※このページに書いてある内容は取材日(2018年09月06日)時点のものです
大嫌いな渋滞や混雑をなくすために始めた研究
私は「渋滞学」という新しい学問分野を作り,みなさんが嫌いな渋滞や混雑をいかになくすかを,数学や物理学といった基礎的な学問を使って探るという研究をしています。
私は昔から渋滞や混雑が大嫌いで,初めて渋谷に行ったときに,混雑した駅で倒れたことがあるのです。病院で検査した結果,特に悪いところはなかったのですが,医者から「混雑がすごく嫌いで,それで倒れたのじゃないか」と言われて,確かにそうだなと。なんとか混雑を避けられないものかと,以前からずっと思っていたのです。
研究者として,はじめから渋滞や混雑についての研究をしていたわけではなくて,もともとは水の流れや空気の流れなどについて研究をしていました。あるとき,混雑は人の“流れ”だから,水や空気の“流れ”と結びつけて考えられるのではないかと思ったのです。そうすれば,今まで勉強してきた科学を使って,自分の大嫌いな渋滞や混雑をなくせるのではと思い立ち,今から約25年前に渋滞の研究を始めました。
人間の動きを自然科学的にとらえる
渋滞の研究を始めるまでは水や空気など,自然のものを相手にずっと研究をしてきましたが,渋滞は人間の問題ですよね。人間をいかに自然科学的にとらえるかということになるのですが,人間の動きは,科学では完全には予想ができないわけです。心理というのはなかなか難しい。それをどう科学で考えていくかということが,やりがいでもあり,難しさでもあります。
心理と,科学や数学をくっつけるわけですね。そうやって,分野を超えていろいろなことをやっていくのは難しいのですが,そういう新しいことをどんどんやっていかないといけないと感じています。難しい問題を新しい知恵で解決していかないと,次の新しい学問は作れないですよね。今あるものを学ぶだけじゃなくて,新しく学問を作る。作る側の立場からすると,混乱があればあるほど燃えてくるんです。
渋滞のせいで年間12兆円の損失
渋滞に巻きこまれるとイライラしますよね。有効に使えるはずの時間が失われているからです。ただ単純に立って待つとか,動かない状態でじっとしていなければならない,そういうのを「機会損失」といいます。日本人の平均時給は3600円くらいといわれています。だから何もしないでじっとしているだけだと,1人1時間あたり,3600円のお金が失われているということです。それを積み上げていくと,日本中で,「年間12兆円」という数字が出ます。これは国家予算の8分の1くらいです。ものすごく大きな経済的損失ですよね。渋滞を減らせば,この損失を少なくすることができます。
さらに,渋滞にイライラして,誰かにあたったり,ものを壊したり,そういった心理的な影響まで含めると,渋滞は数えきれない負の影響を社会にもたらしています。また,高速道路の事故は渋滞が原因のものが20%を占めていますし,渋滞すると,こまめに止まったり動いたりを繰り返すことで,車がスムーズに流れているときよりも余計に二酸化炭素が排出されます。特に交差点付近の二酸化炭素の濃度は非常に高くなってしまって,環境にもよくありません。渋滞を減らせば,地球にも人にも優しい結果になります。
複雑なできごとも数学で単純化して研究する
渋滞を数学でとらえるといわれても,ピンとこないかもしれません。実は車というのは,動いているときは3つのことしかできないんです。加速すること,減速すること,車線変更をすること,の3つです。複雑に見えてもだいたいそれくらいです。1車線の道路なら車線変更はありませんから,2種類です。前があいていれば加速するし,詰まっていれば減速する。
前があいていれば進めるし,詰まっていれば進めない。こうやって現実の複雑な問題を単純化して,本質を失わないように抜き出し,数学の問題にしていくのが研究者としての腕の見せどころです。まずは目に見えるようにミニカーと箱で表現したり,あるいは,車がいなければ0,車がいれば1というふうに,数字で表したりすることもできます。そうすると0101……のように,0と1だけで表現できるので,コンピューターのプログラムで,自由に動かすことができます。そうすれば数学の問題として研究しやすくなるんです。
渋滞を解消するために必要なこと
前があいていれば進む,そうじゃなければ進まない。前に一度,このモデルを幼稚園で試したことがあります。手を叩いたら,前があいていたら一歩進んで,そうじゃなければ止まってねと。本当に誰でも理解できるモデルですが,これで渋滞が表現できます。では,渋滞を解消するにはどうすればいいのか。
最初は,車の数を減らすしかないと考えていたんですが,ミニカーのモデルで遊んでいるうちにひらめきました。前が詰まっていると動けないなら,空間をあけるようにすればいいのではないか。後ろから来る車はゆっくり近づいて,止まらないように車間距離をとるようにすると,渋滞が消せるという計算結果が出ました。そして,数学で考えたことを,実際の道路でも実験したら,本当にうまくいったんです。
こうやって数学で社会貢献までできるということはやっぱり大事ですよね。数学的に単純化して考えることがいかに大事かということです。
物の流れの研究も
車や人の流れのほかに,物流という「物の流れ」についても研究しています。例えば最近,日本のいろいろなところで自然災害が起きていますが,そうすると,支援物資を送りたくても運べない,届かないということになります。また,工場で物を作ろうとしても材料が届かない。物流の世界でも渋滞が起きるんです。この渋滞をいかになくして,物流をスムーズにするかというのも,今,研究しています。物流業者さんだけでなく,会社の中でものを作っているときにも渋滞が発生しているというので,さまざまな会社さんと一緒に研究をしています。さらには,車や人,物以外にも,コミュニケーションの流れや,仕事の流れなど,いろいろな“流れ”にも応用できるのではないかと,分野を超えた研究を進めています。
研究から見えてきた人の行動と思い
渋滞や混雑を解消することで事故が減れば,我々の安心や安全にもつながります。例えば,イベントで階段を上っていった先に受付を設けたら,その前に人が並びますよね。そうなるとそこで混んでしまい,後から階段を上ってくる人もいるので,誰かが倒れれば,将棋倒しのような事故が起こってしまいます。だから階段の近くには受付を作らないようにしたほうがいい。ある大会でそうアドバイスをして,事故を未然に防ぐことができたということもありました。
研究をすればするほど,人間がどういうふうに行動するのかが見えてくるようになりました。みんなが自分のことばかり考えて,いっせいに先を急いで早く行こうとすると,どこかで詰まってしまいますよね。だから,一番大事なのは思いやりというか,いかに他の人のことを考えて行動するかということなんです。ちょっとでもみなさんがお互いに思い合えば,渋滞や混雑が減るということが研究の結果,わかりました。まわりを気づかう思いがいかに大事かということですね。研究を進めるうえでは,科学的な面だけでなく,人の思いを考えるという面もすごく大切にしています。
あきらめないことが一番大切
人生はあきらめるかやり抜くかの2つあって,必ずどちらかなんです。「できなかった」というのは,結局,あきらめただけなんですね。やり抜いたらなんでもできるんです。だから絶対に自分がやりたいことがあったら,あきらめずに進んでいってください。7年,8年とあきらめなければ,できないことはそうありません。ときには挫折するかもしれないけれど,頑張っていれば,絶対にまわりではげましてくれる人も出てきます。みなさんはぜひ頑張って,日本をどんどんよくしてほしいと思います。