僕（ぼく）はイラストレーターとアートディレクターの仕事をしています。イラストレーターは，世の中に何かを伝えたいと考えている人や企業（きぎょう）からの依頼（いらい）を受けて，彼（かれ）らが伝えたいことをよりおもしろく，より分かりやすく伝えるために絵を描（か）く仕事だと，僕（ぼく）は考えています。例えば本だったら表紙の絵を描（か）く，商品だったらパッケージを考える，TVドラマだったら登場するキャラクターを作る，といった仕事です。

仕事を始めたばかりの頃（ころ）は，依頼者（いらいしゃ）から指示（しじ）を受けて絵を描（か）いていました。例えば「雑誌（ざっし）のここの部分に，こんな絵を描（か）いてください」と指示（しじ）されて，絵を１点描（か）くとか。そのうちに，絵を描（か）くだけでなく，その伝え方も考える仕事が増（ふ）えてきました。それがアートディレクターの仕事です。依頼者（いらいしゃ）から「こんなことを伝えたい」と相談を受けて，どんな方法で，どんな世界観で伝えれば，よりおもしろいかを考えて，形にしていく仕事です。具体的な例として，横浜（よこはま）銀行の「あなたのそばで，夢（ゆめ）みる未来。」シリーズで，アートディレクターとして僕（ぼく）がやっていることをご紹介（しょうかい）しましょう。

多くの人に，銀行を身近に感じて欲（ほ）しいという横浜（よこはま）銀行の想いを，どう伝えれば大勢（おおぜい）の人に共感してもらえるでしょうか？人が生きていくためには，必ずお金が必要です。そのお金を扱（あつか）うのが銀行です。実はいつも近くでサポートしてくれる存在（そんざい）。それが銀行ではないか，と僕（ぼく）は考えました。キャラクターでの表現（ひょうげん）にした理由は，親しみ感をもってメッセージを伝えるのに必要だと考えたからです。ペンギンに決めたのは，見る人が，思わず応援（おうえん）したくなるような世界観が演出（えんしゅつ）できると考えたため。ペンギンって，動きがどこかユーモラスで頑張（がんば）っている感じを思っていました。そこから，ポスターなどのデザインを考えます。ペンギンは僕（ぼく）が描（か）いたイラストを元に造形（ぞうけい）作家さんが模型（もけい）にしてから撮影（さつえい）します。デザインは，僕（ぼく）のこんな風にしたいという指示書（しじしょ）から，デザイナーがパソコンを使って組みあげ，細部を一緒（いっしょ）につめながら仕上げていきます。こうやって，ペンギンを取り巻（ま）く世界を作る仕事が，アートディレクターの仕事ですね。

朝は9時半頃（ころ）に事務（じむ）所に来て，メールのチェックや資料（しりょう）の確認（かくにん）をします。その後お昼まで，スタッフとの打ち合わせや，細かな作業をします。僕（ぼく）の事務（じむ）所にはスタッフが１名いて，あとは仕事の内容（ないよう）や忙（いそが）しさに応（おう）じて，臨時（りんじ）のスタッフが入ります。午後は打ち合わせのために外出したり，イラストを描（か）いたりします。イラストは，鉛筆（えんぴつ），ペン，絵具などを使って紙に描（か）いていきます。仕事が忙（いそが）しくない時には，20時頃（じごろ）から夕食を取ったり，仕事の関係者と食事に出かけたりします。以前は，夜中から朝までイラストを描（か）いて，明け方に仮眠（かみん）を取り，11時頃（じごろ）に起きてまた仕事をする，といった生活を送っていました。でも5年くらい前から，大学で朝からグラフィックアートの授業（じゅぎょう）を教えるようになり，すっかり生活サイクルが変わりました。

アイデアが出ない苦しみはあまり感じたことはありません。でも，イラストを描（か）いたり，デザインを考えたりといった，アイデアを形にしていく過程（かてい）で苦しくなることはあります。体はひとつしかないので，多くの仕事が重なると大変です。事務（じむ）所に泊（と）まって徹夜（てつや）で作業することもあります。でも僕（ぼく）は，締（し）め切りとはできるだけ仲良くするように心がけています。嫌（いや）だと思っても締（し）め切りがなくなるわけでもないですしね。それに依頼者（いらいしゃ）あっての仕事ですから，依頼者（いらいしゃ）が必要とする期日までにベストを尽（つ）くしていいものを作る。これが大切だと思っています。

僕（ぼく）の仕事では，自分が「おもしろい！」と思うものを作るのも大事なのですが，世の中の皆（みな）さんが「おもしろい！」と感じてもらえるものを作らなければならないと思っています。いくら僕（ぼく）がいいなと思う絵ができても，それが世の中の皆（みな）さんに喜んでもらえなかったら，僕（ぼく）の仕事において，それはいい絵ではないと思うのです。だから，この仕事で一番やりがいを感じる時は，たくさんの反応（はんのう）をいただいた時ですね。自分が予想していなかった感想が聞けたり，すごくよかった，と言っていただけたりすると，とても嬉（うれ）しいです。

小さな頃（ころ）から絵を描（か）くことが好きでしたが，上手な絵というよりも，個性（こせい）的な絵だね，とか，発想がおもしろいね，と言われることが多かったです。例えば公園で樹木（じゅもく）を写生すると，樹（き）の全体を描（か）くのではなく，紙いっぱいに幹（みき）を描（か）いちゃうとか。それでもほめてくれる先生がいたので，自信になったんだと思います。小学校5年生の頃（ころ）からは，友人の家で友達と漫画（まんが）を描（か）き始めました。藤子（ふじこ）不二雄（ふじお）の「まんが道」が好きで，それにも影響（えいきょう）されました。中学生・高校生の時も美術（びじゅつ）部で絵を描（か）いていました。その頃（ころ）ですね，イラストレーターという職業（しょくぎょう）を知ったのは。画家以外にも絵を描（か）いてお金がもらえる仕事があると分かり，仕事として意識（いしき）するようになりました。

高校卒業後，東京のグラフィックデザインの専門（せんもん）学校に入学し，卒業する時には，デザイナーとして広告制作（せいさく）会社に内定が決まっていました。でも，絵を描（か）くことを仕事にしたい，という気持ちが強く，結局就職（しゅうしょく）せずに，アルバイトをしながら，フリーランスのイラストレーターとして仕事を始めました。でもなかなか仕事が増（ふ）えなくて。プロのイラストレーターの登竜門（とうりゅうもん）と言われている「ザ・チョイス」に入賞することもできたんですけど，景気の影響（えいきょう）もあってそれでも思うように仕事が増（ふ）えない。その頃（ころ）の僕（ぼく）は，自分の満足度が高い絵を描（か）くことができれば，それに合わせた仕事がくるだろうと思っていたんです。でもある時，それではダメだと気がつきました。世の中に役に立つものを提供（ていきょう）できる人でなければダメなんだと。それからですね，少しずつ仕事が増（ふ）えていったのは。そうして，イラストレーターの仕事でやっていけるようになるまでに５年かかりました。

イラストレーターやアートディレクターの仕事は，誰（だれ）かに「こうしなさい」と言われて，そのとおりにやるタイプの仕事ではありません。「みんなに喜んでもらえる何か」を考える仕事です。この仕事をやってみたい人は，今の世の中に何があったら，もっとおもしろくなるのか，もっと楽しくなるのか。そんなハッピーな想像（そうぞう）をたくさんする癖（くせ）をつけるといいかもしれません。それはあなたにしか生み出せないものであり，あなたにしか生み出せない何かを考える力が，イラストレーター，アートディレクターには必要不可欠（ふかけつ）なことではないかと思います。