私わたしは愛え媛ひめ県けん愛あい南なん町ちょうにある愛南漁業協同組合（漁協）の職しょく員いんです。漁協というのは漁りょう師しさんがお金を出し合ってつくる法人です。日本では家族単位の規き模ぼの小さな漁りょう師しさんが多いので，組合をつくって助け合っているのです。
私わたしたち漁協職しょく員いんは，いってみれば組合員である漁りょう師しさんに雇やとわれ，漁業や漁村の暮くらしをサポートするのが仕事です。全国には1000近い漁協があり，規き模ぼも仕事の内ない容ようもそれぞれ違ちがいますが，漁協のおもな仕事は，漁りょう師しさんがとった魚を売るのを手伝う「販はん売ばい」，網あみや長なが靴ぐつなど漁に必要なものや生活用品を売る「購こう買ばい」，銀行のように貯金を受け入れたり漁の資し金きんを貸かし付つけたりする「信用」，海での事じ故こや災さい害がいに備そなえる保ほ険けんの「共きょう済さい」，経けい営えいの相談にのる「指し導どう」などです。私わたしはこのうちの「販はん売ばい」の仕事を担たん当とうしています。
もうひとつ，漁協には大切な役やく割わりがあります。それは「漁場の管理」です。漁業は限かぎりある自然の資し源げんに頼たよる産業です。魚をとる場所や時期、とっていいサイズや量を制せい限げんするなど，大切な資し源げんを利用するルールを地ち域いきごとに定め，海の資し源げんを守っていくのも漁協のつとめです。海を豊ゆたかにするための植林や，海岸のごみの清せい掃そうなど，環かん境きょう活動をおこなっている漁協も多いんですよ。
ここ愛南町では漁業が町の主要な産業なので，漁協には町全体を盛もり上あげることも期待されています。ふるさとのために働けるこの仕事には，とてもやりがいを感じています。

愛南町の海は豊ゆたかで，年間を通してアジ，サバ，イワシ，タイ，イカがとれ，春から初夏にかけてはカツオやカンパチ，冬にはブリやカワハギなどがとれます。
漁りょう師しさんはとった魚を漁協の市場に水みず揚あげします。漁協は漁りょう師しさんから手数料をいただいて魚を預あずかり，毎朝6時からのセリで仲買人さんに売ります。仲買人さんは買った魚を自分の店で小売りしたり，地元のスーパーや加工業，飲食店などに卸おろしたりするほか，東京の築つき地じなど都市部の市場に送ることもあります。
愛南漁協は本所と3つの支し所しょがあり，職しょく員いんは53人。私わたしは本所で働いています。市場の仕事は職しょく員いん総そうがかりでおこないます。私わたしもセリの準じゅん備びのため，毎朝5時に出しゅっ勤きんしています。春から初夏にかけてはカツオ一いっ本ぽん釣づりの漁船が昼前から午後にかけて入港し，朝とは別にカツオだけのセリもあるので，とても忙いそがしくなります。
市場では，漁船から魚を水みず揚あげしたらすぐ，種類やサイズ別，傷きず物ものなどに選別します。選別した魚はカゴに小分けして重さを測はかり，「漁船名，サイズ，kg」などを記した伝票をカゴに入れます。これがセリの値ねづけや漁りょう師しさんへの支し払はらいの基き礎そデータになります。
一連の作業で大切なのは，魚の鮮せん度どや品ひん質しつを落とさないスピード，正せい確かくさ，ていねいさです。せっかく漁りょう師しさんがとった魚も，市場で雑ざつに扱あつかえば価か値ちが下がってしまいますから。衛えい生せいにも十分気をつけていて，愛南漁協では市場の床ゆかはピカピカに磨みがき上あげていますし，定期的に周辺のごみ拾いもしています。こうした努力が市場の信用になるんです。信用があると仲買人さんが多く集まり，魚にも高い値ねがつく。そして町全体も活気づいていくんです。

日本人の魚の消費量は減へってきています。そこで愛え媛ひめ大学，愛南町の水産課，愛南漁協がチームを組み，より多くの人に魚に親しんでもらうための教育活動である「ぎょしょく教育」をおこなっています。私わたしは漁協の担たん当とう者しゃです。
最初は町内の学校で出前授じゅ業ぎょうをしていたのですが，2010年から東京の小学校にも行くようになりました。愛南町水産課の働きかけが実って，東京都の学校給食で愛南町の魚を食べてもらえるようになったからです。
出前授じゅ業ぎょうでは漁や養よう殖しょくの仕事について話をし，生の大きなカツオやマダイにも触さわってもらいます。マダイの実物を見て養よう殖しょくか天然かを見分けるクイズや，カツオの重さのペットボトルを本物の釣つり竿ざおで釣つる，一いっ本ぽん釣づり体験も人気です。ワクワクして喜んでもらえると，私わたしもうれしくなります。
給食のために届とどける魚は，愛南の漁りょう師しさんや加工屋さんに用意してもらいます。給食の納のう入にゅうには決まりごとが多いのです。たとえば，マダイの切り方の角度や幅はば，カマ（頭の下の部分）の大きさを同じにすることなどです。それを東京の給食業者さんに教えてもらい，私わたしから漁りょう師しさんや加工屋さんに伝えました。コツをつかむまでは，苦労もありました。でも，愛南の魚を東京の子どもたちにも食べてもらえること，売り先を増ふやすことで漁りょう師しさんに喜ばれること，それらが仕事の励はげみになりました。

愛南ではイワシなどの巻まき網あみ漁もおこなわれていて，昔からイワシの丸まる干ぼし，干ひ物もの，煮に干ぼし，かまぼこなどの加工がさかんです。しかし家族経けい営えいの小さな業者さんが多く，営えい業ぎょうまで手が回りません。また，日本人の食生活が変わり，これまでとは違ちがう売り方を考える必要もあります。そこで，漁協が営えい業ぎょうの総そう合ごう窓まど口ぐちを務つとめることになりました。今，私わたしが担たん当とうしています。
仲間の職しょく員いんと一いっ緒しょに東京をはじめ，全国各地に出向いて商談をすることもありますし，県内の加工品の問屋さんと話をすることもあります。商談がまとまれば業者さんから手数料をもらい，注文を受けて商品を送る仲立ちや，ときにはクレーム対たい応おうもします。
営えい業ぎょうで私わたしが大事にしているのは，買い手に「愛南のファンになってもらう」こと。愛南の水産物は，この町の自然や文化がつくりだした，ここにしかないものだと思うんです。値ね段だんだけの交こう渉しょうでは，人の気持ちはなかなか動きません。でも，愛南の豊ゆたかな海や山，代々受うけ継つがれてきた漁業や加工の技わざに興きょう味みを持ってもらえたら，これが糸口になります。
漁協は地元の人たちに親しまれている，地ち域いきに根づいた組そ織しきですから，地ち域いきの水産業を盛もり上あげるのも仕事のうちです。だから私わたしたちの営えい業ぎょうの仕事には「愛南町のセールス」という意味もあるんじゃないかな，と思います。

私わたしは愛南の小さな漁村で育ちました。保ほ育いく園えんから中学までは一学年が1クラス20人のずっと同じ顔ぶれだったのが，高校でいきなり一学年10クラスになり，びっくりしました。
部活は中学のときから野球部でした。高校からは硬こう式しきで，3番サード。甲こう子し園えんには行けませんでしたが，いくつかの大学から推すい薦せん入学の話もありました。野球でプロは無理だと思いましたが，進学してスポーツにかかわる仕事に就つくのもいいなと考えていました。
しかしいろいろな事じ情じょうでスポーツの道はあきらめ，進学か地元での就しゅう職しょくか迷まよいましたが，母に漁協の採さい用よう試験を受けるよう勧すすめられ，よくよく考えた上で漁協への就しゅう職しょくを決めました。自分で考え抜ぬいて納なっ得とくした結果ですから，後こう悔かいはありませんでした。ましてや「だれかのせい」などと思ったこともまったくありません。
就しゅう職しょくしてから23年，数年おきに担たん当とう部ぶ署しょを移うつりあらゆる仕事を経けい験けんしたおかげで，今やすっかり漁協のオールラウンドプレイヤーです。

私わたしが自分の人生で大切にしてきたことは，途と中ちゅうで放り出さずとことんやり抜ぬくことと，自分の頭で考えて決めること，でしょうか。最初にそれを意い識しきしたのは高校の部活です。家から高校までは，自転車で片かた道みち約1時間かかり，毎朝6時前に家を出て，練習が終わって帰り着くのは夜中の12時過すぎ。漁協に就しゅう職しょくして「社会人って楽だなあ」と思ったほどです。それでも部活は絶ぜっ対たいにやめないと決めていました。途と中ちゅうでやめたら自分に負けるというか，一生，中ちゅう途と半はん端ぱな人間になるような気がしたんです。
1年生のときは上級生についていくだけでしたが，2年生になってからは練習の内ない容ようを自分の頭で考えるようになりました。まず課題を見つけて練習の目的を決め，目的のために効こう果か的てきな練習の方法を考える，というように。この姿し勢せいは，今の仕事でも生きていると思います。
私わたしはスポーツ少しょう年ねん団だん指し導どう員いんの認にん定てい資し格かくをとって，10年以上前から地元で指し導どうをしていますが，子どもたちにもいつも「自分の頭で考えなさい」といっています。指し示じされたことを理り解かいせずに「はい」と返事だけして体を動かしていては成長できないですから。

自分で考えてやりたいことや進む道を決め，とことんやりぬけば，おのずと道はひらけるものだと思います。とはいえ，私わたし自身の経けい験けんからも，人に助けられて生きてこられた面も大きいですね。営えい業ぎょうの仕事も人と人の間に立つ苦労よりも，人との出会いのおかげでうまくいくことが多いと実感しています。私わたしは中学までは荒あらっぽい性せい格かくでしたが，高校に入って「これじゃだめだ，友だちもできない」と気づきました。それ以来，人との関係は大事にしています。高校時代の10人ぐらいの仲間とは，今でも毎月集まっています。人との縁えんは，何よりすばらしい人生の財ざい産さん，宝たから物ものだと思いますから，みなさんもまわりの人との縁えんは大切にしてください。