磁気を使って,世の中の役に立つ
私は,東京都北区にある「電子磁気工業株式会社」という機械メーカーで働いています。会社では,磁石の持っている機能を使って世の中の役に立つための機械や装置を作っています。いずれも工場で使われるもので,大きく分けて3種類の製品があります。「非破壊検査機器」「着磁装置」「磁界測定,評価機器」の3つです。
「非破壊検査機器」は,磁気を使って,調べたい金属の表面に傷があるかどうかを調べる検査装置です。調べたいものに傷をつけたり分解したりせずに調べる検査を「非破壊検査」と言い,磁石がくっつく種類の材質のものであれば,磁気を使えばそれが可能です。
調べたい製品や部品に,一時的に磁力を帯びさせて,磁力を帯びた細かな粉「磁粉」を吹き付けます。調べたいものの表面に傷があると,傷のまわりだけ,磁粉が他と違ったふうに並びます。それが現れるかどうかを目で見て調べることで,傷があるかどうかがわかります。
例えば,新幹線の車両をつなぐ連結器や,車輪,ブレーキ,台車などの部品,自動車のハンドルやエンジンなどの部品,飛行機のエンジンやタービンの部品などの検査にこの技術が使われています。もしその部品に傷があって割れてしまうと,大ごとになるものばかりですから,検査はとても大事です。検査したいものに合わせた装置を当社で作り,装置の扱い方を伝えて,納品先の会社で検査をしてもらっています。
製品の部品として使う磁石に,強い磁気をつけるための装置を作る
私の会社で作っている2種類目の製品・装置は,さまざまな機械や電化製品の部品として使われる磁石に,強い磁力をつけるための「着磁装置」です。また,必要のなくなった磁石の磁力を取る「脱磁」のための機械も作っています。
磁石は,N極とS極が引き合ったり,N極どうしやS極どうしが反発したりする性質があります。また,鉄などの金属を吸着したり,光の反射角を変化させたりするなどの性質もあります。そのような磁石の性質を利用して,モーターを動かしたりするための部品などに使われています。
磁石の材料に磁力をつけることを「着磁」といいますが,それには,磁石の材料に一気に高電圧を流す「着磁電源」と,磁力をコントロールする「着磁ヨーク・コイル」といった機械が必要です。こうした着磁のための機械・装置を作って単品で販売したり,依頼のあったメーカーの工場に合わせてオーダーメイドで作ったりしています。
私はエンジニア(技術者)として,依頼をいただいたメーカーの工場や製品に合った着磁ができる装置を開発しています。新幹線や飛行機,自動車や洗濯機,エアコンといった大きなものから,パソコン,携帯電話,ネックレスや,肩など体のこった場所に貼る磁気治療器といった小さなものまで,さまざまな製品のメーカーが着磁装置を必要としています。
私の会社で作っている3種類目の「磁界測定,評価機器」は,磁力を測る機械や,磁力を応用した検査器などです。磁石や部品に必要な磁力が備わっているかどうかを調べることで,製品や機械の故障,不具合を未然に防ぎます。私は,磁力を使った新しい機械の開発も担当しています。
エンジニアにとどまらず幅広く仕事をこなす
着磁装置は,多くの場合オーダーメイドで作ってメーカーに納めます。たとえば自動車のブレーキシステムに使う着磁装置でも,メーカーが違えば,全然違ったものになります。そのため,お客さまの要望を細かく聞いて,それに見合う最適な装置を一つ一つ開発していきます。
ある会社から依頼が来たら,まずは営業職が窓口となりますが,技術的なことで判断ができないことがあれば,私たち技術職が出ていって,お客さまとしっかり話し合いをし,「私たちの会社でできるかどうか」の判断をします。仕事を受けられそうな場合は,予算を営業職に提示して,契約を進めてもらいます。それから装置の部品を何にするか,中の配線をどうするかなどを決めて,装置の図面を描き,作業を進める順序を決めて,協力をお願いしているいくつかの会社にそれぞれ,納期と金額を伝えて装置の部分的な制作を依頼します。最後には,うちの会社で,でき上がったものがちゃんとできているかどうかの検査をして,お客さまに納品します。
一般的には,エンジニアがお客さまのところに出向いたり予算を考えたりすることはあまりないかもしれませんが,私たちの会社の技術者は,各部署の仕事を一通り経験することで,技術者にとどまらない幅広い知識を吸収し,それを仕事に生かしています。
上司として周囲に認めてもらうことも大切
私は製造部では一番年下ですが,係長という役職についています。つまり,部下はみんな私より年上です。エンジニアとして自分の仕事もやりながら,製造部全体やエンジニア一人一人の仕事の進み具合などを把握して,適切な指示をしないといけません。
いくら自分が上司であっても,自分がやることをやっていないと,周りは認めてくれません。逆に,やることをやった人が何かを言うと,それは「命令」や「文句」ではなく,「意見」になります。「文句」と思われずに「意見」として聞いてもらうためには,まずは自分が文句を言わずに,決められたことをしっかりやることが大事です。
部署内では,日ごろから冗談を言い合うなど,コミュニケーションをきちんととることを心がけています。最初は気まずくて,気を遣うばかりで冗談など言えませんでした。しかしこうしてばかりはいられないと,途中で吹っ切れて,自分からよく声をかけるようになったんです。
お客さまからの信頼や感謝の言葉で疲れも吹き飛ぶ
仕事はオーダーメイドであることが多いので,お客さまとのやりとりは欠かせません。お客さまに信用していただけることも多く,先方の担当者と対等に仕事をさせていただいているなと感じるときは,うれしく思います。
ある自動車メーカーとの取引で,こんなことがありました。自動車メーカーから装置製作を依頼されたのですが,メーカーの担当者と私が当初考えていたより技術的に難しく,装置の納期に間に合いませんでした。そのようなときには,お客さまである担当者から文句を言われてもおかしくないのですが,この担当者は,じっとがまんして待ってくれたんです。私にとってもきつい状況でしたが,担当者の心意気にこちらもがんばって応えようと努力し,その結果,とてもよい装置ができて,最後には担当者と喜び合うことができました。
このときのように,苦労した仕事が終わって,最後に担当者に「ありがとうございました」「助かりました」と言われたときは,ほんとうにうれしく思います。
営業から製造に方向転換して今の会社に出会う
私が大学3~4年生で就職活動を始めたころは,技術職ではなく,営業職に就こうと思っていました。私が大学で学んだのは化学でしたが,その知識を生かして,薬品卸会社の営業職に就こうと思っていて,実際,内定もいくつかもらっていました。
ところが,その後,その仕事について見聞きするうちに,自分には向いていないのではないかと思い,一度,就職活動をやめてしまいました。すると,心配した大学の就職支援室から電話がかかってきて,相談に乗ってくれました。営業職に興味を失っていた私は,その代わりに「ものづくり」がしたい,と話したのです。そこで今の会社を紹介されて会社説明会に出向き,当時は総務部長だった今の社長に声をかけてもらって,入社することになりました。
工学の知識はほぼないまま入社しましたが,やってみないとわからないもので,今の仕事は性に合っていました。わからないことばかりの仕事でしたが,ありがたいことに,先輩たちが時間をかけて丁寧に教えてくれました。理解が進んでできることが増えていくと,仕事もだんだん面白くなり,今に至っています。
子どものころから活発だった
大人になって,職場ではしっかり者で通っている私ですが,子どものころは,よく言えば活発,悪く言えば悪ガキでした。小学生のときから高校生まではサッカーを続けていたのですが,私や周囲の仲間は,市内の選抜チームの常連でした。そんなサッカー仲間や近所の子どもたちが高校まで一緒にいるような地域でしたので,サッカーの判定を巡って言い争うなど,納得のいかないことがあれば全力でそれを相手にぶつけ,相手もそれを全力で跳ね返すので,喧嘩になることもしょっちゅうでした。それでも全力で喧嘩をしたあとは,お互いのわだかまりは消えて,高校を卒業するまでみんなと明るく楽しく過ごしました。
また,実家が本屋だったので,お客さまにはよくかわいがってもらいました。年齢や性別に関係なく,いろいろな人とよくしゃべっていました。そうした子どものころからの周囲とのやりとり,地域のおおらかさなどがあって,今の私の「おしゃべりが好きで裏表がない」性格が作られたように思います。そしてこの性格は,お客さまときちんとコミュニケーションを取る上でも役に立っていると思います。
人にも物事にも,全力で向き合えば道は開ける
一生懸命になった経験や,好きなものをとことん突き詰めた経験があると,それが役に立ったり,自分の支えになったりすることがあると思います。例えば,私は高校卒業までサッカーを続けてきましたが,サッカー選手になろうとは思っていませんでした。それでも,子どものころからずっと続けてきたことが一つあるだけで,「自分はこの分野には詳しい,少しはものが言える」という自信がつきます。また,地元の友だちと,喧嘩も辞さないほど全力でぶつかって仲良くなってきた経験から,困難なことがあっても,物事や人に対して全力で対応していると,いつかどこかに突破口が見えてくるものだと思っています。
好きなものはとことん突き詰め,何にでもチャレンジしてみてください。やってみてダメでも,それもいい経験になります。また,嫌だと思うことでもやれるならやったほうがいいし,やりたくない,やらない理由がはっきりしている場合は,やらないこともいいことだと思います。何となくやりたくないからやらない,というのが一番よくないので,そういうことをきちんと突き詰めて考える癖をつけてみてください。