私わたしは電車の運うん転てん士しです。東とう京きょうの都心から羽はね田だ空港・横よこ浜はま・三み浦うら・三み崎さき口ぐちをつなぐ「京けい浜ひん急行電鉄」（以下，京けい急きゅう）に勤つとめています。
どの駅に出しゅっ勤きんするかは運うん転てん士しごとに決まっており，私わたしの場合は横よこ浜はま市し金かな沢ざわ区くにある金かな沢ざわ文ぶん庫こ駅を拠きょ点てんとしています。出しゅっ勤きん時間や勤きん務む時間は日ごとに変わり，泊とまり勤きん務むで夜と早朝の電車に乗じょう務むする夜や勤きんも週に１〜２回あります。また，休日は週に２日です。勤きん務むの日は，その日，最初に運転する電車の発車時じ刻こくよりも，50分ほど早めに出しゅっ勤きんするようにしています。
出しゅっ勤きん後，まずは制せい服ふくに着き替がえ，お酒が体に残っていないかを調べるアルコール検けん査さを受けます。次に，懐かい中ちゅう時計の針はりを時じ報ほうに合わせます。秒単位で行動する運うん転てん士しにとって，正せい確かくな時計は必ひつ需じゅ品ひんです。さらに，その日の気き象しょう情じょう報ほうなどを確かく認にんし，助役（駅長代理）の前で心身の状じょう態たいを報ほう告こくします。安全第一のため，もしも不調がある場合は無理をせず正直に申しん告こくします。問題なければ，いよいよ出発です。
運うん転てん士しは，１日に５〜10本の電車を運転します。基き本ほん的てきには，始発駅から終着駅まで通して運転することはなく，途と中ちゅうの駅で他の運うん転てん士しに交代します。例えば，品しな川がわ駅発，三み崎さき口ぐち駅行きの快かい特とくが５つめの停てい車しゃ駅えきである金かな沢ざわ文ぶん庫こ駅に着いたら，金かな沢ざわ文ぶん庫こで待機していた私わたしが，そこまで運転してきた運うん転てん士しに変わって乗のり込こみ，あとは終点の三み崎さき口ぐち駅まで私わたしが運転します。私わたしは三み崎さき口ぐち駅で休きゅう憩けいをとったあと，また別の電車を運転する……，といった具合です。普ふ通つう列車をはじめ，快かい特とくや特急など，さまざまな種別の電車を，その日の乗じょう務む予定にしたがって運転します。休きゅう憩けいや昼食は，一回の乗じょう務むが終わって，次の電車に乗じょう務むするまでの空き時間に，駅にある乗じょう務む員いん控ひかえ室しつなどでとります。夜や勤きんの場合は，他の駅で仮か眠みんをとり，翌よく朝あさの勤きん務むに備そなえる日もあります。

運うん転てん士しは，時じ刻こく表ひょう通りに電車を運転しなければなりません。そのため運うん転てん士しの頭には，各区間ごとの最高速度や，路線のどこにカーブがあってどこで減げん速そくすべきかなど，路線に関するあらゆる情じょう報ほうが叩たたき込こまれています。これを踏ふまえて，「この先にカーブがあるから，そろそろ減げん速そくしよう」，「ここから加速して，あの地点で最高速度に達しよう」といったように，加か減げん速そくのタイミングや速度を計算して運転を行っています。天候，時間帯，運転する電車の種別によっても違ちがってくるので，毎回，緊きん張ちょう感を持って運転しています。
最近の電車では，主にＴ型がたのハンドル１本で操そう作さします。手前に引くと加速し，前方に押おし倒たおすとブレーキがかかるタイプが主流です。ハンドルを握にぎっている走行中は，一いっ瞬しゅんたりとも気を抜ぬけません。停てい車しゃ駅えきの少ない快かい特とくなどは，走行している時間が長いので，緊きん張ちょうが続きます。快かい特とくの通つう過か待ちなどで停てい車しゃ時間も多い普ふ通つう列車を運転するときは，すこし楽な気持ちになります。
人間ですから，運転中に雑ざつ念ねんが生じそうになることもあります。そういうときは休きゅう憩けい時間や停てい車しゃ中に雑ざつ念ねんをしっかりと頭から追い出し，気持ちを切きり替かえて運転に集中するようにしています。ラッシュ時は，多いときで12両編へん成せいに千人以上のお客さまを乗せて走行しているので，命をあずかっている責せき任にんの重さを強く感じます。いついかなるときも事じ故こを起こさないよう，安心・安全・快かい適てきを心がけて運転しています。

運転していて難むずかしいと感じるのは，ブレーキ操そう作さです。京急では，都と営えい地下鉄などの他社線と相そう互ご乗り入れを行っているため，全部で４つの鉄道会社が保ほ有ゆうする車両を運転しなければなりません。他社線の車両も，京急の区間では京急の運うん転てん士しが運転します。基き本ほん的てきな操そう作さ方法にさほど違ちがいはありませんが，自動車や自転車と同様に，車両によってブレーキの効きき方かたに個こ性せいがあるのです。そのため，電車に乗じょう務むするたびに，一つ目の駅に停てい車しゃする際さいに「この車両は，これくらいの効きき具合だな」と，ブレーキの感覚を確たしかめるようにしています。
たとえ同じ形式の車両だとしても，走行距きょ離りや使用年数によって，車両の状じょう態たいはさまざまです。また天候の影えい響きょうも大きく，運うん転てん士しにとってブレーキ操そう作さは永えい遠えんの課題です。特に雨や雪の日はブレーキの効ききが悪くなるため，いっそう注意深く運転しています。いつも晴れていてくれればいいのですが，そうもいきません。運うん転てん士しになってからは，天気予よ報ほうをよくチェックするようになりました。

沿えん線せんや駅で，小さなお子さんに手を振ふってもらえることがあり，そんなときはヒーローになった気分です。いつの時代も電車の運うん転てん士しは，子どもたちにとってあこがれの存そん在ざいですよね。またホームなどで，お客さまから「今日の運転は快かい適てきでよかったです」と声をかけていただけることもあります。運うん転てん士しはお客さまと直ちょく接せつコミュニケーションを交かわす機会が少ないため，そんなときはとてもうれしく感じます。
運転席からは季節ごとに変わる景色を楽しめます。三み浦うら半島の先せん端たんに近い場所まで来ると，晴れた日には海や富ふ士じ山さんがよく見えます。運転中は常つねに気が張はっているものの，そうした美しい景色が目に飛とび込こんでくると，わくわくするような気持ちになります。

私わたしが生まれる前，父は京急の運うん転てん士しをしていました。その縁えんもあって，高校を卒業する時期に父から「この会社を受けてみたらどうか」と勧すすめられ，私わたしも京急で働くことになりました。そのとき初めて「入社したからには，花形である運うん転てん士しを目指そう」と考えるようになったのです。
入社して１年目は駅での業ぎょう務むを，２〜３年目は車しゃ掌しょうを務つとめました。そして入社４年目に，いよいよ運うん転てん士しになるための研けん修しゅう期間に入ることができました。４か月の学科講こう習しゅうに始まり，筆記試験，６か月の技ぎ能のう講こう習しゅうと続きます。研けん修しゅう期間に入ってから，運うん転てん士しとして独ひとり立だちするまでには，最短でも10か月はかかります。
技ぎ能のう講こう習しゅうの期間は，指し導どう役やくの先せん輩ぱい運うん転てん士しからマンツーマンで指し導どうを受けます。京急では，指し導どう役やくのことを「師し匠しょう」，教わるほうを「弟で子し」と呼よんでいます。師し匠しょうの運転する車両に同乗し，運転のノウハウを教わります。途と中ちゅうからは，師し匠しょうの指し導どうを受けながら，自らハンドルを握にぎり，実地に運転を学びます。初めてハンドルを握にぎったときは，師し匠しょうに手を添そえてもらいました。こうして師し匠しょうに見守られながら時間をかけて運転技ぎ術じゅつを磨みがき，試験官が同乗して行う技ぎ能のう試験に合ごう格かくすれば，晴れて運うん転てん士しとしてデビューできるのです。私わたしはいま，運うん転てん士しとして14年目。そろそろベテランの域いきに入ってきたと感じています。

仕事をするうえで，いちばん大切にしていることは健康管理です。季節を問わず，うがい，手て洗あらいは欠かしません。また，時間の不ふ規き則そくな勤きん務むだからこそ，しっかりと寝ねるようにしています。そのおかげで，これまで寝ね坊ぼうしたことは一度もありません。
また，職しょく場ばの仲間とのコミュニケーションも大切にしています。運うん転てん士しの仕事は基き本ほん的てきに一人で行いますが，一人の運うん転てん士しがすべての電車を運転できるわけではありません。仲間の力を合わせることで，京急全体が運行できているのです。運うん転てん士し間のチームワークを円えん滑かつにするため，職しょく場ばの休きゅう憩けい時や月に一度の研けん修しゅうで運うん転てん士しが集まるときには，なるべく他の運うん転てん士しと会話をするようにしています。
私わたしが新人だったころ，仕事上の悩なやみや相談ごとを，師し匠しょうをはじめとする先せん輩ぱい方がたに聞いていただきました。いまは私わたしも，師し匠しょうとなって後こう輩はいの運うん転てん士しを指し導どうする立場にいます。自分の師し匠しょうにしていただいたように，弟で子しの相談には積極的に乗るようにしています。こうした師し弟てい関係のつながりは京急の伝でん統とうとして昔からずっと続いており，師し匠しょうと弟で子しで一いっ緒しょに旅行に行くなど，家族のようなつきあいをしています。

小さいころは，電車が大好きな子どもでした。京急沿えん線せんに住んでいたため，京急はいちばんなじみ深い電車でした。両親に連れられ，神か奈な川がわ県けん三み浦うら市しにある水族館「京急油あぶら壺つぼマリンパーク」へ行ったときのことを，今でもよく覚えています。当時，マリンパークの最も寄より駅である三み崎さき口ぐち駅へ向かう，「城じょうヶが島しまマリンパーク号」という電車が走っていたんです。終着駅で，運うん転てん士しさんに電車の正面についていたヘッドマークを外してもらい，ヘッドマークを持った私わたしと運うん転てん士しさんとで一いっ緒しょに写真を撮とってもらった思い出があります。そのころは，まさか自分が京急の運うん転てん士しになるとは思っていませんでした。
小学校から中学校にかけては，野球に打うち込こんでいました。いまも野球が大好きです。横よこ浜はま生まれの横よこ浜はま育ちなので，もちろん横よこ浜はまＤｅＮＡベイスターズのファンです。野球をやっていたおかげで，元気な声で挨あい拶さつができるようになりました。大人になったいま，その習しゅう慣かんを子どものころに身につけられてよかったと思っています。

一日は挨あい拶さつで始まり，挨あい拶さつで終わります。家庭も学校も会社も，みんな同じです。挨あい拶さつを交かわすことで，人間関係がよくなり，お互たがいに気分よくその日を過すごすことができます。また相手の声の調子で，体調の変化にも気づくことができます。みなさんも，気持ちのいい挨あい拶さつができる人になってください。京急でも，全員がきちんと挨あい拶さつを交かわしています。おかげで毎日，気持ちよく仕事に取り組めています。
どんな仕事もそうですが，特に電車の運うん転てん士しを目指す人は，健康管理に気を配ってください。多くの人命をあずかる電車の運うん転てん士しにとって，何よりもいちばん大切なのは安全運転です。それには心身の健康が欠かせません。みなさんも，早はや寝ね，早起きを習しゅう慣かん化かして，生活リズムを整えるようにしてください。また，健康のために体を動かすことも大切です。スポーツ，学校の部活動，外遊びなどで体を鍛きたえるようにしましょう。