私わたしは今、所しょ属ぞくしている富ふ士じ通つう株かぶ式しき会がい社しゃから出向し、「東京オリンピック・パラリンピック競きょう技ぎ大会組そ織しき委員会」で働いています（※）。「出向」というのは、所しょ属ぞく先さきとの雇こ用よう契けい約やくを維い持じしたまま、別の企き業ぎょうや組そ織しきで働くことです。
私わたしが所しょ属ぞくしているのは、「パラリンピック統とう括かつ室しつ」の「アクセシビリティ課」というところで、選手や障しょうがいのある関係者が困こまらないように、いろいろなことを考えて設せつ備びや環かん境きょうを整えていくのが仕事です。特にパラリンピアンがどこかへ移い動どうするときや、食事をするとき、朝起きてから寝ねるまでの一日の生活の中で、なにか困こまりごとはないか。会場への移い動どうのほか、会場内の移い動どうで不便な部分はないか。そうしたことを確かく認にんして、快かい適てきに過すごしてもらえるように整せい備びします。たとえば、会場内の更こう衣い室しつにあるシャワーの位置が高いと、車いすの方はシャワーに手が届とどかないため使いづらくなります。そういう場合は、シャワーの位置をあらかじめ低くして、タオルを置くための場所も低い位置にしたほうがいいのでは……といったことを一つ一つ確かく認にんして、どうしたらいいかを検けん討とうしながら整せい備びしていきます。
また、結局は新しん型がたコロナウイルスの影えい響きょうで、今回は無観客での開かい催さいになってしまいましたが、通つう常じょうのオリンピック・パラリンピックでは、観客の方にも障しょうがいのある方がいらっしゃいます。会場へ向かう道や、会場内で、障しょうがいのある方々にとって不便なことはないか確かく認にんして、環かん境きょうを整えていくのも私わたしの仕事です。そして、これらの仕事の内ない容ようを2024年にフランスのパリで開かい催さいされる予定の大会の関係者、そしてその次の大会の関係者に継けい承しょうしていくことも重要になってきます。

※取材は2021年7月27日に行いました。（EduTownあしたね編へん集しゅう部ぶ）

私わたし個こ人じんとしては、これまでは会場内の移い動どう動どう線せんの確かく認にんを主に行ってきました。たとえば、オリンピックで体たい操そう競きょう技ぎの会場として使われた有あり明あけ体たい操そう競きょう技ぎ場じょうは、パラリンピックでは「ボッチャ」という競きょう技ぎの会場になります。ボッチャは重度脳のう性せいまひ者、もしくは同どう程てい度どの四し肢し重度機き能のう障しょうがい者しゃのために考案されたスポーツのため、アスリートの方はみなさん車いすを使用しています。しかし、会場内には段だん差さがあったり、機器や映えい像ぞう中ちゅう継けい機材のためにさまざまな配線があったりします。そういう場所でも車いすでスムーズに移い動どうできるよう、事前に建物の図面や配線図を確かく認にんしながら、スロープや、ケーブル類の上にかぶせるプロテクターなどを準じゅん備びし、ケーブルを守り、かつ車いすが通りやすくなるようにします。
また、健けん常じょう者しゃの方は階かい段だんで移い動どうができても、障しょうがいのある方はエレベーターやスロープがないと移い動どうが難むずかしい場合もあります。そういう方が会場の最も寄より駅から会場まで行くことができる「アクセシブルルート」を、一つ一つの会場について確かく認にんしてきました。これについては、国こく際さいパラリンピック委員会の方々が定期的に来日されていたので、実じっ際さいに一いっ緒しょに歩いてアクセシブルルートなどを確かく認にんし、必要があれば関係者に整せい備びなどもお願いしてきました。実は今回の大会を契けい機きに、これまで車いすでの移い動どうが大変だった場所に、新たにスロープが付いた場所などがたくさんあります。また、会場のすべての最も寄より駅に、オストメイト対たい応おうのトイレが設せっ置ちされています。もしこれらの駅に行くことがあれば、こういうところもぜひ見ていただければと思います。

今の仕事をするにあたっては、私わたしのこれまでの人生の中で経けい験けんしたさまざまなことがつながってきています。
高校生のときに兄の影えい響きょうを受けてモーターレースのF1が好きになり、その理由から機械や電気に興きょう味みを持ち始めて理り系けいを選せん択たくしました。入学してまもなくのころ、以前から知り合いだった今の夫が留りゅう学がくをすることになり、結けっ婚こんして、私わたしも一いっ緒しょにカナダのバンクーバーに行きました。そして現げん地ちのサイモンフレーザー大学で聴ちょう講こう生せいをしていたのですが、ここで、さまざまな人種はもちろん、さまざまな状じょう況きょうの人が学んでいるのを目まの当あたりにしました。日本の大学では、学生はみな同じくらいの年ねん齢れいの人ばかりで、子どもがいる人はもちろん、結けっ婚こんしている人もあまりいません。でもこの大学では子育てをしながら学生をしている人もいれば、一度社会人になり、働きながら大学に通っている人もいる。日本の大学よりはるかに多た様よう性せいがあり、衝しょう撃げきを受けました。
その後、日本へ戻もどり、在ざい学がく中に第一子が生まれました。子育てをしながら大学院へ進学して就しゅう職しょく活動の時期になりましたが、ちょうど第二子を妊にん娠しんしており、就しゅう職しょく試験と第二子の出産が重なるような状じょう況きょうでした。保ほ育いく園えんの関係で、当時、住んでいた家から引ひっ越こすことは難むずかしく、自じ宅たくから通えて学んだ知ち識しきも生かすことができる、そんな企き業ぎょうを探さがして、ここだと思って入社試験を受けたのが富士通株式会社でした。

富士通の面めん接せつの際さい、正直にそのときの状じょう況きょうをお話ししました。日本では子どもがいるどころか、結けっ婚こんして大学に通っている人も少ないし、子持ちの新卒で入社試験を受けようとしている女じょ性せいが珍めずらしいのはわかっている、でも自分は可か能のうな限かぎりがんばりたい……そう伝えたところ、当時の面めん接せつ官かんは「これからの時代、あなたのような人が必要です」と言ってくれました。まだ「ダイバーシティ」という言葉も一いっ般ぱん的てきではない時代でしたが、その後、合ごう格かくの通知をもらったとき、「面めん接せつで話した私わたしの思いが伝わったのかしら」という気持ちでとてもうれしくなったのを、今でもはっきり覚えています。
ただ、入社してからは本当に大変でした。最初は子どもがいることを研けん修しゅう中の同期に言っていなかったのですが、当時、０歳さいと２歳さいでしたから、熱を出しますし、病気で保ほ育いく園えんに預あずけることができなくなるたびに、自じ宅たくでの看かん病びょうが必要でした。結局、周しゅう囲いの仲間に「実は子どもがいて……」という事じ情じょうを話したところ、同じく子どもを持つ同期の男子社員らが、出席できなかった研けん修しゅうのポイントを代わりに教えてくれたり、上司の奥おく様さまが励はげましてくれたりと、周りの方のさまざまな励はげましや支ささえを得えることができました。このときのありがたさというのは、今でも忘わすれることができません。いつか、困こまっている状じょう況きょうの人がいたら、今度は自分から声をかけるようにしよう、そう思うようになったきっかけでした。

その後、「知的財ざい産さん」といわれる、開発した技ぎ術じゅつの権けん利りや特とっ許きょなどを取とり扱あつかう部ぶ署しょで勤きん務むしていましたが、2005年から夫がまたカナダに行くことになり、家族で1年ほどカナダに滞たい在ざいすることになりました。当時、長男は6歳さいだったので現げん地ちの小学校に通っていたのですが、言葉の壁かべもあり最初は大変そうでした。しかしある日、とても楽しそうに帰ってきたんですね。「なぜだろう？」と思いある日、学校に様子を見に行ってみると、どうやらその学校では毎朝、児童を走らせているのですが、息子むすこはたまたま身体が大きく、走るのも速かったので、周りの子からも「足の速い◯◯君」というイメージで受け入れられるようになっていたようでした。そのとき、「自分の得とく意いなこと」をきっかけに周しゅう囲いから認みとめられることの大切さというのを実感し、私わたし自身の「強み」は何だろう、というのを考えだすようになりました。
「自分自身の強み」を見つけるためには一度会社を出て、外からいろいろと考えることも必要では……そう思い、2013年から、グローバルな知的財ざい産さんを扱あつかっている機関に約2年間、出向しました。それまで約10年間、働いていた部ぶ署しょでは基き本ほん的てきにはデスクワーク中心だったので、「もっといろいろな人とコミュニケーションをとり、話していく仕事がしてみたい」と思うようになっていたことも、出向のきっかけになりました。
さらに、自分が周しゅう囲いの人に支ささえられた経けい験けんからも、たとえ困こん難なんを抱かかえていても働くことができ、その人その人の能のう力りょくや特とく性せいに合った働き方ができる、そんな社会がこれからは必要なのではないか、そういう社会を作るためのお手伝いをできる仕事ができないか……。出向先での仕事ではイギリスやベルギーなどさまざまな国を訪おとずれ、かつてカナダで感じた「多た様よう性せい」をより実感したということもあり、自分の「やりたいこと」が徐じょ々じょに固まっていきました。

ちょうどその当時、2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開かい催さいされることが決定しました。パラリンピックこそ、私わたしの「やりたい仕事」なのかもしれないとひらめきましたが、すぐにパラリンピックに関わることはできません。帰き任にんしてすぐの時期は、会社の「オリンピック・パラリンピック」の部ぶ署しょでエンブレムマークなどの権けん利りを管理する仕事を担たん当とうしていました。そうするうちに声をかけていただいて、仕事の一いっ環かんとして「オリンピック・パラリンピック等経けい済ざい界かい協議会」という組そ織しきの活動に加わるようになり、そこで行われている「心のバリアフリー教育」の活動に携たずさわることになりました。
「心のバリアフリー」というのは、さまざまな心身の特とく性せいや考え方を持つすべての人々が、相そう互ごに理り解かいを深めようとコミュニケーションをとり、支ささえ合うこと。たとえば階かい段だんがあり、車いすの人が向こう側に行くことができないのは、車いすの人に問題があるのではなく、社会が対たい応おうしていないことに問題があります。そういう事例を通して「バリアフリー」について学んでいくことができるよう、企き業ぎょうや学校などでバリアフリー教育の出しゅっ張ちょう授じゅ業ぎょうを行ったり、障しょうがい者しゃスポーツを体験してもらったり、という仕事に関わりました。
さらに、経けい済ざい界かい協議会の活動の一いっ環かんとして、2019年のラグビーワールドカップに向けて「バリアフリーマップ」という、会場と駅の間にどういう段だん差さや傾けい斜しゃがあるなどを調べて地図にしたマップを作成するなどの仕事にも携たずさわりました。そういった経けい験けんから、東京オリンピック・パラリンピックの組そ織しき委員会での、今の仕事をすることになりました。

今の仕事で大変だと感じるのは、行ぎょう政せいサイドの方々をはじめ、本当にさまざまなバックグラウンドや意見を持った人たちが関わっているので、みんなの意見をまとめることが難むずかしいという点でしょうか。たとえば企き業ぎょうだったら、トップダウンで物事が決まっていくことも多いと思います。しかし組そ織しき委員会にはさまざまな立場や考え方の人が関わっていて、よりよい大会にするために、みなが意見を出し合っています。お互たがいに考え方が違ちがっていても、「こちらが正しくてあちらが間ま違ちがっている」ということではない、そういうことがたくさんあります。そのために話し合いを重ねていく、これは大変なのですが、大切なことだと思っています。
新しん型がたコロナウイルスの流行もあり、この一年は主にリモートワークで仕事をしていました。緊きん急きゅう事じ態たい宣せん言げんで子どもたちの学校もリモート授じゅ業ぎょうになり、家族がずっと家にいる中で、会場の細かい図面とにらめっこするのもなかなか大変でしたね。でも子どもたちも成長し、家族で過すごす時間が少なくなってきた中での出来事だったので、ある意味、貴き重ちょうな体験だったのかもしれない、とも思っています。

これまでの人生で、私わたし自身も「人とは違ちがう」立場の気持ちを経けい験けんしてきました。だからこそ思うのが、「人と違ちがう」ことを恐おそれないでほしいということ。これはたとえば障しょうがいがあるということだけでなく、立場や人種、環かん境きょうなど、人にはさまざまな「違ちがい」がありますし、人それぞれに、乗のり越こえなければいけない事じ情じょうがあるでしょう。もしかしたら最初はそうしたことがネック（障しょうがい）になって、自信が持てないかもしれません。でも周りのサポートを得えながらでも、自分のやりたいことを貫つらぬく、がんばることの大切さというのを私わたし自身、実感してきましたし、読者のみなさんにもそれを知ってほしいと思っています。
また、みんなと違ちがう状じょう況きょうの中でがんばっていると、不安や辛つらさを感じることがあると思います。でも不思議なもので、その自分を見てくれている人は必ず誰だれか一人はいるんですね。私わたしもそうやって支ささえられてきましたし、必ずその人にしかできない役やく割わりというのが人にはあると思っています。ただそこに「居いる」だけでもいいと思うのです。それを信じて、ぜひ自分のやりたいことを貫つらぬいてください。