※このページに書いてある内容は取材日(2017年06月02日)時点のものです
眼鏡のデザインを決めて,製品化する
私は「ボストンクラブ」という眼鏡をつくる会社で,眼鏡のデザイナーとして働いています。私たちの会社には5人の眼鏡デザイナーがいて,それぞれ担当するブランドを分けるなど分担しながら,眼鏡のデザインをおこなっています。
眼鏡のデザインとは,眼鏡の「形」を決めることです。かける人のことや使われる場面を想像しながら,フレームの形をどうするか,どんな素材を使うか,色をどうするかなどを考えていくのがデザインの仕事です。見た目のカッコよさももちろん大事ですが,かけ心地などの機能の面もよく考えながら,図面に絵を描いてデザインします。その図面をもとに,眼鏡づくりの工場に,こういうふうにつくってほしいと依頼をします。
私たちの会社がある福井県鯖江市は,日本で一番多くの眼鏡をつくっているまちです。鯖江ではたくさんの人や会社が眼鏡づくりを分業していて,眼鏡が出来上がるまでには,金型の製作,塗装,研磨,組み立てなど約200もの作業が必要です。1本の眼鏡のデザインから完成までには約5,6か月かかります。出来上がった眼鏡は眼鏡店に届けられ,そこでお客さまに販売されます。
仕事では常に動き回っている
私の仕事は,机に座って眼鏡をデザインするだけではありません。工場に打ち合わせに行ったり,眼鏡店に営業に行ったり,いつも動き回っています。新しい眼鏡を発表する展示会の場では,自分たちの眼鏡をどういう狙いでつくったのか説明もします。展示会では,他の会社はどんな眼鏡をつくっているか見ることも大切な仕事です。眼鏡をデザインするときに,他の会社の眼鏡と比べて,自分たちの眼鏡にはどんな“新しさ”があるかを考える必要があるからです。
また,2,3か月に1回は,海外へ行きます。毎年,イタリアのミラノ,フランスのパリ,香港で開かれている国際的な眼鏡展示会に参加するほか,私たちの会社の眼鏡を売っているお店が世界14か国にあるので,それぞれの国に行って自社の眼鏡の案内をします。
私が机の上でデザインを描いている時間は,仕事全体の1割くらいですが,何をしているときでも,デザインについて頭の中で考えています。色んなものに注意をはらって,さまざまな角度から観察をして,アイデアに繋げています。そのため,アイデアを書きとめられるノートとペンをいつも持ち歩いています。
コミュニケーション能力が必要
眼鏡のデザインはひとりでも考えられますが,製品となって完成するまでには,たくさんの人が関わります。大きい眼鏡メーカーでは,デザイナーは図面を描くだけで,そこからは別の人に任せるという場合も少なくありません。でも,私はデザインに込めたこだわりを,つくってくれる人たちに自分の言葉で直接伝えたいと思っています。そのため,私たちの会社では,デザイナーが外注先の工場に行って,こういうふうにつくってほしいという気持ちをしっかりと伝え,眼鏡が出来上がるまで関わります。
眼鏡を製品として形にするのは工場の人たちなので,その人たちに理解してもらわないと,良い眼鏡はつくれません。私が眼鏡のデザイナーとして働きはじめた当時は,鯖江のまちでは,自社のデザインにこだわった眼鏡をつくっている会社は少なく,工場の人たちと何度も話し合いを重ねながら,自分たちの眼鏡のスタイルである「ブランド」をつくり上げていきました。ひとりの力ではできないことを,皆で協力して形にしていくのは,大変な作業です。
自分がデザインした眼鏡を喜んでくれる人がいる
まちで,自分のデザインした眼鏡をかけている人を見かけるとすごく嬉しいです。でも,眼鏡を販売するのは眼鏡店なので,私自身は自分のデザインした眼鏡を使ってくれるお客さまと直接関わることはあまりありません。そのため,普段の仕事の中で一番うれしさを感じられるのは,自分がデザインした新作の眼鏡を見て,眼鏡店の人たちが喜んでくれたときです。眼鏡店の人たちは,いろんな会社がつくるたくさんの種類の眼鏡を見ているので,良い眼鏡を見極める力があります。そういう人たちに褒めてもらえるのは,とても誇りに思えることです。頑張ってつくって良かったなと,満足できる瞬間ですね。
ここ数年は,京都精華大学の学生に眼鏡のデザインを教える授業をおこなっています。学生には,自分の持っている能力を生かしながらどうやって人が喜ぶものをつくるのか,アイデアを出して実際に眼鏡を作り上げるところまで学んでもらっています。次の世代を育てることも,私の大切な役割だと感じています。
かける人の気持ちが引き締まる眼鏡をつくる
普段から,自分にはどんなデザインをすることが求められているのかを考えています。例えば,私がデザインを担当している「ジャポニスム」というブランドは,ビジネスマンがかけることが多いので,かけた人に気持ちを引き締めてもらうことが大切です。服で言うならば,スーツや着物を着ると自然と背筋が伸びますよね。私は,そういう力が眼鏡にもあると考えています。自分がデザインする眼鏡を好きでいてくれる人たちの期待に応えられる眼鏡をつくろうと心がけています。
デザインした眼鏡がお店に並んだときに後悔したくないので,ひとつひとつの仕事に魂を込めます。出来上がった眼鏡を見ると,毎回「もっとああすればよかった」という反省点がありますが,反省点は次に生かして,よりよい眼鏡をつくるステップにします。眼鏡の仕上がりに満足できるように,いつも全力で取り組んでいます。
海外で暮らした後,眼鏡のデザイナーに
私は地元の高校を卒業した後,東京のデザイン専門学校で工業デザインを2年間学びました。在学中に,自分の視野をもっと広げるために海外に行ってみたいと思うようになりました。専門学校を卒業した後の1年間は海外に行くお金を貯めるために働き,その後,ワーキングホリデー(若者が決められた期間内で,海外で働くこと)で,カナダとアメリカへ1年ほど行きました。
23歳で日本に戻ってきたときに,親戚である今の会社の社長にお土産を持って行ったら,「うちで眼鏡のデザイナーとして働かないか」と誘われました。当時の鯖江では,有名ブランドから注文を受けた眼鏡をつくるというのがほとんどで,オリジナルデザインの眼鏡をつくっている会社は多くありませんでした。今後発展していきそうな,面白そうな仕事だなと思って,会社に入ることを決めました。あのとき社長にお土産を持って行っていなかったら,今でも海外にいたかもしれないですね。
ものづくりと空手に夢中だった
子どもの頃はマイペースで,自分から主張することの少ないタイプでした。友達は多い方でしたが,ひとりで過ごすのが好きでした。ものをつくるのが昔から好きで,プラモデルや陶芸などをよくやっていました。当時はガンダムのプラモデルが流行っていたのですが,私は車やお城,屋台シリーズなど,渋いプラモデルをつくっていましたね。
高校から20代後半まで実戦空手に取り組み,初段を持っています。空手をやっていた時期は,そのことしか頭にない生活でした。眼鏡デザイナーになってからも続けていましたが,だんだん忙しくなると空手と仕事を両立することが難しくなってきて,空手をやめて仕事に集中するようになりました。今でも空手をやりたいなと思うことはありますが,中途半端にやるのは自分の性格に合わなくて。ひとつのことをとことん突きつめたいと思う気持ちは,今の仕事に通じているかもしれないですね。
たくさんの経験をして,視野を広げよう
みなさんに大切にしてほしいのは,色んな人と会ったり,色んなものを見たり,とにかく何にでも挑戦すること。私たちの会社に,デザイナーとして働きたいという人がやってくることがあります。そういうとき私は,「まず1年間海外に行って,色んなものを見て,ある程度英語を話せるようになって,また日本に戻ってきてから一緒に働きましょう」と提案します。でも,その通りに実行してきた人は今までひとりもいません。自分の人生を振り返ると,何で行かないのかな,経験しないのはもったいないなと思ってしまいます。たくさんの経験が土台になって,良いアイデアを考えられるんですよ。
色んなことに挑戦していく中で,自分が好きなことを見つけられたり,素敵な縁があったりすると思います。皆さんが生きているのはグローバルな世の中なので,世界にも目を向けてもらいたいです。英語を少しでも話せるようになっていると,将来の仕事にも必ず役に立ちます。できるならば,海外に行ってみることをおすすめします。若いうちにたくさんの経験をして,視野を広げてください。