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1947年 生まれ
びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
子供の頃の夢
マジシャン
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クラブ活動(中学校)
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仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。 -
出身高校
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出身大学・専門学校
- 【このページに書いてある内容は取材日(2016年11月22日)時点のものです】
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
イタリア生まれの「
琵琶 修復 師 」私 はイタリア生まれで,福岡 市に住んでいます。「イタリア会館」というイタリア語やイタリア文化を教える施設 の館長をしながら,「琵琶 修復 師 」という仕事をしています。
「琵琶 」という楽器,みなさんは知っていますか?ギターのような形の弦楽器 で,インドや中国から,8世紀ごろ日本に入ってきました。雅楽 の演奏 や,『平家物語』を語るときの伴奏 に使われます。琵琶 の演奏 をする人は意外と多くて,今でも各地で演奏会 が開かれているんですよ。
琵琶 修復 師 としての仕事は,その「琵琶 」を修復 することです。琵琶 の演奏 をする人が持 ち込 んでくることが多いですね。また,木を削 るところから始めて,一から琵琶 を制作 することもあります。琵琶 にもいろいろな種類がありますが,なかでも「筑前 琵琶 」という琵琶 の職人 は,日本中で私 一人しかいないと思います。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
琵琶 の音色に魅 せられて私 はイタリアのサルデーニャ島というところで生まれ,後にローマへ移 りました。学生のころは国立の音楽アカデミーでクラシックギターを専攻 するとともに,人形劇団 に入りました。その後,自分の人形劇団 を立ち上げて,脚本 と演出 を手がけていました。
ローマで日本人の妻 と出会い,結婚 して,1974年に日本を訪 れました。そして半年ほど滞在 したころ,運命の出会いがありました。ラジオから琵琶 の音が流れてきたんです。衝撃 を受けました。独特 で不思議な音色で,とても魅力 的だと感じました。西洋の人間にとって,琵琶 の音はとても現代 的に聞こえます。日本人には「古い音」に聞こえるようですけどね。
ラジオを通して出会った琵琶 の音色が忘 れられず,友人の紹介 で,当時,日本でただ一人の筑前 琵琶 職人 で,福岡 県の無形文化財 でもあった吉塚 元三郎 さんの工房 を訪 ねたんです。「弟子は何人いるのか」と聞くと,「一人もいない」という。「じゃあ自分が弟子になりたいので教えてください」と言ったら,顔をじいっと見て,「明日から来なさい」と言われたんです。それが琵琶 修復 師 としての第一歩になりました。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
師匠 のもとで修行 した日々 吉塚 さんに弟子入りしたのはいいのですが,当時,私 は日本語があまりわからなかったので,コミュニケーションをとるのも大変でした。師匠 は日本語,なかでも博多弁 しか話しません。例えば「これは何ですか?」と私 が師匠 に聞くと,「かんなったい」という答えが返ってきます。そこで私 は辞書で「かんなったい」を調べるのですが,どこにも載 っていません。博多弁 では語尾 に何でも「たい」をつけるんです。「かんなったい」は,「『かんな』だよ」という意味だったんですね。 そんなふうに苦労しながらも師匠 からいろいろな技術 を教わって,師匠 について5年間は,琵琶 修復 師 としての修行 に専念 しました。その後,「イタリア会館」の仕事も始めて,今に至 っています。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
「
修理 」ではなく「修復 」私 は「琵琶 修復 師 」です。「修復 」は「修理 」とはずいぶん違 います。「修理 」は,「ただ音が出るようになればいい」というものですが,「修復 」は「元に戻 す」のが目的です。作った人の意図どおりに再現 するということですね。
たとえば,琵琶 はバチで弾 くので,バチが当たって,前面に傷 がついてしまいます。この傷 を取 り除 かないといけない。「修理 」をする人は,前面にかんなをかけて削 っていきます。そうすれば傷 は取れますが,これは楽器を殺すようなものです。音色のためには木の厚 みがとても大事なのに,その厚 みが変わってしまうんですから。 「修復 」では,絶対 にこのようなことはしません。では傷 があったらどうするのかというと,琵琶 の上に濡 れたぞうきんを乗せて,そこに焼きごて(昔のアイロン)を熱して,当てる。大量の蒸気 が出るので,それを木に押 しこむんです。そうすると,時間はかかるけれど,少しずつ少しずつ,へこみがなくなってくる。深い傷 は無理ですが,浅い傷 ならこれで取 り除 くことができます。時間はかかっても,作られた当初の状態 をなるべく再現 するのが「修復 」です。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
琵琶 は“音の出る彫刻 ”琵琶 という楽器は,部品を組み立てて作るのではなくて,一つの木のかたまりを削 って作っていきます。だから,一つひとつ,形が違 うし,音も違 います。私 は琵琶 のことを“音の出る彫刻 ”と呼 んでいるんですよ。
一つひとつがぜんぶ違 うので,「これだけ覚えれば修復 できる」ということはありません。傷 み方もそれぞれ違 うので,毎回,その琵琶 に合わせて修復 をしなければなりません。たとえば,木の「ねじ」という部分があるのですが,このうちの一本がダメになってしまっていたら,他のねじに合わせて古い木材を探 してきて,それを一から削 って自分で作るんです。修復 に使う木材も,切り倒 してから30年くらいは寝 かせて,乾燥 させないと使えません。すべてがこんな調子なので,とにかく時間がかかります。でも,私 にとっては,琵琶 という楽器の持つ,こういう複雑 さが魅力 なんですね。私 は琵琶 という楽器が,心から好きなんです。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
ごまかしはきかない
修復 をするうえでは,「ごまかし」がききません。「修理 」なら,形が少しくらい違 ってしまっても,よしとするのですが,「修復 」ではそうはいきません。修復 をしていて,時々 ,「なんでわざわざ,こんなにめんどくさいことをやったんだ?」と不思議でたまらなくなることもあります。あまりに凝 った,細かい細工がされているときなどですね。小さな部分を直すのに,3日も4日もかかってしまう。そういうときも工夫して,元のとおりに直します。でも,そんな作業をしていると,その琵琶 を作った人の気持ちと通じ合ったような気持ちになってきます。作った人の気持ちを想像 しながら,作った人と同じ苦労をするという感じですね。それは,この仕事の醍醐味 のひとつです。
また,琵琶 を修復 するにあたっては,木を切って,削 ってという大工さんのような作業から,虫眼鏡 で見ながら小さくて繊細 な細工の部分を直すような細かい作業まで,すべて一人でやらなければいけません。大変ではあるんですが,私 にとっては,逆 にそこが楽しいんです。いつも同じ作業ばかりだと飽 きてしまいますから。毎日,違 った仕事ができるのは,私 にとっての喜びです。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
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自己紹介
サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
小さいころから物づくりが好きだった
子どものころから,ものを作るのが好きでした。今と
違 ってテレビやスマートフォンのゲームもないので,木を削 ったり,針金 を使ったりして,自分たちでおもちゃを作って遊んでいましたね。木の枝 を削 って道具を作って,野球とゴルフの間のような遊びをしていました。周りの友だちも自分で道具を作って,その遊びをしていましたよ。
その後,国立の音楽院でクラシックギターを専攻 することになったわけですが,ここで培 った音への感受性 は,今の仕事につながっていると思います。琵琶 を人前で弾 くことはありませんが,家では自分で弾 きます。琵琶 というのは,基本 的には「語り」の伴奏 に使われるのですが,私 は琵琶 の音色そのものが好きなので,いずれ,琵琶 で演奏 する曲の作曲もしたいと,ひそかに思っています。 -
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びわしゅうふくし琵琶修復師
ドリアーノ・ スリス -
仕事内容
琵琶 の修復 と制作 -
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サルデーニャ島・ヌオロ県生まれ,日本に来て40年以上。
琵琶 修復 師 ,イタリア会館・福岡 館長。2002年には,日本人向けのイタリア語の文法書を出版 しました。映画 が好きで,自主上映 をしたり,イタリア映画 に字幕 をつけたりもしています。
人生は一度きり。やりたいことがあったらやってみよう!
私 は「何でもやりたい人」でした。音楽の道に進む前は俳優 になりたかったし,クラシックギターを専攻 した後も,人形劇 をやり,自分の劇団 も作りました。家具を修復 する仕事をしたこともあります。レオナルド・ダ・ヴィンチだって,いろいろなことをした人ですよね。比 べるのはおこがましいけれど。
今までいろいろなことをやってきましたが,すべてが役に立っていて,後悔 はしていません。だから,若 いみなさんには,「一つを深くやる」のもいいですが,浅くでもいいから,好きなことを,いろいろやってほしいと思います。人生は一度きりなので,後から後悔 しないよう,やりたいことをやったほうが良いと思いますし,やったことは必ずいつか役に立ちますよ。いろいろなことをすると,自分の世界がどんどん広がって,たくさんのものが見えてくるはずです。そうやって,広い視野 を身につけてほしいと思います。
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