんなに個こ性せいあふれる作品ができるんだ」と衝しょう撃げきを受けました。そして自分も，美み濃の焼やきの産地である多た治じ見み市し で陶とう芸げいを学びたいと思い，27歳さいで陶とう磁じ器き意い匠しょう研究所に入学して，２年間勉強をしました。陶とう芸げいを志こころざす若わかい人や，すでに陶とう芸げい作家として活かつ躍やくしている人が，全国からこの学校に通っていて，とても刺し激げきを受けました。卒業してからは，現げん在ざい働いている「ヴォイス工こう房ぼう」に就しゅう職しょくし，陶とう芸げいを教えながら自分の作品をつくる，今の暮くらしをするようになりました。

私わたしは小学生のころから図工や美び術じゅつが大好きで，学校や遊びから帰ってくると，すぐに紙とえんぴつを取り出し，夕飯の時間になるまで黙もく々もくと絵を描かいたり工作をしたりして過すごしていました。母も自分で何かをつくることが好きで，いつもカゴを編あんだり編あみ物ものをしたりしている姿すがたを見て育ちました。母は，私わたしが絵を描かいたり紙や木で工作をしたりすると，必ずその作品を褒ほめてくれて，よく家の中に飾かざってくれました。
高校に入って，選せん択たくできる科目の中に陶とう芸げいの授じゅ業ぎょうを見つけたときは，迷まよわず選びました。高校には陶とう芸げい用の窯かまも設せっ置ちされていて，好きな作品をつくることができました。しかし，高校の授じゅ業ぎょうでも，大学で入部した陶とう芸げい部でも，つくる作品は趣しゅ味みの延えん長ちょうで，ほとんどが独どく学がくでした。その点，「多た治じ見み市し陶とう磁じ器き意い匠しょう研究所」に入ってからは基き礎そとなる技ぎ術じゅつや知ち識しきを学ぶことができ，同じ陶とう芸げい家かを目指す仲間と一いっ緒しょに陶とう芸げいをする時間が，とても楽しかったです。今でもその仲間とは交流があり，情じょう報ほうを共有しながらお互たがいに刺し激げきを受け合っています。

工こう房ぼうで陶とう芸げい体験をやっていると，よく「私わたしは不ぶ器き用ようだから，陶とう芸げいには向いていないかもしれない」という声を聞きます。しかし陶とう芸げいは，おおらかな人がつくる作品や細やかなことが好きな人の作品など，それぞれに良さがあるもので，向き不向きはありません。「一番陶とう芸げいに向いている人は？」と聞かれたら，私わたしは「陶とう芸げいが好きで，ずっと続けられる人」だと思います。だから，陶とう芸げいに限かぎらず，何かをやりたいと思ったら，向き不向きは考えず，まずはどんなことでも挑ちょう戦せんしてみてください。やりたいと思う気持ちや楽しいと感じる気持ちがあると，思っている以上のことを身に付けることができると思います。
また私わたしは，陶とう芸げいをするなら陶とう芸げいを続けやすい場所へ行こうと思い，生まれ育った東京から，焼き物で有名な岐ぎ阜ふ県けんの多た治じ見み市しに移い住じゅうしました。陶とう芸げいが地場産業として根付いている多た治じ見み市しでは，周りに陶とう芸げいに関わる人も多く，材料が手に入りやすかったり，陶とう芸げいに関わる仕事に就つける可か能のう性せいが高かったりします。私わたしが勤つとめている「ヴォイス工こう房ぼう」は，陶とう芸げいの窯かまを作っている「共きょう栄えい電でん気き炉ろ製せい作さく所しょ」という会社が運うん営えいをしていて，そこに勤つとめながら自分の作品を作っている人がたくさんいます。そのほか，美び術じゅつの先生をしながら陶とう芸げいを続ける人や，陶とう器きを生産する製せい陶とう所じょに勤つとめながら自分の作品を制せい作さくする人など，多くの人がさまざまな形で陶とう芸げいをしています。自分の好きなことが見つかったら，その仕事が根付いている場所や身近に感じられる場所に身を置いた方が，夢ゆめを叶かなえる道が見つかりやすいように思います。