私わたしは東とう京きょう都と江こう東とう区くにある「三さん陽よう自じ動どう車しゃ交こう通つう株かぶ式しき会がい社しゃ」で社長を務つとめています。三陽自動車では，主にタクシーやハイヤーでお客さまを目的地まで運ぶ仕事をしています。戦前に私わたしの祖そ父ふが深ふか川がわの地で創そう業ぎょうし，会社として三陽自動車を設せつ立りつしたのは1950年です。
現げん在ざい，三陽自動車ではタクシー80台，ハイヤー28台を所持しています。タクシーとハイヤーでは，乗るための方法や料金のルール，利用する場面が異ことなります。タクシーは日にち常じょう生活で誰だれでも気軽に利用することができます。料金は，お客さまが乗車した場所から降おりた場所までの距きょ離りと時間によって決定するメーター制せいです。一方，ハイヤーは，乗る前に予約が必要で，主に企き業ぎょうの役員や，VIPが利用することが多くなっています。料金はメーター制せいではなく，時間単位の料金設せっ定ていが一いっ般ぱん的てきです。三陽自動車では，１日単位で利用できる「スポット利用」と，１か月ごとに契けい約やくをする「専せん属ぞく利用」のサービスを提てい供きょうしています。
社員は250名ほどで，そのうち230名が乗じょう務む員いんです。乗じょう務む員いんは，「タクシー部門」「ハイヤー部門」など，各部門に所しょ属ぞくして働いています。

三陽自動車では，タクシーやハイヤーだけでなく，福ふく祉しタクシー・ハイヤー事業やバス事業にも取り組んでいます。たとえば，福ふく祉しタクシー・ハイヤーでは，高こう齢れいの方や障しょうがいを持った方を，病院やスーパーなど，いろいろな場所へ送そう迎げいしています。福ふく祉し車両には，車の後ろにリフトがついていて，車いすをそのまま車の中に運び入れられるので，お客さまは，車いすから降おりることなく車に乗ることができます。また，バス事業では幼よう稚ち園えんの送そう迎げいバスなど，子どもたちを送そう迎げいする機会も多いですね。
選挙のときには，東とう京きょう都と江こう東とう区くのそれぞれの投票所の投票箱を，開票所まで運ぶ仕事もしています。投票が終わったあと，警けい備びのための警けい官かんを助手席に乗せ，後部座ざ席せきには区の職しょく員いんと，地ち域いきで選ばれた選挙管理委員を乗せます。開票所で投票箱を降おろしたことを確かく認にんし，選挙管理委員を自じ宅たくに送おくり届とどけるまでが私わたしたちの仕事です。投票箱に入っているのは，「この人に政せい治じを託たくしたい」「この人に私わたしたちの生活を任まかせたい」という人々の「心」です。私わたしたちの仕事は，お客さまの「命」のほかに，「心」も運んでいるのです。

三陽自動車の乗じょう務む員いんは，「隔かく日じつ勤きん務む」と呼よばれる働き方をしています。勤きん務む時間は，たとえば，朝の５時半から翌よく朝あさ３時までで，休きゅう憩けいをはさみながら16時間連続で勤きん務むをします。仕事が終わった日は「明け番」と呼よばれ，そのまま休みになります。出しゅっ勤きんと明け番を２回繰くり返かえしたあとは「公休」となり，丸一日，休みになります。たとえば，月曜日の５時半に出しゅっ勤きんし火曜日の３時に退たい勤きん（明け番），水曜日の５時半に出しゅっ勤きんし木曜の３時に退たい勤きん（明け番）すると，金曜日は公休になる，というイメージです。２日分の勤きん務むを一気に行い，昼間にたっぷり休むような働き方です。仕事の日と休みの日のメリハリをつけて働くことができるのは，この仕事の魅み力りょくだと思います。
空いた時間を利用して，習い事をしたり，旅行をしたり，乗じょう務む員いんはそれぞれ充じゅう実じつした休日を過すごしています。私わたしも乗じょう務む員いんとは違ちがう働き方となりますが，さまざまな資し格かくの勉強をしました。行ぎょう政せい書しょ士し，宅たく地ち建物取とり引ひき士し，一級小こ型がた船せん舶ぱく操そう縦じゅう免めん許きょ，一級海上特とく殊しゅ無線技ぎ士し，アマチュア無線三級，剣けん道どう四段だん，居い合あい道どう三段だん，ワインソムリエなど，今では数々の資し格かくを持っています。また55歳さいで大学院に入り，58歳さいで修しゅう士し論ろん文ぶんを書いて，法学修しゅう士し号ごうも取しゅ得とくすることができました。

私わたしが社長として苦労していることは，乗じょう務む員いんのケアやお客さまからのクレームへの対たい応おうなど，たくさんありますが，なかでも，資し金きんのやりくりにはとくに苦労をしています。タクシー会社の場合，まずは車を買ったり整せい備びしたりしなければ仕事ができないため，お金がかかります。私わたしが三さん陽よう自じ動どう車しゃに入社した40年前，東とう京きょう都と内ないには235社のタクシー会社がありましたが，タクシー協会の幹かん部ぶの方に「三さん陽よう自じ動どう車しゃさんは，よく言っても200番台の業ぎょう績せきだ」と言われるほど，特に大変でした。その後，タクシーだけでは経けい営えいが立ち行かないと考え，福ふく祉し事業やバス事業など，新しいことに挑ちょう戦せんしてきました。資し金きんのやりくりが厳きびしいときでも工く夫ふう次し第だいで乗のり越こえることができる，私わたしはそう考えています。おかげで現げん在ざい，業ぎょう績せきは伸のびていて，今では会社の資し金きんを借りている金きん融ゆう機関から，安定した経けい営えいをしていると評ひょう価かもしていただいています。

私わたしが社長として心こころ掛がけていることは，社員たちを常つねに「大きな傘かさで守る」ということです。たとえば，お客さまからクレームがあったときには，必ず私わたしが出向いて対たい応おうし，会社を代表して，謝しゃ罪ざいするようにしています。私わたしは，会社の中で一番大切なのは，働いてくれている社員たちだと考えています。タクシーはお金で買えますが，人はお金で買えませんよね。だからこそ，社員たちに寄より添そい，雨が降ふってもやりが降ふっても，大きな傘かさをさして守ってあげたい。そうすることで，社員たちは安心して働くことができると思いますし，それぞれが力を発はっ揮きしてくれるのだと思っています。
また，会社の風通しをよくすることも，私わたしの大切な仕事です。上司であっても，仲間であっても，遠えん慮りょなくものが言える会社は，いい会社であると私わたしは考えています。たとえば，上司が部下に「ここが悪い」「もっとこうしてほしい」と言うことはよくあります。しかし，そこで言い返すことができない部下は多いと思うのです。私わたしたちの会社では，部下たちに，「だって」「でも」と，必ず何か意見を言ってもらうようにしています。それは，「だって」「でも」の部分に，その社員が抱かかえている問題や，会社の問題が隠かくれているかもしれないからです。社員にはいつも，「立場を気にせず，とにかく意見を言ってほしい」と伝えるようにしています。

三さん陽よう自じ動どう車しゃにとって，忘わすれられない出来事があります。それは，東日本大だい震しん災さいの被ひ災さい地ちの復ふっ興こうに貢こう献けんできたときのことです。
東日本大だい震しん災さいで大きな被ひ害がいを受けた岩いわ手て県けん大おお槌つち町ちょうでは，震しん災さい後，学校が統とう合ごうされ，徒歩で通学するのが難むずかしい子どもたちが出てきました。そこでスクールバスで子どもたちを送そう迎げいするため，大おお槌つち町ちょうの教育委員会が主体となって中古のバスを集めることになったのです。三さん陽よう自じ動どう車しゃにも声がかかり，2019年に，私わたしたちは会社で使用していた中古のバスを整せい備びし，車両検けん査さに出してから，大おお槌つち町ちょうに寄き付ふしました。その後，大おお槌つち町ちょうの町長さんと食事をする機会があったのですが，そのときに「三さん陽よう自じ動どう車しゃさんからいただいた車が一番きれいでした。整せい備びや車両検けん査さまでしていただき，本当にありがとうございました」というお言葉をいただいたのです。
私わたしたちが被ひ災さい地ちに行って，直ちょく接せつ，人を運んだわけではありません。それでも，「できるだけ状じょう態たいのいい車で，子どもたちを学校まで運んであげてほしい」という私わたしたちの思いは伝わったと思いますし，「人の命を運ぶ仕事」を貫つらぬくことができたと思っています。大おお槌つち町ちょうからいただいた感かん謝しゃ状じょうは，この会社の誇ほこりです。

中学時代の私わたしは，ずっと勉強をしているような子どもでした。学校が終わったら塾じゅくに行き，塾じゅくから帰き宅たくしたら，家庭教きょう師しが待っている，そんな生活を送っていました。とくに，中学三年生の一年間は必死で受験勉強をしていて，そのおかげで無事，志し望ぼう校こうに合ごう格かくすることができました。
高校，大学に進学してからも勉強を頑がん張ばっていましたが，私わたしが19歳さいのとき，父親が病気で半身不ふ随ずいになり，そのころからアルバイトをするようになりました。試験期間などで忙いそがしい時期もあったため，短期間でまとまったお金がもらえるようなアルバイトを選んで働いていました。夏はビアガーデンでウエイターをやったり，冬はお歳せい暮ぼの配送をしたりと，さまざまなアルバイトを経けい験けんしました。学業とアルバイトの両立は大変でしたが，何とかこなしていましたね。
就しゅう職しょく活動を始めてからも苦労は続きました。就しゅう職しょく活動の時期とオイルショックが重なり，不景気になったためです。35社くらい会社訪ほう問もんをしました。就しゅう職しょく活動を続け，なんとか大手の不動産会社に内定をもらうことができました。
働き始めて１，２年目のときに，転機が訪おとずれました。三陽自動車は，私わたしの祖そ父ふ，叔父おじ，祖そ母ぼが代々，社長を務つとめてきたのですが，父親が社長に就しゅう任にんすることになったのです。半身不ふ随ずいの父親の跡あと取とりということで，私わたしに白羽の矢が立ち，26歳さいのときに三陽自動車に入社することになりました。その後，2004年に父の跡あとを継ついで社長になり，現げん在ざいに至いたっています。

みなさんに伝えたいのは，何事もあきらめないでほしいということです。やりたいことや，なりたいものがあるとき，それを実じつ現げんするためにはいろいろな課題があると思います。そんなとき，一つ一つの課題を分ぶん析せきして，乗のり越こえていくための方法を考えてみてください。そうすれば，目標には確かく実じつに近づいていくはずです。私わたし自身，子どものころから苦労の連続で，決して順じゅん風ぷう満まん帆ぱんではありませんでした。三さん陽よう自じ動どう車しゃに入社した40年前も，周しゅう囲いからは「三さん陽よう自じ動どう車しゃはつぶれても仕方がない会社だ」と言われ，とても悔くやしい思いをしました。それでも「きっとなんとかなる」と思いながら，あきらめずに，会社の経けい営えい状じょう況きょうの改かい善ぜんに取り組んだり，社員たちが抱かかえる問題に寄より添そったり，課題に一つ一つ向き合ってきました。そのおかげで今があります。みなさんも，長いトンネルの先には必ず出口があると信じて，努力を続けてほしいと思います。