私わたしはJR東海で、リニア中央新しん幹かん線せんのための超ちょう電でん導どうリニアの車両を設せっ計けい・開発する仕事をしています。近い将しょう来らい、実じっ際さいに多くのお客さまを乗せて走る車両を設せっ計けい・開発するとともに、山梨県にある山梨リニア実験線で走行試験を行いながら、営えい業ぎょう開始に向けて車両を改かい善ぜんしていくことが主な仕事内ない容ようです。
リニア車両に限かぎらず、これまでになかった新しい鉄道車両を生み出すためには、「開発」と「設せっ計けい」という2つの工こう程ていが欠かせません。「開発」とは、車両をつくるのに必要な、まったく新しい技ぎ術じゅつを生み出す工こう程ていのことです。たとえばリニア車両の場合、超ちょう電でん導どう磁じ石しゃくという特とく殊しゅな磁じ石しゃくの力で車両を浮うかせて走りますが、その技ぎ術じゅつももちろん一から開発したものになります。ほかにも、車体を形づくるための素そ材ざいや、騒そう音おんや振しん動どうを小さくするための構こう造ぞうなどを一から考え、開発しています。そして、何十年以上にもわたって蓄ちく積せきしてきた開発の成果を、最終的に車両の形に落としこむのが「設せっ計けい」という工こう程ていになります。
新しん幹かん線せんに乗ったことがある人は、車内の様子を思い出してもらうとわかりやすいかもしれませんが、車内には走行に必要な機械だけでなく、扉とびらや窓まど、シートや照明、空調など、たくさんの機器や設せつ備びが備そなわっていますよね。それらすべてを私わたしたちの会社だけでは設せっ計けい・開発しきれません。そのため、それぞれの機器や設せつ備びをつくるプロであるさまざまなメーカーと協力することで、私わたしたちの仕事は成り立っています。それらの機器や設せつ備びを集め、責せき任にんを持って一つの車両に仕上げるのが、私わたしたちの役やく割わりです。

車両の設せっ計けい・開発はたくさんの人と協力して進める仕事です。メーカーや社内メンバーと打ち合わせや相談をすることが圧あっ倒とう的てきに多く、パソコンに向かって仕事をしている時間はそんなに長くないかもしれません。たくさんの人と話し合った結果をもとに、実じっ際さいに車両をつくる段だん階かいになったら、設せっ計けい図ずを3Dで描かける「3D CAD（キャド）」などのソフトを使って、車両の形を設せっ計けいしていきます。
ただし、車両を設せっ計けいしたら終わりではありません。設せっ計けいした車両が、実じっ際さいにお客さまを乗せて快かい適てきに走れるものなのかを確たしかめるところまでが私わたしたちの仕事です。たとえば、車内の騒そう音おんを小さくできる技ぎ術じゅつを開発できたとします。ですが、実じっ際さいにどれだけの効こう果かがあるかは、実物で試ためしてみなければわかりません。そこで、開発した新しい技ぎ術じゅつを実じっ際さいの車両に組みこんで、試験をします。本当に騒そう音おんが小さくなることが確かく認にんできれば、その技ぎ術じゅつを採さい用ようします。思ったよりも騒そう音おんが小さくならなかったら、良い結果が出るまで、技ぎ術じゅつの改かい善ぜん、車両の改かい造ぞう、試験、という工こう程ていを繰くり返かえします。
試験をしなければいけないのは騒そう音おんだけではありません。しかし、すべての技ぎ術じゅつに関して実じっ際さいの車両で試験をしようとすると、たくさんの時間とお金を消しょう費ひしてしまいます。そこで、コンピュータシミュレーションや、車両を走らせなくても乗り心地ごこちを体感できる装そう置ちなども活用しながら、開発した技ぎ術じゅつの評ひょう価かを行っています。
そういった技ぎ術じゅつ評ひょう価かを長く担たん当とうしていると、だんだん慣なれてきてしまい、実じっ際さいに乗るお客さまの立場に立って、客観的に評ひょう価かすることが難むずかしくなってしまうこともあります。リニア車両に関しては、一いっ般ぱんのお客さまにご乗車いただく体験乗車も実じっ施ししているため、乗車したお客さまからの意見は、今後の開発のヒントとして、しっかりと受け止めるようにしています。

車両の設せっ計けい・開発で一番大変なのは、広い車内スペースの確かく保ほ、充じゅう実じつしたサービス設せつ備びの導どう入にゅう、乗り心ごこ地ちの向上、快かい適てきな車内温度、環かん境きょうへの負ふ荷か低てい減げん、重量低てい減げん、低コスト化など、たくさんの価か値ちを同時に実じつ現げんしなければいけないところです。リニア車両では、特に「重量低てい減げん」に難むずかしさがあります。
物を宙ちゅうに浮うかせることを想そう像ぞうしてみてください。重ければ重いほど、浮うきにくいことは、なんとなくイメージできるかと思います。リニア車両は、磁じ石しゃくの力で浮うかせて走るため、軽い車両であることが求められています。一方で、今の新しん幹かん線せんの約2倍近い時速500キロメートルというとても速いスピードで走るため、大きな空気抵てい抗こうや圧あつ力りょくの力を受けることになります。大きな力に耐たえられる強度を確かく保ほし、車内の騒そう音おんや振しん動どうも抑おさえるためには、車体の厚あつみを厚あつくするなど、車両を重くする方向となり、今度は浮うきにくくなってしまいます。その、相反する2つをどう両立させるかが、一番苦労しているポイントです。今の新しん幹かん線せんと同じ技ぎ術じゅつだけを使っていても解かい決けつできないため、飛行機の技ぎ術じゅつなども参考にしながら、日々、新しい技ぎ術じゅつの開発を重ねているところです。
ここまでにお話をしたような、たくさんの価か値ちを同時に実じつ現げんする方法については、ただ一つの正せい解かいがあるわけではありません。すべてをベストにはできない中で、どの道がより良いのか、を考え続けなければなりません。一人で考えても答えは出ないので、たくさんの人と議ぎ論ろんをしながら、選せん択たくと判はん断だんを繰くり返かえして、みんなが納なっ得とくする形で進めています。開発・設せっ計けいの仕事は、チームで作り上げていくものなんですよ。

たくさん議ぎ論ろんを重ねる中で忘わすれてはならないのが、「安全最さい優ゆう先せん」の意い識しきです。リニア中央新しん幹かん線せんも現げん在ざい、走っている新しん幹かん線せんも、たくさんのお客さまを運ぶものなので、安全は何よりも最さい優ゆう先せんです。これは私わたしだけでなく、社員全員に浸しん透とうしています。
お客さまの安全を確かく保ほするため、私わたしが仕事で心こころ掛がけているのは「わかったふり、知っているふりをしない」ことです。たとえば、メーカーから新しく設せっ計けいした構こう造ぞうの安あん全ぜん性せいについての説明を受けたときに、自分が一度で理り解かいできなかった場合には、納なっ得とくできるまで質しつ問もんをして確かく認にんするようにしています。理り解かいできないのは自分の勉強不足が原げん因いんである場合も多いので、質しつ問もんするのが恥はずかしいという気持ちもありますが、自分が理り解かいできていないまま発した「わかりました」という一言が、安全を損そこなうことにつながってしまう可か能のう性せいもありえます。お客さまはもちろん、乗じょう務む員いん、車両をメンテナンスする人たちにとってより安全で、より良い車両をつくるために、設せっ計けい者しゃが妥だ協きょうしてはいけないという信念を持って、わかるまで確かく認にんするようにしています。

人々の安全に直結する大きな責せき任にんを伴ともなう仕事ではありますが、たくさんのお客さまを運ぶためのものをつくっているからこそ感じられるやりがいもあります。
私わたしは、リニア車両の設せっ計けい・開発を担たん当とうする前は、新しん幹かん線せんの最新車両（2023年6月時点）である「N700S」の設せっ計けい・開発に携たずさわっていました。N700Sの営えい業ぎょう運転開始日にテレビやインターネットなど至いたるところでニュースが流れているのを見たとき、多くの人の役に立てていることを改めて実感し、とてもうれしかったことを覚えています。また、自分が設せっ計けいした新しん幹かん線せんに友達が乗っているのをSNSで見ることもあり、日々、喜よろこびを感じることができました。
リニア中央新しん幹かん線せんはまだ開業していないため、今、一番の目標は、実じっ際さいに営えい業ぎょう運転する車両を完成させることですし、そのときのことを考えると今から楽しみで仕方がありません。一方で、山梨リニア実験線で試験走行を行うための車両が完成したときや、シミュレーションで狙ねらい通りの結果が出たときなど、節目節目で大きな達成感ややりがいを感じる場面は多くあります。車両の完成に向けて、確かく実じつにステップを積み重ねていく成功体験は、日々のモチベーションにもなっています。当然うまくいかないこともたくさんありますが、うまくいかないことがあるからこそ、良い結果が出たときの達成感はひとしおです。

超ちょう電でん導どうリニアはすでに実用技ぎ術じゅつとして完成していますが、より安全・快かい適てきな車両にするためには、まだまだ改かい善ぜんの余よ地ちはありますし、考えることも、解かい決けつしなければいけないこともたくさんあります。新しい技ぎ術じゅつ開発や設せっ計けい、試験を同時進行で進めていく中で、さまざまな課題が発生します。それらの情じょう報ほうを整理し、プロジェクトの進み具合を管理しながら処しょ理りしていくことも大変なことの一つです。加えて、設せっ計けい・開発の仕事では、専せん門もん的てきな知ち識しきと経けい験けんが求められるため、一人では判はん断だんできないこともたくさんあります。上司や経けい験けんの長い先せん輩ぱいたちに相談し、アドバイスをもらいながら、一つ一つの課題を地道に解かい決けつしていく必要があります。
一方で、私わたしは中学生のころから行き当たりばったりが苦手で、計画的に物事を進めたいタイプでした。期末テストに向けて、1か月の学習計画を1日単位で綿めん密みつに立てていたほどです。そういう意味では、いろいろな情じょう報ほうを整理し、自分の中で進み具合の管理をしながら、いつまでに何をやるという計画を立てて進める今の仕事は、実は自分にぴったりだったのかもしれませんね。

私わたしは小さいころから、車や電車、飛行機などの乗り物は好きでしたが、鉄道業界に就しゅう職しょくするとは思ってもいませんでしたし、そもそも「将しょう来らいはこんな仕事に就つきたい」ということ自体も中学生のころはまったく考えていませんでした。でも、振ふり返かえってみると、自分の好きなことを選び続けてきた結果、今の仕事にたどり着いたのだと思っています。
実じっ際さいに、私わたしは高校時代に物理が好きだったため、その流れで大学は機械工学科に進みました。そして機械工学の専せん門もん性せいを生かせる仕事に就つきたいと思い、幅はば広ひろい業界の説明会に参加していた中で、出会ったのが今の会社でした。JR東海の説明会で、「鉄道車両の開発・設せっ計けいはたくさんのメーカーと関わりながら、さまざまな技ぎ術じゅつを集めて、まとめ上げる仕事」「たくさんの人に利用され、社会に貢こう献けんできる誇ほこりある仕事」ということを知り、とても印いん象しょう深ぶかかったことを覚えています。加えて、社員の方の雰ふん囲い気きにも魅み力りょくを感じ、就しゅう職しょくを決めました。
みなさんも、今、自分のやっていることが将しょう来らいの仕事にどう役立つかは考えなくても大だい丈じょう夫ぶだと思います。自分が興きょう味みのあること、これだったら頑がん張ばれるかもしれないと思うことを、ほかのものよりほんの少しだけ、好こう奇き心しんのおもむくままに続けていると、その先の道が開けてくるはずです。
そして、たくさん遊んでください。私わたし自身、学校や習いごとの時間以外は遊んでばかりでした。スポーツでも音楽でも読書でも、好きなことが多ければ多いほど、たくさんの人と出会うことができ、楽しい人生になっていきますよ。

世界初の超ちょう電でん導どうリニアが開業したら、ぜひその乗り心地ごこちを体感してみてほしいと思っています。そのときに、時速500kmで地上を走る乗り物に乗って、安全・快かい適てきに移い動どうできることは、当たり前ではなく、実はすごいことなんだ、そのためにたくさんの人たちが努力を重ねてきたんだろうなと、一歩立ち止まって考えてもらえると、設せっ計けい者しゃとしてはすごくうれしいですね。
私わたしはN700S新しん幹かん線せんの設せっ計けいに携たずさわりましたが、東海道新しん幹かん線せんが開業したのは私わたしが生まれる約30年前、1964年のことです。東海道新しん幹かん線せんの車両が開業後も0系けい、100系けい、300系けい、700系けい、N700系けいと今まで進化し続けてきたように、リニア中央新しん幹かん線せんが開業した後も、まだまだ車両の開発は続いていきます。将しょう来らいのリニアプロジェクトに、一いっ緒しょに取り組める仲間が1人でも増ふえたら幸いです。