仕事人

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東京都に関連のある仕事人
1967年 生まれ 出身地 東京都
髙橋たかはし 賢一けんいち
子供の頃の夢: 社長
クラブ活動(中学校): サッカー部
仕事内容
建物をろうすいから守るための作業をする。
自己紹介
活発で明るいせいかくで,食事会や旅行などのイベントをかくするのが好きです。子どものころからスポーツがとくで,今でも休日にゴルフを楽しんでいます。

※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月11日)時点のものです

建物の屋上やかべぼうすい工事をする会社

建物の屋上や壁の防水工事をする会社

わたしは,建物をろうすいから守るためのぼうすい工事やそうを行う「かぶしきがいしゃ こうせい」の社長をしています。会社はとうきょういたばしにあります。建物の屋上やかべから水がれてきたら,部屋の中が水びたしになってしまいますよね。こういったトラブルをふせぐためにてきせつしょすることが,わたしの会社の仕事です。
建物をろうすいから守るには,屋上や屋根,かべなどにヒビが入っていないかを定期的に調ちょうするのが一番いいのですが,中にはこうぞう上,屋上に登れない建物もあります。また,調ちょうにはせんもんてきじゅつが必要なので,いっぱんの方がろうすいを事前に発見することはむずかしいでしょう。ですからじっさいには,「あまりがするので,今すぐにぼうすい工事をしてほしい」とらいされることがほとんどです。
お客さまはビルの管理会社のほか,けんせつ会社などで,しゅうする建物はオフィスビルや商業せつを中心に,学校,工場,アパート,マンションなどさまざまです。また,ぼうすい工事といっしょに,そうやタイル工事,屋根のふきえやえ,ないそうリフォームなども行っています。
会社には5人のしょくにんがいます。わたしも10年ほど前まではしょくにんとして毎日,げんに出ていましたが,今は社長として,お客さまと工事のないようを相談したり,スケジュールを立ててしょくにんたんとうやくわりを決めたり,必要な材料を調達したりといった,えいぎょうや管理の仕事を主にしています。

工事が始まる前に,あらかじめじゅんしておくこと

工事が始まる前に,あらかじめ準備しておくこと

ぼうすい工事は,工事のらいが来ないと始まりません。そのためにまず,お客さまから仕事をいただけるようにこうしょうするのもわたしの仕事です。ビルの管理会社には「メンテナンスやリフォームをする必要がないか」などと,けんせつ会社や同業他社には「しょくにんが足りない工事はないか」などと,日ごろからこまめにかくにんしています。理想は,年間を通して,まんべんなく工事のらいが来ることです。例えば,秋から年度末の3月にかけては工事が多くなる時期ですが,4月から6月にかけてはらいが少なくなるけいこうがあります。ですから,「4月であれば,少しあんで工事できますよ」などとあらかじめお客さまに声をかけておくのです。
じっさいらいを受けたさいには下見に行って,さいてきな工事のプランを考えます。一口にぼうすいの工事といっても,ざいや方法はたくさんあります。その中から,お客さまが選びやすいように2パターンほどにしぼり,それぞれのプランのとくちょうを分かりやすく説明しながらていあんしています。
プランが決まったらぼうすいりょうやシートなどのざいを調達し,同時にしょくにんぶんたんも決めていきます。しょくにんの人数は,しゅうないようや作業する場所の広さによってまちまちです。1人で作業をして1週間で終わることもあれば,広い工場や物流倉庫の屋上などでは10人がかりで数か月かかることもあります。社内のしょくにんだけでは足りない場合は,外部の協力会社のしょくにんを手配することになります。

天候によって,工事のないようを調整することも必要

天候によって,工事の内容を調整することも必要

ぼうすい工事には,さまざまな方法があります。もっとも多いのは,屋上などのゆかえきたいじょうのウレタンじゅり重ねてぼうすいする「ウレタンぼうすい」です。ほかにも,アスファルトをふくませたシートを,高温でかしたアスファルトをせっちゃくざいにして重ねてる「アスファルトぼうすい」や,塩化ビニールなどでできたシートをゆかにかぶせて金具で固定する「シートぼうすい」などがあります。また,工事の場所によっては建物のまわりにせつの足場を組むこともあります。
工事の前には,どのようなスケジュールで進めていくかを計画するのですが,その通りに進まないこともあります。特に屋外で行う作業は,天候によってできないものもあるからです。例えば「ウレタンぼうすい」では,りょうってからかわききるまでに雨がったら,最初からやり直しになってしまうのです。
雨の日は工事を中止したり,天候に関係なくできる別の作業をてたりしますが,近年はゲリラごうが多くなっています。天候をせいかくに予想することがむずかしく,そのぶんこうていの調整にはとても苦労しています。
こうした急なへんこうにもたいおうするためには,材料の管理も重要です。「明日の作業の材料が足りない」ということになったら大変です。大急ぎで運んでもらったり,それでも間に合わないときにはわたしが自ら商社に取りに行ったりすることもあります。

きれいに仕上げるために,社員全員で心がけていること

きれいに仕上げるために,社員全員で心がけていること

水をいってきも通さないように仕上げるためには,どんな小さな作業でもていねいに行うことが大切です。そして,一つ一つていねいに仕事をすれば,必ずきれいに仕上がるものです。すべての作業を終え,「きれいにできた」と仕上がりになっとくできたときは,言葉にできないほどの達成感があります。
また,作業場の材料や工具をせいせいとんすることも心がけています。材料・工具が散らかっていては,こうりつよく作業できませんし,けんなどのためにお客さまがいらしたときにも「仕上がりもきたないのではないか」と不安がられてしまいます。ごろから材料や工具をていねいあつかうこと,そして月に1回は必ずメンテナンスをすることもてっていしています。
お客さまから言われて一番うれしいのは,「こうせいさんだったら,どのしょくにんさんにも安心してまかせられるよ」といった言葉です。そのためにはじんじんじゅつを高めていく必要がありますが,もっとも大事にしているのは,げんから会社に帰ってきた後のミーティングです。「今日はどうだった?」「こうやっていたけれど,こういうやり方もあるよ」「明日はこういう作業があるね」と,その日の作業をかえったり,明日に向けてのじゅんかくにんをしたりしています。
「いい仕事をして,お客さまから『こうせいしんらいできる』と言われたい」という気持ちは,全員に共通しています。これが,社員どうのチームワークのよさにつながっているのではないかと感じています。

ようから,「てんしょく」のぼうすい工事に出会うまで

理容師から,「天職」の防水工事に出会うまで

実はぼうすい工事の仕事にく前,わたしようをしていました。ようせんもん学校を卒業してようしつしゅうしょくし,ようの国家かくしゅとくしていたんです。しかし,ようを続けるには,大きな問題がありました。パーマえきなどのやくざいを使うと,手が極度にれてしまうんです。手が真っ赤にはれ上がってしまい,「その手じゃ,仕事にならないから」と上司に言われてようしつめることになってしまったのです。
その後,まずんだのがけんせつ業界でした。体を動かすのが好きだったことと,作業服「ニッカポッカ」姿すがたへのあこがれから,選んだのは「とびしょく」でした。このときに感じたのは,さまざまなげんに行って,新しい体験をするおもしろさです。毎日同じ場所で働いていたようの仕事より,自分に合っていると感じました。
転機がおとずれたのは,30さいのときでした。「ちょっと手伝ってほしい」と知り合いにさそわれて,ぼうすい工事の会社にてんしょくすることにしたのです。最初におどろいたのは,入社したよくじつから,何も分からない自分にも工事を手伝わせてもらえたことでした。まかせてもらえたことがうれしく,同時に,これまでにけいけんしたどのしょくぎょうよりもやりがいを感じ,「ぼうすい工事こそがてんしょくだ」と思いました。

親方のひと言がきっかけとなり,会社をつくって社長になる

親方のひと言がきっかけとなり,会社をつくって社長になる

ぼうすい工事は初めてちょうせんすることばかりだったので,最初は失敗もたくさんありました。しかし,失敗を重ねるたびに,「なんでこうなるんだ?」「次はぜったいに成功させよう」と考え,自分からそっせんして勉強していました。親方に注意され,教えてもらうことばかりでしたが,毎日がとてもじゅうじつしていました。
ぼうすい工事の世界に入って2年ほどったある日,さらなる転機がおとずれました。親方から「そろそろ,どくりつしてみたらどうだ?」とすすめられたのです。そこで1999年,32さいわたしは会社をはなれ,自分一人で「たかはしこうぎょう」と名乗り,工事をうことにしました。
当然,えいぎょうへも一人で行くことになります。数々のこうてんほうもんするうちに分かったのが,「だいな仕事は自分一人ではなく,会社というしきでなければ受注がむずかしい」ということでした。に「早く会社にしなさい」とすすめられたこともあり,自分で会社をつくろうと,2002年に「ゆうげんがいしゃ こうせいそうぎょう」をせつりつすることにしたのです。「高橋」だとた名前の会社が多いため,高橋の「高」と,今はきよわたしの父のきよの「清」を合わせて「こうせい」としました。
「会社をつくったからには大きくしよう」という思いもあり,このころに,さまざまなぼうすい工事に必要なせんもんしきじゅつに関わるかくをたくさんしゅとくしました。その後,らいされる工事の数とともに,ざいせきするしょくにんの人数もえ,2013年には「かぶしきがいしゃ こうせい」になりました。国家かくをはじめとするせんもんてきかくをもつしょくにんも多く,高度なじゅつが必要なさまざまな工事にたいおうしています。

野球とサッカーに熱中していた少年時代

野球とサッカーに熱中していた少年時代

子どものころのわたしは,つくえすわっているよりも,体を動かすことが大好きな活発な少年でした。はクラスで一番低かったのですが,走ればだれよりも速かったのです。体育のじゅぎょうや運動会でヒーローになれるのが,とてもうれしかったのを覚えています。
スポーツの部活にもはげみました。小学校では野球チームにしょぞくし,キャッチャーをつとめていました。また,中学校と高校ではサッカー部にしょぞくして,守りの中心となるセンターバックのポジションでした。とにかく練習が楽しくて,毎日毎日,時間をわすれるほどんでいました。そんな練習の成果もあり,中学校のときはとうきょうしまの最優秀選手に選ばれ,チームはとうきょうのベスト8進出という結果を残すことができたのです。うれしかったですね。
スポーツの中でも特にチームプレーが好きだったのは,「同じ目標を持つ仲間をたくさん作りたい」という思いがあったからでした。一人っ子で兄弟のいなかったわたしは,スポーツを通じてみんなにみとめられ,同じ目標に向かってがんばる仲間がえていくことによろこびを感じていました。

失敗をおそれずに,きょうあるものにチャレンジしよう

失敗を恐れずに,興味あるものにチャレンジしよう

不思議なことに,小学校のころからおぼろげに思っていたしょうらいゆめが,「どこかの会社の社長」になることでした。ただ,どのような会社かというイメージはなく,「ぼうすい工事の会社の社長」とも,まったく考えていませんでした。
けんせつ業界にきょうを持ったのには,子どものころからスポーツ,とりわけチームでするスポーツが好きだったことが大きくえいきょうしているような気がします。毎日,ちがげんに出向き,体を使い,仲間と協力して作業するのは,とてもりょくてきでした。しきは何もないけれど,ゼロからのスタートでんでいったのです。もちろん,これまでには失敗もたくさんけいけんしました。でもそのたびに,自分に何が足りないのかが分かり,できるようになるために自分なりにふうして,努力することができました。
だから,みなさんも,何事も失敗をおそれずに,きょうのあるものにどんどんチャレンジしてください。失敗したからといって,すぐにあきらめることはありません。失敗したからこそ,られることが必ずあります。

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松本 清張
10代後半のころに出会いました。松本清張の小説は,楽しく読めるミステリーでありながら,社会派で考えさせられる部分があるところが気に入っています。

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取材・原稿作成:佐藤 理子 (Playce)・東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫