私わたしは「渋じゅう滞たい学」という新しい学問分野を作り，みなさんが嫌きらいな渋じゅう滞たいや混こん雑ざつをいかになくすかを，数学や物理学といった基き礎そ的てきな学問を使って探さぐるという研究をしています。
私わたしは昔から渋じゅう滞たいや混こん雑ざつが大だい嫌きらいで，初めて渋しぶ谷やに行ったときに，混こん雑ざつした駅で倒たおれたことがあるのです。病院で検けん査さした結果，特に悪いところはなかったのですが，医者から「混こん雑ざつがすごく嫌きらいで，それで倒たおれたのじゃないか」と言われて，確たしかにそうだなと。なんとか混こん雑ざつを避さけられないものかと，以前からずっと思っていたのです。
研究者として，はじめから渋じゅう滞たいや混こん雑ざつについての研究をしていたわけではなくて，もともとは水の流れや空気の流れなどについて研究をしていました。あるとき，混こん雑ざつは人の“流れ”だから，水や空気の“流れ”と結びつけて考えられるのではないかと思ったのです。そうすれば，今まで勉強してきた科学を使って，自分の大だい嫌きらいな渋じゅう滞たいや混こん雑ざつをなくせるのではと思い立ち，今から約25年前に渋じゅう滞たいの研究を始めました。

渋じゅう滞たいの研究を始めるまでは水や空気など，自然のものを相手にずっと研究をしてきましたが，渋じゅう滞たいは人間の問題ですよね。人間をいかに自然科学的にとらえるかということになるのですが，人間の動きは，科学では完全には予想ができないわけです。心理というのはなかなか難むずかしい。それをどう科学で考えていくかということが，やりがいでもあり，難むずかしさでもあります。
心理と，科学や数学をくっつけるわけですね。そうやって，分野を超こえていろいろなことをやっていくのは難むずかしいのですが，そういう新しいことをどんどんやっていかないといけないと感じています。難むずかしい問題を新しい知ち恵えで解かい決けつしていかないと，次の新しい学問は作れないですよね。今あるものを学ぶだけじゃなくて，新しく学問を作る。作る側の立場からすると，混こん乱らんがあればあるほど燃もえてくるんです。

渋じゅう滞たいに巻まきこまれるとイライラしますよね。有ゆう効こうに使えるはずの時間が失われているからです。ただ単たん純じゅんに立って待つとか，動かない状じょう態たいでじっとしていなければならない，そういうのを「機会損そん失しつ」といいます。日本人の平へい均きん時給は3600円くらいといわれています。だから何もしないでじっとしているだけだと，１人１時間あたり，3600円のお金が失われているということです。それを積み上げていくと，日本中で，「年間12兆円」という数字が出ます。これは国家予算の８分の１くらいです。ものすごく大きな経けい済ざい的てき損そん失しつですよね。渋じゅう滞たいを減へらせば，この損そん失しつを少なくすることができます。
さらに，渋じゅう滞たいにイライラして，誰だれかにあたったり，ものを壊こわしたり，そういった心理的な影えい響きょうまで含ふくめると，渋じゅう滞たいは数えきれない負の影えい響きょうを社会にもたらしています。また，高速道路の事じ故こは渋じゅう滞たいが原げん因いんのものが20％を占しめていますし，渋じゅう滞たいすると，こまめに止まったり動いたりを繰くり返かえすことで，車がスムーズに流れているときよりも余よ計けいに二に酸さん化か炭たん素そが排はい出しゅつされます。特に交差点付近の二に酸さん化か炭たん素その濃のう度どは非ひ常じょうに高くなってしまって，環かん境きょうにもよくありません。渋じゅう滞たいを減へらせば，地球にも人にも優やさしい結果になります。

渋じゅう滞たいを数学でとらえるといわれても，ピンとこないかもしれません。実は車というのは，動いているときは３つのことしかできないんです。加速すること，減げん速そくすること，車線変へん更こうをすること，の３つです。複ふく雑ざつに見えてもだいたいそれくらいです。１車線の道路なら車線変へん更こうはありませんから，２種類です。前があいていれば加速するし，詰つまっていれば減げん速そくする。
前があいていれば進めるし，詰つまっていれば進めない。こうやって現げん実じつの複ふく雑ざつな問題を単たん純じゅん化かして，本ほん質しつを失わないように抜ぬき出だし，数学の問題にしていくのが研究者としての腕うでの見せどころです。まずは目に見えるようにミニカーと箱で表ひょう現げんしたり，あるいは，車がいなければ0，車がいれば１というふうに，数字で表したりすることもできます。そうすると0101……のように，0と1だけで表ひょう現げんできるので，コンピューターのプログラムで，自由に動かすことができます。そうすれば数学の問題として研究しやすくなるんです。

前があいていれば進む，そうじゃなければ進まない。前に一度，このモデルを幼よう稚ち園えんで試ためしたことがあります。手を叩たたいたら，前があいていたら一歩進んで，そうじゃなければ止まってねと。本当に誰だれでも理り解かいできるモデルですが，これで渋じゅう滞たいが表ひょう現げんできます。では，渋じゅう滞たいを解かい消しょうするにはどうすればいいのか。
最初は，車の数を減へらすしかないと考えていたんですが，ミニカーのモデルで遊んでいるうちにひらめきました。前が詰つまっていると動けないなら，空間をあけるようにすればいいのではないか。後ろから来る車はゆっくり近づいて，止まらないように車間距きょ離りをとるようにすると，渋じゅう滞たいが消せるという計算結果が出ました。そして，数学で考えたことを，実じっ際さいの道路でも実験したら，本当にうまくいったんです。
こうやって数学で社会貢こう献けんまでできるということはやっぱり大事ですよね。数学的に単たん純じゅん化かして考えることがいかに大事かということです。

車や人の流れのほかに，物流という「物の流れ」についても研究しています。例えば最近，日本のいろいろなところで自然災さい害がいが起きていますが，そうすると，支し援えん物ぶっ資しを送りたくても運べない，届とどかないということになります。また，工場で物を作ろうとしても材料が届とどかない。物流の世界でも渋じゅう滞たいが起きるんです。この渋じゅう滞たいをいかになくして，物流をスムーズにするかというのも，今，研究しています。物流業者さんだけでなく，会社の中でものを作っているときにも渋じゅう滞たいが発生しているというので，さまざまな会社さんと一いっ緒しょに研究をしています。さらには，車や人，物以外にも，コミュニケーションの流れや，仕事の流れなど，いろいろな“流れ”にも応おう用ようできるのではないかと，分野を超こえた研究を進めています。

渋じゅう滞たいや混こん雑ざつを解かい消しょうすることで事じ故こが減へれば，我われ々われの安心や安全にもつながります。例えば，イベントで階かい段だんを上っていった先に受付を設もうけたら，その前に人が並ならびますよね。そうなるとそこで混こんでしまい，後から階かい段だんを上ってくる人もいるので，誰だれかが倒たおれれば，将しょう棋ぎ倒だおしのような事じ故こが起こってしまいます。だから階かい段だんの近くには受付を作らないようにしたほうがいい。ある大会でそうアドバイスをして，事じ故こを未然に防ふせぐことができたということもありました。
研究をすればするほど，人間がどういうふうに行動するのかが見えてくるようになりました。みんなが自分のことばかり考えて，いっせいに先を急いで早く行こうとすると，どこかで詰つまってしまいますよね。だから，一番大事なのは思いやりというか，いかに他の人のことを考えて行動するかということなんです。ちょっとでもみなさんがお互たがいに思い合えば，渋じゅう滞たいや混こん雑ざつが減へるということが研究の結果，わかりました。まわりを気づかう思いがいかに大事かということですね。研究を進めるうえでは，科学的な面だけでなく，人の思いを考えるという面もすごく大切にしています。

人生はあきらめるかやり抜ぬくかの２つあって，必ずどちらかなんです。「できなかった」というのは，結局，あきらめただけなんですね。やり抜ぬいたらなんでもできるんです。だから絶ぜっ対たいに自分がやりたいことがあったら，あきらめずに進んでいってください。７年，８年とあきらめなければ，できないことはそうありません。ときには挫ざ折せつするかもしれないけれど，頑がん張ばっていれば，絶ぜっ対たいにまわりではげましてくれる人も出てきます。みなさんはぜひ頑がん張ばって，日本をどんどんよくしてほしいと思います。