いろいろな事件（じけん）について中立的な立場で判断（はんだん）を示（しめ）すのが裁判官（さいばんかん）の主な仕事です。裁判（さいばん）の種類は大きく分けると，民事・刑事（けいじ）・家事の3つです。民事は，たとえばお金の貸（か）し借（か）りをめぐる争い，物の売買をめぐるトラブルなどについての判断（はんだん）をしたり，両方の言い分を聞いて，中立的な立場から意見を述（の）べ，一番良い解決（かいけつ）方法を調整し，話し合いで紛争（ふんそう）を解決（かいけつ）したりします。刑事（けいじ）は，その人が罪（つみ）を犯（おか）したかどうかについて判断（はんだん）します。もし罪（つみ）を犯（おか）しているとしたら，罰（ばつ）として刑務所（けいむしょ）に入れた方がいいのか，入れない方がいいのか，刑務所（けいむしょ）に入れるとしたらどのくらいの期間がいいのかなどを判断（はんだん）します。家事は，離婚（りこん）した方がいいのかどうか，遺産（いさん）の金額（きんがく）がどれくらいあって，誰（だれ）にどのように分けたらいいのかなどを判断（はんだん）します。

法廷（ほうてい）が開かれる日は，日にもよりますが，午前中は10時半から12時前くらいまで，午後は1時半から4時頃（じごろ）まで，公開の法廷（ほうてい）で，裁判所（さいばんしょ）や事件（じけん）の当事者が集まり，当事者が提出（ていしゅつ）した言い分を記載（きさい）した書面の陳述（ちんじゅつ）（主張（しゅちょう）の確認（かくにん））をし，言い分を裏（うら）づける証拠（しょうこ）も調べた上で，反対当事者に反論（はんろん）や証拠（しょうこ）の提出（ていしゅつ）をお願いするなど次回までの宿題を決め，事件（じけん）の進行を決めたり，事件（じけん）の当事者や関係者から経験（けいけん）した事実を聞くといった証拠（しょうこ）調べを行ったりしています。一方，法廷（ほうてい）が開かれない日は，準備（じゅんび）書面という，当事者から提出（ていしゅつ）されている言い分が書かれた文書や証拠（しょうこ）書類などを読んだり，書類の作成や文献（ぶんけん）の調査（ちょうさ）をしたり，事件（じけん）を担当（たんとう）する３人の裁判官（さいばんかん）で，その事件（じけん）の手続の進め方や結論（けつろん）等について合議という話合いをしています。夜は７時くらいまで仕事をして，家に帰って夕飯を食べ，家で1，2時間調べ物をしたりします。
また，私（わたし）は，週に1回法科大学院に行って，法律家（ほうりつか）を目指す学生に身近な契約（けいやく）についての法律（ほうりつ）や民事裁判（さいばん）の手続，判断（はんだん）の仕方などを教えています。

私（わたし）はこれまでほとんど民事事件（じけん）を担当（たんとう）してきました。過去（かこ）の同じような事件（じけん）の裁判（さいばん）例（判例（はんれい））を調べたり，専門（せんもん）的な問題ならその分野の学者が書いた本をたくさん調べたりします。その事件（じけん）に沿（そ）った勉強は大変ですが，必要なことでもあります。以前原発の事件（じけん）を扱（あつか）った時は何ヶ月もその事件（じけん）にかかりきりになりました。関係する書類は膨大（ぼうだい）な数になり，それらを読んだりまとめたりするのは簡単（かんたん）ではありませんでした。もっとも，そのような大きな事件（じけん）ではなくても，当事者にとっては裁判（さいばん）をする機会は一生に1回あるかないかです。両者の話を聞いて考え，その結論（けつろん）を決めるというのは大きな責任（せきにん）があることです。しかし，同時に，自分で考えた紛争（ふんそう）の解決策（かいけつさく）を示（しめ）すことができるので，大変ですが非常（ひじょう）にやりがいがあります。

裁判（さいばん）には裁判官（さいばんかん）1人で判断（はんだん）を行う単独（たんどく）事件（じけん）と，3人で判断（はんだん）を行う合議事件（じけん）とがあります。難（むずか）しい判断（はんだん），新しい判断（はんだん）になりそうな事件（じけん）は，合議で判断（はんだん）します。お金の貸（か）し借（か）りなどの比較（ひかく）的争点が分かりやすい事件（じけん）は，単独（たんどく）で行います。合議の事件（じけん）の場合，経験（けいけん）年数が違（ちが）う裁判官（さいばんかん）と組むことがありますが，対等・公平な立場で議論（ぎろん）します。それぞれの裁判官（さいばんかん）は，一つの事件（じけん）に対してさまざまな見方をしていることもあるので，議論（ぎろん）を慎重（しんちょう）に重ねます。しかし，これまでの私（わたし）の経験（けいけん）では，最初は結論（けつろん）が違（ちが）っていても議論（ぎろん）を重ねていくうちに自ずと同じ結論（けつろん）となり，最終的に結論（けつろん）が分かれたことはありません。最後は3人が納得（なっとく）して落ち着くところに落ち着きます。合議はとても勉強になるので，裁判官（さいばんかん）の醍醐味（だいごみ）の一つですね。

裁判官（さいばんかん）は中立公正なのが一番大事です。どちらかに味方していると思われないように言動には気をつけています。ちょっとした態度（たいど）や仕草でも，自分の話を聞いてもらえなかったのではないか，相手の味方をしているのではないかとの印象を与（あた）えてしまう可能（かのう）性（せい）があるためです。また，当事者の話をよく聞くことも心がけています。裁判（さいばん）になる前にほとんどの争いは解決（かいけつ）しているので，裁判（さいばん）になってしまったということは，争い事がこじれたり，当事者の感情（かんじょう）がもつれてしまったりしていることが多いのです。その事件（じけん）の争いのポイントとなる点を明らかにする手続や，双方（そうほう）の話し合いで事件（じけん）の解決（かいけつ）方法を決める手続では，非公開（ひこうかい）の部屋でじっくり話を聞くこともあります。手続として淡々（たんたん）と進めるのではなく，それぞれの立場に立って聞く姿勢（しせい）が，紛争（ふんそう）解決（かいけつ）にはとても大事なことであると感じます。

中学3年生の時に，悪徳（あくとく）商法で困（こま）っている人たちを救う弁護士（べんごし）の記事を新聞で読み，法律家（ほうりつか）を志（こころざ）すようになりました。頼（たの）んでいない寿司（すし）100人前をその弁護士（べんごし）の家に配達されるなど嫌（いや）がらせを受けながらも，被害者（ひがいしゃ）を救うために立ち上がる弁護士（べんごし）に憧（あこが）れました。司法試験に合格（ごうかく）し，司法修習（しゅうしゅう）という研修（けんしゅう）が始まると，弁護士（べんごし）・検察官（けんさつかん）・裁判官（さいばんかん）それぞれについて現場（げんば）で深く学びます。裁判所（さいばんしょ）での修習（しゅうしゅう）中に，双方（そうほう）の話をよく聞き，文献（ぶんけん）を納得（なっとく）のいくまで調べる裁判官（さいばんかん）の姿（すがた）を目の当たりにし，自分の頭でよく考えて最終的な結論（けつろん）を出す仕事を，自分の一生の仕事にしたいと思うようになりました。また，修習（しゅうしゅう）をした当時の裁判（さいばん）所の所長が，職員（しょくいん）の誰（だれ）からも愛される大変立派（りっぱ）で魅力（みりょく）的な方で，こういう人がいる職場（しょくば）で働きたいと思ったことも，裁判官（さいばんかん）の道を選ぶ決め手となりました。

私（わたし）は，かなりやんちゃで元気な子どもでした。幼稚園（ようちえん）までは広島県の三原という自然豊（ゆた）かなところに住んでいました。田んぼで捕（つか）まえてきたヤモリを隣（となり）のおばさんにあげるいたずらをして喜んだりしていました。小学校のころは，野球をやったりサッカーをやったりと，外で遊ぶことが多かったですね。小学校3年生のころ，放課後，友達5～6人を誘（さそ）って，工場見学を企画（きかく）して，近所のジュースやウイスキー，レコードを作っている工場を突然（とつぜん）訪問（ほうもん）したこともあります。当時工場の皆（みな）さんはとても親切で，断（こと）わられることはなく，機械の説明をしてもらったり，お土産ももらったりしました。工場から学校に連絡（れんらく）がいったこともあったそうですが，特に先生に怒（おこ）られることはありませんでしたね。

以前担当（たんとう）した事件（じけん）で,お母さんが目を離（はな）したすきにお子さんが道路に飛び出し，車にひかれて亡（な）くなり，車を運転していた加害者に対して，損害（そんがい）賠償（ばいしょう）を請求（せいきゅう）しているという事件（じけん）を担当（たんとう）したことがありました。そのお母さんは，目を離（はな）してしまった自分をずっと責（せ）めていました。私（わたし）は，この事件（じけん）を解決（かいけつ）するためには，お母さんをこの交通事故（じこ）から気持ちの上で解放（かいほう）することが大切だと思い，裁判官（さいばんかん）として何ができるかと考え，1ヶ月に1回お母さんの話を聞く場を設（もう）けました。1年くらい経（た）って，お母さんは，ようやく自分を許（ゆる）せるようになり，心が落ち着いたとお話になりましたので，私（わたし）は和解（わかい）の提案（ていあん）をしました。お母さんも加害者の方も納得（なっとく）して，話し合いで解決（かいけつ）することができました。時間をかけてじっくり取り組んだ結果，お母さんも自分と向き合うことができ，それぞれにとって最善（さいぜん）の解決策（かいけつさく）となったのです。
みなさんも，何事にも前向きに積極的に取り組んでほしいですね。遊びとか趣味（しゅみ）なども一生懸命（いっしょうけんめい）やってほしいです。うまくいかないこともあると思いますが，それでも諦（あきら）めないことが，どの道に進んでも財産（ざいさん）になると思います。