カフェと花屋が併へい設せつされた「ローランズ原宿」。私わたしはこのお店でカフェ部門の店員として働いています。お店は原宿の北参道というとてもおしゃれな街にあり、多くの人が訪おとずれます。カフェでは、お花が散りばめられた華はなやかなオープンサンドや濃のう厚こうなスムージーが人気です。テレビや雑ざっ誌しで紹しょう介かいされることも多く、遠方からわざわざいらっしゃるお客さまも少なくありません。ガラスの仕切りで隔へだてられた隣りん接せつスペースにあるお花屋さんでは、結けっ婚こん式場やイベント会場を彩いろどるお花やグリーンをデザインしたり、フラワーギフトを販はん売ばいしたりしています。お花屋さんで扱あつかう生花やグリーンを生かしてカフェ店内の装そう飾しょくをしており、カフェは緑あふれる、とても居い心ごこ地ちのよい空間になっています。
お客さまだけでなく、ここは、働く私わたしたちにとっても心ここ地ちのよいお店です。スタッフは互たがいを名字ではなく名前で呼よび合あい、アットホームな空気の中で風通しのよいコミュニケーションをとっています。カフェのスタッフは私わたしを含ふくめて8人。それぞれ障しょうがいがあり、障しょうがいのない4人のサポート社員とともに仕事を進めています。
障しょうがいのあるスタッフが中心となり運うん営えいされているカフェですが、「障しょうがい者しゃが働いている」という事実を大きく打ち出すことはしていません。それは、お店が「プロ意い識しきを持って、お客さまにしっかりと価か値ちのあるものを提てい供きょうする」という方ほう針しんを掲かかげているから。ですからお客さまも、障しょうがいのある人たちが働くカフェと知らずに入ってくる人がほとんどです。明るい雰ふん囲い気きの中、全員が、いきいきと仕事をしています。

私わたしはカフェの店員として、スムージーを作ったり、調理補ほ助じょをしたり、接せっ客きゃくをしたりと、カフェ業ぎょう務む全ぜん般ぱんに関わっています。さらに店長補ほ佐さとして食材や容よう器きなどを管理・発注したり、現げん場ばでスタッフをまとめたりする仕事をしています。ローランズで働くスタッフは一人一人に異ことなる障しょうがいや特とく性せいがあり、中には体調の波が大きい人もいます。日によって変わる体調や気持ちの変化などに気を配りながら、仕事の配分や休きゅう憩けいのタイミングを考え、困こまりごとがあれば相談にも乗っています。周りのスタッフの様子をよく見て、何か変化があったら「今日は元気ないね。どうしたの？」「何かあった？」と明るく声をかけます。そうやってコミュニケーションを取りつつ、現げん場ばがスムーズに回るよう動いています。
店長は、スタッフのシフト作成、面めん接せつ・採さい用よう、メニュー開発、お金の管理などさまざまな仕事をしながら、スタッフが快かい適てきに働けるような環かん境きょうを作っています。店長がお店の管理業ぎょう務むや環かん境きょう作りに集中できるよう、スタッフをケアしながらカフェの現げん場ばと店長をつなぐのが、店長補ほ佐さである私わたしの役やく割わりです。

私わたしには、網もう膜まく色しき素そ変へん性せい症しょうという視し覚かく障しょうがいがあります。見ているものにピントが合わず、視し界かいにもやがかかって人や物がぼやけて見えます。子どものときから何となく目が悪いとは感じていましたが、この見え方が当たり前だと思っており、障しょうがいには気づきませんでした。視し覚かく障しょうがいだとわかったのは32歳さいのとき。たまたま花か粉ふん症しょうで眼がん科かを受じゅ診しんし、網もう膜まく色しき素そ変へん性せい症しょうであることがわかりました。
視し覚かく障しょうがいがあると、カフェの店員として働く上で大変なことがいろいろあります。例えば、遠くのテーブルのお皿が片かた付づいているかどうかわかりません。自分の近くに誰だれがいるか把は握あくできないこともあります。入店したばかりのころは、スムージーをお客さまのテーブルに置こうとして落としてしまったこともありました。私わたしは「ここにテーブルがある」と思って置いたのですが、実じっ際さいのテーブルは少しズレたところにあって、正しく置くことができなかったのです。他にも、お客さまがメニューを指して「これをください」と言っても、ぼやけてよく見えず、どれを注文されたかわからなかったこともありました。
こうした困こまりごとは、とにかく「記き憶おく」することで乗のり越こえました。メニューの名めい称しょうや値ね段だんはすみずみまですべて覚え、できるだけスムーズに仕事が進むように努めています。調理については、料理を作る手順、使う材料、分量などをすべて記き憶おくして対たい応おうしています。ローランズでは、働く人が作業しやすいよう、例えば「このスムージーには、この材料を何グラム入れる」といったように、あらゆることが数すう値ち化かされているので助かっています。
さまざまなことを記き憶おくするため特に意い識しきしているのは、自分から積極的に動くことです。店の動線やテーブルの位置、キッチンのどこに何が配置されているのか。こういったことをたくさん動いて覚えました。その結果、今では物を落としたりぶつかったりすることなく、スムーズに動けるようになりました。さらに、「ここに人手が足りないな」と思ったらサッとフォローに入るなど、柔じゅう軟なんに仕事ができていると感じています。

店長補ほ佐さの仕事はまだ始めたばかりですが、やってみると思ったより何倍も大変でした。店長補ほ佐さは他のスタッフみんなの動きを見ながら指し示じを出さなければいけません。どうしても自分で動こうとしてしまいがちなのですが、それではその作業をしようと思っていたスタッフの動きを妨さまたげてしまうことがありますし、何よりスタッフの成長につながりません。店長補ほ佐さの仕事にマニュアルはありませんから、そのときそのときの状じょう況きょうをしっかり把は握あくしながら、私わたし以外のスタッフができることはなるべく任まかせるようにしています。そして、自分が考えていることをスタッフにわかってもらおうとするのではなく、スタッフがどういう状じょう況きょうで何を考えているのかを自分が理り解かいするよう心がけています。
中でも私わたしが一番大切にしているのは、スタッフに優やさしく接せっすることです。店長補ほ佐さになる前のことですが、すごく忙いそがしくて頭がいっぱいだったとき、うまく動けていない他のスタッフに「邪じゃ魔ま！」ときつく怒おこってしまったことがありました。そう言われて表ひょう情じょうをなくしたそのスタッフの顔が忘わすれられず、自分のしてしまったことをとても後こう悔かいしました。「人に怒ど鳴なれるほど自分は仕事ができているのか？」「言われたスタッフはどんな気持ちだっただろう？」「もし自分が怒ど鳴なられたらどんな気持ちになるだろう？」と考えていたら涙なみだが出ました。同時に、以前、派は遣けんの仕事をしていたとき、自分のやっていることを理り解かいしてもらえず「なんでできないの！」と頭ごなしに怒おこられたことも思い出しました。スタッフはみんなお客さまのために一いっ生しょう懸けん命めいです。それ以来、どんなに忙いそがしくても感かん情じょう的てきにならないことだけは徹てっ底ていしています。

今は真しん剣けんに仕事に取り組む私わたしですが、お店に入った当時は意い識しきが甘あまく、「適てき当とうにやっておこう」「お金をもらえればいい」という気持ちで仕事をしていました。しかし、あるスタッフと出会って考えがガラリと変わりました。
彼かの女じょは、障しょうがいのため仕事に集中できないことがあってもあきらめることなく、自分から積極的に仕事を探さがして、貪どん欲よくに覚えようとしていました。返事一つ、ふるまい一つとっても私わたしとは真しん剣けんさが全く違ちがいました。彼かの女じょの姿すがたを見て、仕事とは何かを学んだ気がします。同時に、本当は仕事と真しん剣けんに向き合いたいのに、がむしゃらにやることが恥はずかしいと思っていた自分にも気づきました。それから心を入いれ替かえて仕事を一つ一つ真しん剣けんに学んでいきました。
今は店長補ほ佐さとして他のスタッフをサポートする立場になりましたが、あのころのことを思い出すと、「自分の働く姿すがたが周りに影えい響きょうを与あたえるのだな」とよい意味での緊きん張ちょう感を感じます。ローランズは、とても働きやすい職しょく場ばです。コミュニケーションが活発で風通しがよく、みんなが安心して働ける。でも言うべきことはお互たがいにきちんと言い、ピリッと締しまったところもあります。そんな雰ふん囲い気きをつくってきたのは上の人たちです。自分も、上の人たちのようにしっかり働く姿すがたを後こう輩はいたちに見せたいと思っています。そして、みんなが元気に前向きに働けるよう、例えばスタッフが調子悪そうにしているときには声をかけて、休んでもらったり早そう退たいしてもらったりするなど、店長とともに、スタッフを柔じゅう軟なんにサポートすることを心がけています。

子どものころは、栄えい養よう士しや保ほ健けん室しつの先生になりたいと思っていました。性せい格かくは積極的で、みんなの注目を浴びることに一いっ生しょう懸けん命めい。先生や友達を笑わせようといつも面おも白しろいことを考えている、出しゃばりで活発な子どもでした。それから、強い女じょ性せいにすごく憧あこがれていました。メイクをバッチリ決めて、さっそうと歩き、自分の主しゅ張ちょうをしっかりと押おし通す、そういう気が強くかっこいい女じょ性せいに惹ひかれていたのです。今、思うと、強さに憧あこがれた裏うらには寂さびしさがあったような気がします。鍵かぎっ子こで、ご飯を自分で作って食べることも多く、ひとりで過すごす時間が長かったので。きっと自分の弱さを見せたくなかったのだと思います。寂さびしさの裏うら返がえしだったかもしれませんが、積極的な性せい格かく、かつ料理好きということが、現げん在ざいのカフェ店員の仕事にはつながっているように思います。

今ではずいぶん落ち着きましたが、私わたしには統とう合ごう失しっ調ちょう症しょうという精せい神しん障しょうがいもあります。昔は、いじめられることが重なって感かん情じょうが爆ばく発はつしたり、寝ねられない日々が続いたりしました。派は遣けんの仕事をしていたのですがうまくいかず、働くことが怖こわくなって10年ほど療りょう養ようしていた時期もあります。その後、精せい神しんは落ち着いてきましたが、働くのはまだ怖こわいし、視し覚かく障しょうがいもある状じょう況きょうでした。どうしたらいいか、福ふく祉しの仕事をしていた友達に相談をしたら、一いっ般ぱん就しゅう労ろうを目指す人たちが就しゅう業ぎょうのための訓練を行う「就しゅう労ろう継けい続ぞく支し援えんA型がた事業所」というところがあることを教えてもらいました。具体的な「就しゅう労ろう継けい続ぞく支し援えんA型がた事業所」を区役所に問い合わせて紹しょう介かいしてもらったのが、今、働いているローランズです。
10年の療りょう養よう期間で、仕事も失い、何もかもがゼロになった気がして落おち込こみましたが、うれしいこともありました。ゼロからやり直すことを決め、まずは友達をつくろうと思い「日本網もう膜まく色しき素そ変へん性せい症しょう協会（JRPS）」の「ユース部会（JRPSユース）」という、16歳さいから35歳さいの網もう膜まく色しき素そ変へん性せい症しょう患かん者じゃどうしが交流する団だん体たいに入りました。そこで、今の夫をはじめ多くの人と出会い、気持ちがとても前向きになりました。ダンスに打うち込こんだ時期もあります。病気との闘たたかいに精せい一いっ杯ぱいで楽しいことを長く経けい験けんしていなかったので、青春を取とり戻もどすように楽しみました。こうしたいろいろな経けい験けんが、「働こう！」という前向きな気持ちにつながったのではないかと思っています。

みなさんに伝えたいことは、「好きなときに好きなことをすればいい」ということです。勉強したいと思ったときに勉強し、遊びたいときは遊ぶ。泣きたいときは泣く。人は自分が本当にやりたいと思わなければ、やる気になりません。そもそも、無理やりやっても頭に入ってきませんよね。私わたし自身もカフェの仕事に最初から真しん剣けんだったわけではなく、人との出会いで自分が変わり、打うち込こんでみようと思って今の自分があります。
この記事を読んでいる人の中には、障しょうがいをハンディキャップと考えて、コンプレックスを持っている人がいるかもしれません。しかし、障しょうがいは個こ性せいであって、ハンディキャップではありません。むしろ自分にとってプラスになる武ぶ器きの一つだと私わたしは考えます。私わたしは「JRPSユース」で、障しょうがいをものともせず前向きに働く人、工く夫ふうして趣しゅ味みを楽しむ人などいろいろな人と出会いました。そして、ローランズ原宿という素す敵てきなお店で働くこともできました。そして今、学びへの意い欲よくがどんどん湧わいてきて、調理や福ふく祉しに関する勉強もしています。障しょうがいがあったからこそ出会えた人たちがいて、広がった世界があって、特とく性せいを生かしながら活かつ躍やくできています。