※このページに書いてある内容は取材日(2023年08月23日)時点のものです
地域の子どもたちの生活を支える
みなさんは、「子ども食堂」をご存じですか?子ども食堂とは、子どもが一人でも行くことのできる、無料または低額の食堂のことをいいます。子ども食堂は、保護者が家におらず子どもだけで食事をとらなくてはならないときや、家で十分な食事がとれないとき、友達とわいわい食事がしたいときにも来られる場所です。食堂によって対象者の条件や開催頻度は異なりますが、共通しているのは、子どもたちが食堂に集まって、栄養バランスのよいご飯を地域の大人と一緒に食べること。私は、そんな子ども食堂を運営する「一般社団法人COCOROごはん」の代表理事を務めています。
COCOROごはんでは、毎週水曜日に東京都北区の滝野川という地域で「滝野川子ども食堂」を開いています。現在の利用対象者は小学生から高校生で、毎回20人くらいの子どもたちが食堂を利用しています。コロナ禍の前は保護者の参加もできたので、60人くらいの人で賑わっていました。子どもたちは、ご飯を食べながら友達と楽しくおしゃべりしたり、食前・食後に遊んだりと思い思いの時間を過ごしています。
そのほか、COCOROごはんでは子どもたちの学習サポートもしています。塾に通っていない子どもや、学習支援が必要な子どもを対象に、毎週「学習支援室」を開いています。高校受験を控えた中学生には、定期試験前に10日間ほど集中的な学習支援をする「COCORO自習室」も開催しています。子どもたちは講師のサポートを受けながら、成績を上げる努力をしています。
子ども食堂を運営するためには資金集めが必要
私は、子ども食堂や学習支援室を運営するためのさまざまな仕事をしています。主な仕事の一つが資金集めです。私たちの子ども食堂や学習支援室では、利用者の子どもからお金は一切受け取っていません。運営に必要なお金は、活動に賛同してくださる人たちからの寄付金や行政・財団法人の助成金などでまかなっているのです。子どもたちに配るジュースや料理の食材といった寄付品をいただき、子ども食堂で使うこともあります。
寄付をいただくためには、まずは私たちの活動を世の中の人たちに知ってもらう必要があるので、ホームページやSNSでの情報発信は欠かせません。助成金をもらうために申請書類を作ったり、お金をどのように使ったかという報告書を作って提出もします。寄付金や寄付品を受け取ったり、活動に必要な食材や調理器具の買い付けをしたりすることも日々の仕事です。
子どもの困りごとの解決を手助けすることも大切
子ども食堂や学習支援室は、ご飯を食べたり勉強をしたりする以外に、子どもたちにとって「困ったときにかけこめる場所」という役割も担っています。そのため、子どもたちと話をすることも大切な仕事だと思っています。話をする中で、友達関係の悩みや、家での悩みなどの相談を受けることがあるのです。その一つ一つの悩みを聞きながら、一緒に解決策を考えます。
中には、家族以外の大人が間に入って問題解決をしなくてはならないようなこともあります。例えば親から暴力を受けていたり、生活の世話をしてもらえなかったり、貧困により生活自体が苦しかったり、心身の健康を損なうような状況に陥っていたり、学校と信頼関係が築けなかったりする場合もあります。
そういった深刻な相談を受けたときは、学校や児童相談所と協力しながら状況の改善に努めます。子どもの保護者と話をしたり、子どもを自宅で一時的に預かったりすることもあります。家庭が抱える複雑な事情に耳を傾けながら話を前に進めたり、子どもを預かるために保護者や行政と頻繁に連絡を取り合ったりするのは簡単な仕事ではありません。でも、私たちを頼ってきてくれた子どもたちを守るために、できることに一つずつ取り組んでいるのです。
活動に寄せられるみんなの思いが喜びに
活動を続けていると、うれしいこともたくさん経験できます。例えば、見ず知らずの人が「ホームページを見ました」と電話やメールで寄付を申し出てくれたり、企業の人が食堂に必要な食器や電化製品を寄付してくれたりすることがあります。寄付は子ども食堂や学習支援室を運営する上でとても助かりますし、何より子どもたちのことを思って寄付を申し出てくれるその気持ちがうれしいのです。つらい現実を目の当たりにして胸が苦しくなることもありますが、協力者が現れると「世の中、捨てたもんじゃないね!」なんて思えます。
子どもたちの成長を実感できることもこの仕事の醍醐味の一つです。学習支援室で勉強していた子が都立高校に合格したり大学に進学したりと結果が出たときは、スタッフみんなで喜びます。小学6年生のときから子ども食堂に来ていた子が大学に入学して、学習支援室の講師になってくれたときは、まるで恩返しをしてもらったようでうれしかったです。そして子どもやその保護者から、「ここに子ども食堂があって本当によかった」と言われるのは、この上ないご褒美です。私たちの子ども食堂が地域に溶けこんで、みんなにとってほっとできる場所になっていると実感できると「続けていてよかったな」と思えます。
信頼関係を築き、子どもたちから頼られる存在になる
私がこの仕事で大切にしていることは、いろいろな人との信頼関係です。何よりまず、子どもたちに私たちを信頼できる大人として認めてもらい、困ったときにSOSを出してもらえるような関係性を作る必要があります。そのためには普段から子どもたちの話をしっかり聞いてコミュニケーションを取るように努めています。また、何かあったときに学校や行政と協力し合えるよう、日頃から交流を図るようにしています。さまざまな人と信頼関係を築いておくことが、一人一人の子どもにとっての最善につながるのです。
仕事をする上で大切にしているもう一つのことは、活動を継続することです。私たちの活動が地域から必要とされているということは、ないとみんなが困るということでもあります。COCOROごはんは15人のスタッフが中心となり運営していますが、誰かが休む日でも活動できるよう、常日頃からの情報共有は欠かしません。子ども食堂を開いた日に何があったか、保護者からどんな意見が寄せられたか、助成団体の方などの訪問者がある日はどのように対応するかなど、スタッフみんなが運営状況を知っておくことで、何があっても対応できる体制を整えています。
子どもの居場所をつくるために食堂をオープン
私は、20代のときに結婚をして滝野川に引っ越してきました。子どもが生まれてからは、地域をよくしようとさまざまな市民活動をやってきました。親子で生の舞台を鑑賞したり、外で思いっきり遊ぶ「子ども劇場」という団体で運営委員長をしたり、女性が社会で活躍することを後押しする組織で30年近く運営メンバーを務めたり、子どもの小学校でPTAの会長をしたりもしてきました。そんなふうに地域貢献の仕事を続けていたところ、犯罪や非行に走った人の立ち直りを手助けする民間のボランティアである保護司に推薦され、保護司の仕事をするようになったのです。
保護司は、犯罪を起こしてしまった人が更生できるように、定期的に本人と会って生活の様子を聞き、困っていたら助言をするのが仕事です。関わった人が無事に更生することもあれば、残念ながら再び犯罪に手を染めてしまう場合もあります。
犯罪を起こした理由や背景はさまざまですが、中には子どものころに経済的貧困、
虐待、愛情不足などを経験し、大人に不信感をもっていることが少なくありません。こうなる前に、地域の信頼できる大人に相談できたらいいのに、とよく思います。子ども食堂を始めた背景には、そういう思いもありました。
理不尽な思いをしている人を見るのがつらかった
私は宮城県の出身です。小学生のころからはっきりと意見を言い、クラスにいじめられている子がいるといじめている子と取っ組み合いのけんかになってでも守るような正義感の強い子どもでした。理不尽な思いをしている人を見ているのが我慢ならなかったのです。
勉強はしっかりとしていた方ですが、外でドッジボールをして遊んだり読書をしたりすることも好きでした。親の勧めでピアノ、習字、日本舞踊といった習い事もしていました。ちょっと苦手に感じる習い事もありましたが、大人になった今、「どの習い事もやっておいてよかったな」と感じています。子どものころに積んだ知識や経験をベースに、趣味として劇場通いを楽しんだり、バンドや鍵盤ハーモニカでアンサンブルを楽しんだりできているからです。毛筆で看板や表示板を作ることもできるんですよ。子どものころに習ったことが、大人になって技術を磨いて、心の安定や友達づくりに役立ったりしているのです。
上京して大学に進学してからは、社会で起きている出来事や事件を目の当たりにして思い悩むこともありました。生まれ育った境遇が違えば価値観も考え方も違う中で、お互いの主張にどう折り合いを付けるべきか……など、ずいぶんと考えたものです。そんな悩みの解決の糸口になったのが、一人で行った海外旅行でした。私はガイドブックを片手にリュックサックを背負い、列車でロシアを横断したり、ヨーロッパを鉄道旅行したりしました。旅先で、国籍も人種も民族も宗教も異なるいろいろな人に出会う中で視野が広がり、「いろいろな人がいて、違って当たり前。共通点をさがせばいい」と思えるようになったのです。大学卒業後は家業を手伝うために実家に戻って経理などを手伝い、結婚を機に東京に戻り、市民活動に関わっていくようになりました。
活動を継続していくことを目標に
子ども食堂は全国各地にあり、社会貢献活動として主に地域住民の有志、NPO法人などによって運営されています。私も、市民活動をする中でできた地域の仲間に声をかけて、2016年11月に滝野川子ども食堂を始めました。子ども食堂を始めるにあたり、特別な資格や届け出は必要ありませんが、食堂が安全に運用できるよう地域の保健所にアドバイスをもらいに行くなどの事前準備は必要です。そのほか、地域で何が必要とされているかを知っておくことや、長く続けるために若い世代のスタッフを増やしていく必要もあります。滝野川子ども食堂には、学生ボランティアも参加してくれています。彼らは調理の補助に加えて、子ども好きの優しい子ばかりなので、近い将来のロールモデルになってくれています。
この記事を読んでいるみなさんには、学校や家だけではなく、それ以外の居場所を見つけることをおすすめします。学校や家に居心地の悪さを感じたら、気の合う仲間が集う場所にかけこめばいい。そこで気持ちを落ち着けたり、誰かに相談したりすると心がずいぶん楽になると思います。そんな居場所になれるよう私たちは頑張りますし、いつかみなさんが大人になったら私たちの仲間になってくれるとうれしいです。