※このページに書いてある内容は取材日(2020年12月09日)時点のものです
装着型のアシストロボット「マッスルスーツ」
私は,重いものを持ち上げるときに生じる腰の負担を減らすための装着型アシストロボット「マッスルスーツ」の発案者です。東京理科大学工学部の教授として,現在もマッスルスーツの研究開発に取り組んでいます。マッスルスーツの販売は「株式会社イノフィス」という会社が担当しており,私は,大学教授をしながら,イノフィスの取締役も兼任しています。
マッスルスーツは,リュックサックのように背負ってベルトを締めるだけで,簡単に身に付けられる機械です。ロボットや機械というと「硬いもの」というイメージを持つ人も多いと思うのですが,マッスルスーツは,おもに「人工筋肉」と呼ばれる柔らかい素材でつくられています。マッスルスーツに使われている人工筋肉はナイロンメッシュとゴムチューブでできており,このなかに空気を入れることで,使用者の動きに反応して,まるで筋肉のようにグッと力が入ったり脱力したりする仕組みになっているのです。装着した状態でものを持ち上げると,マッスルスーツが使用者の腰をアシストするように動力を発揮して,通常よりも少ない力で,ラクにものを持ち上げることができます。
ポンプで空気を送りこむだけで使えるため,モーターや電源が不要で,軽くて扱いやすいところ,防水・防塵性があるので,屋外で使えるところも特徴です。現在は,おもに,工場や倉庫など,重い荷物を持ち上げなければいけない現場で活用されています。他に,米や野菜を持ち運ばなければならない農家や,中腰の状態でシーツ替えや介助などをしなければならない介護施設でも重宝されています。
「動けない」をなくしたい
マッスルスーツの仕組みを考え始めたのは,いまから20年ほど前のことでした。当時はAIBO(現名称:aibo)やASIMOといった歩行型のロボットが次々と発表され,注目を集めていた時代です。いずれ非産業用ロボット(※医療用や接客用など,サービス業向けロボットのこと)が,自動車産業並みの巨大市場になると期待されていました。
そのとき,私が考えたのが,「本当に役に立つロボットとは,どんなロボットなのだろう?」ということでした。歩行型のロボットをどんなところでも支障なく歩けるようにつくり,暮らしに役立てるのはとても難しいことだし,AI(人工知能)も,自我を持つような,本当の意味での知能と言えるところまで性能を高められるかどうかわからない。だったらもっと身近なもの,「“自分が生きるうえでもっとも嫌なこと”を解決するもの」をつくりたいと考えました。
私が生きるうえでもっとも嫌なことは,動けなくなることです。手や腕を動かせなくなることや,歩けなくなることが一番つらい。それで,大学の自分の研究室で,マッスルスーツの原型となる,人の腕や足の動きを補助するロボットの研究開発を始めたのです。その後,研究を進めるなかで,工場で働く人の多くが腰を痛めていると知って,2006年ごろには腰を補助するロボットの開発に集中するようになりました。そこからは試行錯誤の連続です。試作機をつくってはテストし,微調整するということを繰り返し,少しずつ性能を高めて,2013年に約100台の試作機が完成。同年12月に,マッスルスーツを販売するための会社である株式会社イノフィスを「大学発ベンチャー企業」として設立し,2014年には製品版の本格的な販売を開始して,今に至っています。
大学の研究室と会社を行き来する
会社を設立したあとも,マッスルスーツの改良を続けています。より軽くなるよう,外部のコンプレッサー(強い圧力をかけて空気を送り出す装置)を使って動かす仕組みから,コンプレッサーを必要としない仕組みに変更したり,多くの人に使っていただけるよう,安価な材料に変更したり。少しでも,軽く,コンパクトで,動きやすく,手に入れやすい価格になるよう工夫しています。そのかいあって,発売当初は60万円だったものを,15万円程度で販売できるようになりました。最新モデルの重さは3.8㎏で,女性やご高齢の方でも無理なく装着できるようになっています。
現在は,講義や学生の指導もしつつ,週4日,東京理科大学の研究室で,マッスルスーツの改良をはじめとする,さまざまな研究に取り組んでいます。鋼材(金属)を自動で識別する画像処理システムや,排泄物が飛び散らないように工夫した宇宙用のトイレ,新しい草刈り機など,いくつものテーマの研究開発を行っています。
研究に取り組みつつ,週1日,会社に出て,技術開発関係の会議に参加しています。会議では,マッスルスーツに関する研究の過程や課題,成果など,多くのことを社内の関係者にプレゼンテーションし,情報共有をしています。大学では工学部の教授や研究者として,会社では開発のトップである最高技術責任者として,常に「本当に役に立つものをつくる」ということを意識しながら,ものづくりに向き合っています。
50億円の資金調達に成功
イノフィスは大学の研究室から生まれたベンチャー企業です。ベンチャー企業とは,独自の技術やアイデアをもとにして,新しいビジネスを展開する新興企業のこと。企業や「ベンチャーキャピタル」と呼ばれる投資会社などから資金を提供してもらうことも多いのですが,私たちイノフィスも,研究室でコツコツやっていた研究が認められ,企業からの出資によって設立することができました。その後も定期的に出資してもらい,これまでに約50億円の資金調達に成功しています。
出資をしてくれるということは,つまり「売れるものである」「世の中に必要とされている事業である」と見られているということです。出資者に対して利益をもたらさなければならないため,責任は重大ですが,多くの人に支えられて好きな研究を存分にできる環境があり,非常に大きなやりがいと喜びを感じています。
課題を解決する方法を探し,常にあがき続ける
大変だと感じるのは,数々の要望に応え続けなければならないところです。関係者やお客さまが改善を希望されるところというのはだいたい共通していて,しかも,私たち開発者が「わかってはいるけれど解決が困難な部分」であることが多いのです。だからといって「できません」というわけにはいきませんから,改善要望が上がってきたら方法を探して,とにかくあがき続けるしかないのですよね。
「機械の上部が肩に当たって動きにくい」と指摘されたら当たらない形にしなければいけませんし,「スイッチが使いにくい」と言われたら使いやすい仕組みに変更しなければいけません。結果的に,マッスルスーツの背面部分は四角形から三角形のデザインになり,スイッチは,そもそも使わない仕組みになりました。理由なくつくられた形,理由なく採用された仕組みはありません。すべてが必然だと言い切れます。ユーザーの声を大切にしながら調整や試行錯誤を繰り返し,時間をかけて精査しながらつくっているのです。
役立つものをつくり,パイオニアであり続ける
仕事をするうえで大切にしているのは「本当に役に立つものをつくる」こと,それだけです。論文を書いて終わりではなく,実際に製品をつくって,世に出し,使っていただきたい。使っていただけるようなものをつくりたいと思っています。なぜなら,それが“エンジニアの本懐”だと思うからです。
他に,「人と違うものをつくる」ということも意識しています。世の中には優秀な人がたくさんいます。世界中に,その道の研究をしつくしたパイオニアが存在しているのです。人がやっていることをやるというのは,つまりそのパイオニアを追いかけるということ。常に誰かの背中を追って勉強し続けなければなりません。しかし,自分がパイオニアならば,追いかける必要も,必死で勉強する必要もありません。比べられることもないわけですよね。昔から負けず嫌いだったからだと思うのですが,現在も,新しい研究に取り組むときは,まず「他でやられていないこと」をやるようにしています。
伊豆半島の自然に囲まれて育った少年時代
私は静岡県の伊豆半島で育ちました。春はワラビやゼンマイを採り,夏はアワビやサザエを採って,秋には栗や自然薯を採る。そんな生活を送る,自然が大好きな子どもでした。大人になってから気付いたのですが,海や山で自然のものを採るときに考えなければならないことと,ものづくりをするときに考えなければならないことって,実はすごく似ているんですよね。目当てのものを採るには,どこに行かなければならないか,どんな道具を用意して,どのように採るかを考えなければいけません。ロボットも,どこで,誰と,どんな道具や素材を使って,どう組み立てるかを考えてからつくるものです。いま振り返ると,私は,自然のなかで創意工夫をすることで,エンジニアリングを学んでいたのだなと思います。
自然のなかで遊ぶことだけでなく,ものづくりも大好きで,小中学生のころはよくプラモデルをつくったり,ロボットアニメ『マジンガーZ』の絵を描いたりして遊んでいました。その延長で,東京理科大学の工学部に進学し,大学では好きな研究に没頭する生活を送っていました。本格的に研究者としての道を歩むことになったきっかけは,大学院で,研究室の助手をしていた方から,「そんなに研究が好きなら,就職せずにこのまま博士課程に進んだら?」と言われたこと。「せっかくアドバイスをしてくださったのだからそうしよう」と博士課程に進み,その後,人工知能の研究で有名なスイスのチューリッヒ大学に留学しました。1998年にスイスから帰国して,東京理科大学の工学部に戻って講師となり,助教授だった2000年からマッスルスーツの開発を始めました。
いま自分がベストだと思うことをやっていけばいい
生きるうえで大事なのは「考えること」につきると思います。考えて選んだ道であれば納得できるし,失敗しても糧にできます。その場,その場で,しっかりと考えて,自分がベストだと思うことをやっていけばいい。その積み重ねが道を拓いていくと思うのです。それでも迷って決められない,というときは,人の意見を聞くとよいでしょう。先生でも,家族でも,友達でも構いません。人に相談してみて,問題を客観視すると,進むべき道が見えてくると思います。
私もそうやって,進路や研究テーマを選んできました。すべての選択が正しかったとは思いませんが,「その時々にベストだと思える選択をしてきた」ということだけは自信を持って断言できます。ですから,迷いや後悔はありません。
やりたいことがある人だけでなく,やりたいことが見つからない人や興味の対象がどんどん変わる人も,まずはシンプルに「いま,ベストな選択はなにか」を考えるようにしてほしい。いまを積み重ねることで今日になり,今日は必ず,明日になります。