全国7000校110万人が利用するキャリア教育・職業調べサイト

名人の仕事

  • 海・川の名人
  • 海女

海女が好きだから続けられる
~白浜の恵みと共に~

  • ふち とし(千葉県南房総市)

    生年月日 昭和11年9月30日
    年齢 81歳
    職業 海女
    略歴 千葉県南房総市白浜の出身で、白浜での海女歴は65年。海女であった母に習い、幼い頃から漁の手伝いをする。夏は伝統的な素潜り漁でアワビ、サザエ、トコブシを採り、冬は房総の正月の雑煮に欠かせないハバノリ、アオノリ、クロノリを採ることで、地元の食文化の継承に貢献している。夏に行われる「海女まつり」では、松明を片手に持ちながら港を泳ぐ幻想的な「海女の大夜泳」に毎年参加する海女である。
  • 藤 薫子(神奈川県 聖ヨゼフ学園高等学校1年)

第16回(2017年)参加作品

自己紹介

渕辺とし。昭和11年9月30日生まれの81歳ね。出身は千葉県南房総市白浜で、今住んでるところも同じなの。私の実家は1軒おいて隣。6人兄弟で、男の人4人はみんな亡くなってて、1番上の姉と私だけが元気ね。子供は4人いて、1人亡くなって今は3人なの。私は高校出てなくて中卒。職業はアワビ、サザエ、トコブシを採る海女さん、それと農業をやってるの。

海がそばだから、夏は休みになると毎日、海に入ってたからね。海と育ってる感じ。友達が「海行こう」って言うと、みんなで行く。冬になると、昔は今のように遊び道具なんて買えないから、ビー玉とか縄跳びとかメンコやってたね。だから、「あら、お転婆な子だね」って言われてた。お母さんはテングサ採りの海女だったの。ここら辺に住んでる私らの年代の人は、ほとんど海女さんになってるよ。小さい時から漁も畑も手伝ってきて、お母さんから教わったから、今もこの体で働ける私がいる。感謝だね。

海女の一日

海女の仕事は5月1日から9月10日まで。漁に出ていい時間は朝9時から2時なの。私は大体10時半くらいに行くね。海がしけの時、つまり、波がある時は行かない。向こうにある赤旗が風になびいてない時は波がないってことだから、そういうなぎの時に漁に出るの。海がしけか、なぎかで行くか決めるね。
なぎの日は、全部の道具をかご背負って岸まで歩いていく。岸についても、すぐに水に入らないで、まず眼鏡を磨く。それからアワビを採る道具だけを背負って海に入る。アワビをはがす、イソッカネを首にかけて。採ったものを入れるイソダマリを背負って。コノミ、カゼホリっていうアワビを採る道具をイソダマリにさす。それで、だるっていう樽を抱えるようにして上に乗って泳いで、海女のポイントまで行くの。100メートル~150メートルくらい泳いでポイントまで着いたら、浮き樽についているイカリっていうおもりを下ろして潜っていく。だいたい3メートルかな。息が続くまで潜ってる。1分くらい潜って苦しくなったら上がって、浮き樽の上に乗っかるようにして休む。この繰り返しかな。もしアワビとかが採れたら、イソダマリの中に入れる。

2時間くらいして今日はもう採れたなーって思ったら道具を全部背負って、浮き樽抱えて仲間と一緒に帰る。上がったら背負い籠の中に入れて小屋まで帰る。若い人は背負わないでイソッカネで担いでくるけど、私らばぁさんだから。背負い籠を背負って竹の杖ついて。わはは。笑っちゃうけどね、楽だからそうやってくるの。その後、冷えた体を温めるために海女小屋に戻ってで薪を燃やすの。夏でも必ずね。その間に海女の仕事着を洗濯機にかける。2、3時間温まったら家に帰る。寝るのはだいたい夜11時くらいかな。

  • 左がイソッカネ、右がカゼホリ

  • 樽が浮き樽、網がイソダマリ

  • 背負い籠に入れた道具

  • 真ん中に囲炉裏がある、海女小屋の中

アワビ、サザエ、トコブシの採り方

  • イソッカネを使って、テコの原理でアワビを採る

  • 左がサザエの貝殻、右がアワビの貝殻

アワビを見つけたら、そこまで泳いで潜っていく。そしてすぐイソッカネを抜いて採る。基本はイソッカネ。カゼホリはうんと奥の方にいて、イソッカネで手が届かない時に使って引っ張り出す。コノミはアワビが岩に隠れてなくて、採りやすい時に使う。アワビがあったら、イソッカネを下に入れるようにして、テコの原理で浮き上がらせて採る。

採れたら1回上がってきて、イソダマリの中へ入れるの。アワビは、だいたい岩の下とかカジメって草の中にいる。一度ではがれない時は息を吸いなおして採るね。そういう時はイソッカネを海の中に置きっぱなしにするの。トコブシっていう貝もおんなじ採り方だよ。サザエは手で採れる。岩についてるのを潜って、手袋をした手で採る。

時代と共に変化する海女

  • 現在の制服(上下ともにオレンジ色)

昔と今で変わったことはね、制服かな。今は白浜ではこの上下オレンジのウェットスーツ、帽子も黄色の制服だけど、昔は白のこうがらだったの。でも目立ったほうがいいってことで、オレンジの制服になった。ウェットスーツの下は、だっこちゃんのシャツとパンツを着てる。寒いからね。

あとはね、昔は誰でも海に入れたけど、今は海女組合の証明書が必要なことかな。漁業権のない人は潜れないの。アワビを採るのに1万円、サザエ、トコブシ採るのに5千円払う。みんな東安房漁業協同組合白浜支所に所属してる。集まって海女の話したりとか、海水浴の時期は海岸掃除もやったりするよ。台風の後もみんなで掃除する。組合が海女小屋を作って、私たちに貸してくれてるの。白浜町海女連絡協議会っていうのにも入ってるの。漁業権のある人はね、みんな入ってるよ。白浜町には9部落あって、ここは名倉。この部落には男のが2 人と私がいるの。前は4~5人いたんだけど、みんな年配になって辞めちゃってね。だから、いつも私達3人と隣の部落から2人来て、5人で漁に行ってるのよ。

海女のだいえい

白浜で有名な「海女まつり」ってあるの。夏にあるお祭りでね、花火大会とか出し物をやるんだけど、1番盛り上がるのが「海女の大夜泳」。たいまつを片手に持って、海女さんがいつもとは違う白装束姿で夜の海を泳ぐの。港の中を2周回ってさ、今年も頼まれて泳いだのよ。もう今年はいいよって言ったんだけどね。

ノリの採り方

  • ノリをいせる(干す)枠

海に潜らないで、岩場の海で採る漁もあるよ。私はハバノリ、アオノリ、クロノリを採ってる。ノリは12月1日から2月末まで採って大丈夫なの。ノリを採る日はなぎの日。その日は朝5時くらいに起きて、採っていせるかな。いせるって干すってこと。ノリを採る時はどうながのズボンを着ていく。魚屋さんが来てるあれね。そして上から雨ガッパを着る。ノリを採る時は胴長を岸で脱いじゃうから、海女小屋には寄らないね。

ハバノリは岩にくっついてるのを手で摘む。岩にくっついてるのを手でこすってよって、浅めのお玉でガリガリガリガリかいて採るの。昔はカイカイっていう道具があったけど、今は普通のお玉を使ってる。ここまではハバノリとアオノリ、クロノリは採り方が違う。砂や岩がついてるのを採るためにり鉢で擂るの。

どちらのノリも擂る時は、グングングングン手作業でやる。そのあと四角い枠に手でいせる。なたにいせるの。お天気にもよるけど、朝いせたら2時には乾くかな。ノリを採る時はね、岩場の海に行けば誰かがいるから、それが仲間になるの。1人で行っても寂しくない。

白浜の母の味

ハバノリはアオノリ、クロノリと色が全然違って、茶色っぽくて、焼くと真っ青になる。アオノリ、クロノリは青と黒だね。アオノリはこの辺のほうげんでブツっていうの。アオノリとクロノリを混ぜたのはマジリっていうんだ。普通のアオノリと違って仕上げるの大変だけど、美味しいの。好きでないとアオノリ、クロノリはみんな採らないね。私は子供の時から母がやってたからね、その味が忘れられなくて、アオノリ、クロノリがないと物足りない。自分で採れば、仕上げもできるからってことで採ってる。

私の子供達もアオノリとクロノリに慣れてるから、一年の暮れにない時があって、買って使った時があるの。そうしたらさ、「あんだよー、おっかあ、冷凍しといてよぉ。ない時はよぉ冷凍のでもいいから、絶対それでないといからよう。買ったのじゃダメだ」って言われてね。それから、2月に採ったやつを冷凍しておくようにしたの。お正月に子供が来る時は自分でついた餅にアオノリを混ぜて揚げて、かきもちを作っておくの。

それから、私はアオノリとクロノリを混ぜたものをおぞうに入れて食べる。ハバノリはお味噌汁に入れたり、ご飯に混ぜておにぎりにしたり、ふりかけで食べたりする。お店で売ってるご飯に混ぜるノリみたいな感じかな。焼くと香ばしくて美味しいよ。

テングサと貝

  • 左が水にさらした後で白いテングサ、右が水にさらす前で赤いテングサ

  • シタダメを採る名人

私はテングサの海女ではないから、自分が食べたい分だけ採ってるの。私の母がテングサの海女だったこともあるかな。テングサって、ところてんのもとになる草。海の中、岩の上に生えてて、手でむしる。採った時は赤い草なんだけど、水でさらして干すと白くなるの。それを洗って鍋で2時間くらい煮る。そうするとだんだん水が少なくなってきて冷めると固くなってくるから。それがところてんになる。前は採って作って食べたもんだけどね、今は、ばぁさんおうちゃくになったからやってないな。

それから、シタダメっていう貝も採ってる。これも自分が食べるために採ってるの。年がら年中自分が食べたいなって思ったら採りに行く。でもシタダメは水がいっぱいの時は出てないから、潮が引かないと採れないんだ。アワビやトコブシと基本的には同じように採るの。でもシタダメは潜らないでおかで採る。

水のなかでも採れるけど、シタダメは目で見えるから大抵は潜らないかな。石を起こしてくっついてるのを採ったり、小さいたな、岩と岩の間にいる時はイソッカネで採ったりする。シリタカっていう貝もあってシタダメとあまり変わらないかな。あとは、アマイボウ、カライボウ、ペーチョコチョコとかもシタダメと一緒に採るよ。

豆も花も

  • 以前は肥料として使っていたカジメ

海女やりながら農業もやってるの。ここに住んでる人はみんなね、年がら年中やってて、特に9月に海女が終わって、12月にノリが始まるまでは農業やってる。若い時は、お米とか麦とかやってたけど、今はね、そら豆とからっせいとかキンセンカを作ってるの。落花生は春にやって、10月くらいまでの秋に採る。生の落花生を皮ごと煮たのは美味しいよ。ピーナッツと全然味が違うの。

今日の朝もキンセンカ植えてたの。5センチくらいのオレンジの丸いお花ね。主人も葉を落とすのを手伝ってくれるから続けられるんだ。切って10本ずつ束ねて出荷してる。そら豆は10月から種蒔いて作るの。出荷の時期になると箱に詰めてみんなに送ってあげるの。畑は家から近いよ。

野菜にはカラスとか来るから、電気柵やったりいろんなことやらないとね。昔はカジメっていう海の草を肥料にしてたんだよ。でも今はお店で肥料を買えるから、みんなカジメは使ってない。

台風が来て

今年の台風21号は、今まで80年生きてきて私が覚えている中で1番大きい台風だったよ。何十年か前のわん台風が大きかったけどね。それ以上に大きな台風だったの。海岸道路のコンクリの上まで海水が上がったの。見たこともない白波の大きいのが水平線まで続いてた。向こうの小屋も流されちゃったし、堤防の草も砂ごと流されてね。海女もみんな被害受けたよ。私の海女小屋もドアが壊れちゃったけど、道具は無事だったのがせめてもの救い。小屋の畳も囲炉裏も水が入ってべちゃべちゃ。水道も洗濯機も壊された。だから何日もかかって海女小屋の中の道具出して整理したの。えらい被害、大潮だったからね。

野菜も、早くに蒔いたそら豆とかはいい豆になってたのに、みんな潮風でとけて真っ黒になっちゃった。台風でノリとかもダメになっちゃうよ。

漁の季節が待ち遠しい

ハバノリ摘みはね、朝早く起きなきゃならないから体力的に大変かな。お天気次第だけど、朝早くからいせる準備をしないと乾かないからね。アワビが採れそうで採れない時も苦しいよ。「あーっ、もうこの息じゃダメだ」と思ったら、水面に上がってきて浮き樽に乗って「ふぅふぅふぅぃふぅぃ」って息を吸うの。「ふぅぃふぅぃ」ってね。もう1回潜って採れる時もあるし、3回も4回潜っても採れない時もある。ぎゅっと岩にくっついてるからね。海の底で石とかでトントン叩いて叩いて、やっと採ったなーって思うと傷がついてたりして、がっかりすることもあるの。寒くたって私は大丈夫だけど、本当に辛いのは、海がしけて漁がない時よ。

だから、5月から9月の季節が待ち遠しいの。今日はいいアワビが採れたなって日は嬉しくなる。ちょっとお使いものにしてもさ、みんな喜んでくれるしね。アワビもサザエもみんな好き。好きだから続けられる。白浜の海が好きなの。他の海には入ったことないよ。

体の調子が良ければ、採っても採れなくても用がなくても海に来たいなぁと思う。海女の仕事を気持ちではあと1~2年やりたいと思ってるけど、体力がね、健康でなければ海には入れないからね。この頃特に思うのは、無理しないで、できるところまで海女を続けていきたい。

[取材日:2017年9月23日、11月4日]

  • 取材を終えての感想

    名人と私

    夏の研修を終え、名人が海女の方だと知った時、私は「NHKの朝ドラで見ていた海女さんだ!」と嬉しく思いました。取材当日、片道4時間半かかってお会いした名人は、私の緊張を吹き飛ばすように温かく迎えてくださいました。そして全く知識のない私の質問に丁寧に答えていただき、実際にシタダメを採ってくださいました。

    取材の中で、「白浜の海が好きだから続けられる」という言葉が印象的でした。好きなことを続けることは、こんなにも人を輝かせるんだと感動しました。白浜の海を大切にしている名人だからこその言葉だと思います。そして、今回は時期が合わず海女の仕事をしているお姿を取材できなかったので、いつかもう一度お会いしたいです。

    聞き書き甲子園に参加したことで、たくさんの方に出会い、多くのことを経験できました。この機会を与えてくださった皆様に感謝しています。本当にありがとうございました。

名人の仕事~森・川・海の名人たち~

CONTENTS

  • 名人とは
  • 名人の仕事
  • 聞き書き高校生の感想
  • 海・川の仕事人2020
  • 森の仕事人