※このページに書いてある内容は取材日(2025年10月30日)時点のものです
壁を塗る仕事
私が社長を務める「西谷工業株式会社」は、左官工事を主な事業としています。左官とは、簡単に言えば、建物の壁・床・天井などに、セメントと砂と水を混ぜたモルタルなどの材料を塗る仕事のことです。
左官は日本に古くからある伝統的な建築技術で、もともとは壁に土を塗る技術として発展しました。土は防火性や蓄熱性(熱をためこむ性質)、調湿性(室内の湿度を調整する性質)に優れた材料の一つです。現在はより強度の高い材料に進化し、主にモルタルが使われるようになりました。
左官職人は、モルタルなどの材料を「コテ(鏝)」というヘラのような道具を使って、壁や床、天井などに塗っていきます。左官の仕事によって建物が火や湿気に強くなり、火事が起こったときに建物が燃えにくく、湿度が高い夏場でも室内にカビが生えにくくなります。現在、西谷工業では壁を塗るほかに、雨や風、炎天にさらされる屋上の防水処理を行ったり、床の凹凸を整える仕上げや補修も行ったりしています。
左官工事は、その工事を請け負う規模により呼び名が変わります。木造住宅など、小規模な建築物の工事現場を「町場(まちば)」、大型施設や商業施設などの工事現場を「野丁場(のちょうば)」と呼びます。当社は野丁場をメインで請け負っており、これまでには、「サンシャイン60」や「新都庁第一本庁舎」、麻布台ヒルズの「森JPタワー」など、有名な建築物の左官工事に携わった実績があります。
力を合わせて大規模な建築物を造る
西谷工業が請け負う左官工事は大規模なものが多いので、チームを組んで左官工事を行います。小規模な現場では二人程度で作業しますが、過去には300人という大規模なチームを組んで工事を行ったこともあります。また、工期は平均して1年程度ですが、大規模な工事になればなるほど長くかかり、5年以上、工事が続く現場もあります。
現場での作業時間は、朝の8時から夕方の17時までが基本です。同じ現場には、建築物の骨組を造る大工や、工事をする人たちが安全に動けるように足場を造る鳶(とび)など、左官以外の職人も大勢います。危険な作業を行う場合には、伝達ミスが大きな事故につながるため、職人同士のコミュニケーションが本当に大切です。そのため、作業開始よりも早く現場に到着して、一緒に仕事をする職人たちと話す機会を自主的に作ることを心がけています。
8時になったら作業開始です。職人たちは、その日の作業内容について現場リーダーである職長の説明を受けてから、各自の持ち場に向かいます。大工職人が造った土台の壁に材料を塗ったり、表面の仕上げをしたり、左官技術を活用して壁や床に絵や模様を描いたり、一日の作業内容は工事の進み具合によって異なります。
職人としての技術を磨き、社長として働きやすい環境も整える
左官工事を手がける会社の社長として苦労していることは、それぞれの工事現場に、過不足なく人員を配置することです。特に私が若いころは人手不足が深刻だったため、必要な人員が集められないときは限られた人数で対応してもらうしかなく、現場の職人も苦しさを感じていたと思います。そこで当時から、残業や休日出勤をした社員には後日まとめて休暇を取ってもらい、可能な限りメリハリをつけて働ける環境づくりに取り組んでいました。そのかいあって、現在は労働環境が改善され、西谷工業の1か月あたりの平均残業時間は月3時間と、全国平均を大きく下回っています。
また、左官職人として苦労してきたのは、作業時間のペース配分です。壁に材料を塗り、その材料が乾いて固まるまでにきれいに仕上げなければなりません。材料の量や、季節、天候などによって乾くまでの時間が変わりますし、そもそも「自分はどのくらいのスピードで作業ができるのか」をわかっている必要があります。その場の状況を見て的確に判断する力や、正確さ、スピードが求められるので、若いころは失敗を重ねながら技術を磨いていました。経験しないとわからないからこそ、今では「自分だったらここまでできる」と自信を持って言えるようになったことに誇りを感じています。
一体感のある現場で、形に残る仕事をする喜び
左官の仕事は大変なこともありますが、それ以上にやりがいや楽しいと感じる瞬間がたくさんあります。例えば、大工や鳶など多くの職人と関わって仕事をする中で、現場の連帯感が生まれたときです。大規模な工事現場では、時に3000人ほどの職人が同じ場所で作業をすることもあります。
普段から同じ現場にいる違う職種の職人たちとコミュニケーションを取るようにしていますが、大規模な現場では特に緻密な連携が必要です。現場には顔なじみの職人も多く、仕事仲間としてお互いに絶対の信頼を寄せているメンバーが集うので、あうんの呼吸で作業がどんどん進みます。こういった連携がうまくいったときは、まるで全員で息をそろえて美しいダンスを踊っているような感覚になり、本当に気持ちいいですね。
また、自分が最終仕上げをした壁や床が人の目に触れる形でそのまま残るのも、この仕事の醍醐味です。西谷工業は有名な施設の左官工事を行うことが多いので、建物名が地図にも記載されます。その場所を訪れて現場での苦労を思い出したり、家族に「この壁は私が塗ったんだよ」と自慢したりすることもあります。そのときに「すごい!」と言ってもらえると、この仕事をやっていてよかったと思います。
さまざまな人から学ぶことが大切
左官職人として目指しているのは、見栄えを整えること以上に、長く、安全に使い続けられる壁に仕上げることです。100年以上にわたって使われる建築物もあるため、未来にどう使われるのかまで想像しながら、プロとして「自分の塗った壁は長く持つ」と言えるような仕事をしたいと思っています。
そのためにはものづくりの職人として「いい加減な仕事をしない」という責任感を持つことが大前提です。そして、質の高い仕事をするために、「自分の失敗を、人や天候のせいにしない」、「先輩の話をしっかり聞き、技術を教わる」ことが大切です。
例えば、天気や気温、湿度をどのように気にかけて作業するとよいのか。どのような下地を作れば長持ちする壁になるのか。よい仕事をする職人から話を聞いたり、技術を教わったりすることが自分の学びになり、そのような学びを積み重ねると、職人の仕事ぶりを見ただけで作業のよしあしが判断できるようにもなります。
ですから私は、「この塗り方で壁は長く持つの?」と、職人たちによく声をかけています。社長と社員、先輩と後輩などの立場に関係なく、お互いから学びを得て成長し続けることが大切だと思っています。
後に続く人のために
私の父は左官職人で、西谷工業の先代社長は父の兄弟子でした。そのような縁もあり、私は20歳のときに西谷工業に入社しました。左官職人としての技術を磨き続け、41歳のときに社長に就任しました。社長として常に意識し、揺らぐことのない信念として会社の理念にも採用しているモットーは「後に続く人のために」です。
その理念を実現するべく、若い人に対して左官の仕事に興味を持ってもらえるような取り組みを行っています。近年では、求職中の方や新たに職業に就こうとしている方を対象に、実際の現場で即戦力となる知識・技術を習得できる職業訓練プログラムを提供している「東京都職業能力開発センター」や都立の工業高校において、実際の左官工事のように壁を塗る体験ができるインターンシップや出前講座を行いました。また、入社した後も「師匠の技を盗んで覚える」従来の教育方法ではなく、新人社員が現場に出て働く前に、社内にある練習用の壁を使ってベテラン職人の指導を受けられる体制を整えるなど、安心して働ける環境づくりに努めています。
2025年9月には左官技能を競う「全国左官競技大会」に若手職人が参加し、見事、全国3位を獲得しました。このように若手が成長していく姿を見ると、とてもうれしく、「自分も頑張ろう」と思えます。今後も、後に続く世代のために社員と同じ目線に立って、次世代に何を残していけるかを考えていきたいです。
職人たちの背中を見て成長した
私は幼いころから、父と共に働く左官職人たちと寝食を共にしてきました。10人以上の職人たちと共同生活をしていたんです。父親が仕事で出張に行っているときや、母親が職人たちの食事を用意するなどの家事で忙しくしている間は、周りにいた職人たちが私の面倒を見てくれていました。小学校から帰ってきたら、職人が一緒に遊んでくれたり、銭湯に連れて行ってくれたりしたのを覚えています。職人たち一人一人からいろいろな話を聞かせてもらった経験があったからこそ、「職人は単なる労働力ではなく、一人一人、大切にしなくてはならない存在だ」と早くに知ることができたのだと感じています。
また、現場に慣れ親しんでいたこともあり、高校生のころにはすでに左官職人としてアルバイトをしていました。しかし、反骨精神が強く負けず嫌いな性格だったことから、私は先輩に歯向かうような態度ばかり取っていました。そんな状況の中、私の行動を見かねた職人に、「先輩の後ろ姿を見て学べ!」と叱られたことがありました。ハッとした私は、これをきっかけに、先輩職人たちの行動を注意深く観察するようになったのです。そうして先輩の後ろ姿を見ていると、みんなをまとめるリーダー的存在の職人だけではなく、縁の下の力持ちとして他の人たちを支える職人の存在も同じくらい大切だと感じるようになっていきました。そうやって前にいる人の背中を見て勉強できたからこそ、今の自分があるのではないかと思います。
外に出てたくさんの人と出会ってほしい
みなさんには日ごろから行動する習慣を身につけるために、小学生、中学生のうちにたくさん遊んでほしいと思います。外に出ていろいろな人と出会ってください。高校生になって、もしアルバイトが許可されている学校だったら、アルバイトをしてたくさんの大人に出会って、いろいろなものを見てみるのもいいでしょう。さまざまな経験をする中で、自分がどのような大人になりたいのか、答えを見つけていってほしいと思います。
私も、毎日先輩や後輩から刺激を受けていて、50歳を超えた今でも成長中です。これからも会社の仲間たちと切磋琢磨しながら、後に続く人のために一丸となって頑張りたいと思います。みなさんも日々、成長していってください。










