東京で100年続く農園を営む
東京都西東京市にある「やすだ農園」で,両親と夫と一緒に野菜づくりをしています。私が生まれ育ったこの農園は約100年続いていますが,畑の広さは70アール(7000平方メートル)と,けして広いほうではありません。そのかわり,作物をビニールハウスなどではなく屋外の畑で育てる露地栽培と手作業にこだわり,約50品目を育てています。
販売方法はいくつかあります。まずは父の代が地元の農家どうしで作ったグループでの出荷があります。スーパーなどにある産直野菜コーナーで販売されるものが中心で,小松菜やほうれん草,ブロッコリーなどの定番の品種を育てて,ある程度まとまった量を出荷しています。そのほか,自宅の脇にある直売所や,マルシェというイベント的に開催される市場,デパートの野菜売り場,インターネットなどでも販売しており,こちらは珍しい野菜が多いです。「スイスチャード」や「レッドマスタード」といった少し変わった葉野菜や,「カラーじゃがいも」や中が赤い大根「紅芯大根」などを販売しています。こちらは少量ずつではありますが,なるべくいろいろな種類を育てています。
やすだ農園では,グループ出荷のものは父が担当し,それ以外は母と夫,私で担当しています。作業に関しては,トラクターや農薬散布など,力のいる作業や免許が必要な作業は父と夫が担当します。私と母は草むしりや収穫したものの選別と袋詰め,直売所での販売,野菜の管理を担当しています。また,新しく植える野菜の品種を選ぶのは私が担当しています。
働く時間は季節によって変わる
季節によって作業時間は変わります。夏は日が出ている時間が長いので,起きる時間も早くなり,畑の作業も遅くまでやっていたりします。ただ,気温が高いので昼休憩を長めにとり,午後の活動開始を遅くしていますね。逆に冬は,朝の作業開始時間が遅くなったりします。
だいたい,朝8時には仕事を開始して,午前中は両親と夫は畑へ,私は直売所の作業が中心です。子どもの世話と家事をしながら直売所に商品を並べたり,補充をしたり,畑からきた出荷用の商品を選別したり,という作業を進めていきます。
午後になると,私も畑に向かいます。草むしりや野菜の世話,管理などを行い,日が落ちて暗くなってきたころ,だいたい午後6時くらいに外での作業は終了です。また,いつも午後3時くらいにはお茶休憩の時間が入るんですが,そういったすき間の時間や夕食後の時間を利用して,通信販売の申し込みへの対応などもしています。また,インスタグラムやフェイスブックといったSNSを利用して,農園のファンになってくれたお客さまに畑のことを発信しているんですが,そういった作業もこれらの時間でおこなっています。
季節によって,野菜の収穫が中心になる時期と,種まきや苗の移植など,次の収穫に向けての準備が中心になっていく時期とにわかれます。収穫が忙しくなるのは7月と11,12月。特にナスやキュウリ,トマトなどの夏野菜は成長が早く,1日経つと出荷しどきを逃してしまう野菜もあるので大変です。逆に9月は大根やかぶ,人参類といった秋冬野菜の苗の育成が中心で,出荷作業がお休みになることも多いです。
一つ一つの野菜を手作業で育て,収穫していく
屋外の畑で育てる露地栽培なので,天候には苦労させられます。虫がついてあっという間にやられてしまうこともありますし。それに,少量多品種栽培ならではの大変さもあります。たとえば限られた品種を大規模に栽培している場合は,収穫などに専用の機械を使うことも多いんです。でもうちはそれぞれを少しずつしか育てていないので,そういった設備投資ができないんですね。そのため,全て手作業で収穫しており,栽培する種類を増やせば増やすほど,作業は大変になっていきます。
また,一つの作物を同じ畑で続けて育てることを「連作」というのですが,野菜の特性としてこの「連作」ができないものが多いんですね。しかも畑の面積も限られているので,去年あの場所にこの野菜を植えたから,今年はここにあの野菜を植えて……と「どこに何を植えるか」を計算していくのが大変で,ほとんどパズルのようです。
それでもなるべく多くの種類を育てているのは「お客さまの喜んでくれる顔が見たい」という気持ちが大きいからです。直売所やマルシェのお客さまが「こんな珍しい野菜があるんだね」と喜んでくださったり,「この間買ったあの野菜,初めて食べたけどおいしかったよ」と言っていただけるのがうれしいんですね。そうやって珍しい野菜を作っていくことで「やすだ農園のファン」を増やしていきたい,という気持ちもあります。
新たなチャレンジは積極的に
直売所やマルシェなどでお客さまに「おいしい」と言ってもらえたときは,やはりうれしいですね。「一生懸命やっている」ことをお客さまにほめてもらえると,やりがいを感じます。
新しい野菜は,今流行っているものなどを積極的に取り入れるようにしています。SNSの影響で,写真映えするような,鮮やかな野菜などが人気になっていることも理由です。基本的に野菜は,1年に1回しか植えることができないので,1年目にまず植えてみて,うまくいったら2年目に作付けを少し増やして……,と少しずつ自分たちなりの栽培法を試し,作付けを増やしていきます。それで成功したときは,とてもうれしいですね。
たとえば珍しい「加熱用トマト」は,今ではデパートでも取り扱ってもらえるようになりました。また赤いかぶ「赤ビーツ」は4年くらい前から育て始めたんですが,そのままだと泥臭い味なので,最初はなかなか売れなかったんですね。でもレシピを一緒につけて売るようにしたら,買ったお客さまが口コミでおいしさを広めてくれて,だんだんと売れるようになりました。今はかなり規模を広げて栽培しています。赤ビーツのコンフィチュール(ジャム)も新しく開発し,現在,販売に向けてクラウドファンディング(インターネットを通じて,不特定多数の人からプロジェクトの資金を調達すること)にも挑戦しています。大変さはありますが,そういった新しいチャレンジで結果が出るとうれしいですね。
「農業女子プロジェクト」への参加
少しでも黒字を増やして経営していくことを心がけています。野菜は単価も低く,天候にも左右される仕事です。しかも地方の,土地代が安い場所で育った野菜も,私たちのように東京の,土地代が高い場所で育った野菜も,同じ土俵で売られることになります。そこで勝負するためには,手作りだったり,より新鮮なものをすぐに届けることができるなど,都市型農業ならではの価値を前面に出して売っていかなければいけないなと思っています。
また,農林水産省が推進する「農業女子プロジェクト」に2016年から参加して,たくさんのものを得ることができました。「農業女子プロジェクト」は,女性農業者と企業を結びつけて新たな商品やアイデアを生み出したり,女性農業者の姿を発信してその数を増やしていくことを目的としたプロジェクトです。参画する信用金庫が開催した,農家の経営に関するセミナーなどに参加することで,勉強になり,また,全国の“農業をやっている女性”の友だちができました。それまで,周りに農業をやっている同世代の若い人自体が少なく,女性も全然いなかったのですが,そこからはお互いに情報交換をしたり,仲のいい人とは野菜を送り合ったり。やはり家族だけでやっていると,情報やノウハウがなかなかわからないんですね。悩みや大変さも共有できる仲間が増えたのは,とてもうれしいことでした。
また,「農業女子プロジェクト」のマルシェをきっかけに,参画企業である大手百貨店のバイヤーさんと知り合えて,デパートで野菜を取り扱ってもらえるようになったり,「農業女子プロジェクト」は販路拡大にも繋がっていて,こうした面でもありがたいなと思っています。
保育士として働いたあと農業を継ぐことに
もともと,大好きな祖父母が農作業をしているのを,身近に見ながらずっと育ってきました。祖父には「いつかお前はこの畑を継ぐんだよ」と言われていましたし,自分も「この家にこのまま住めるなら」とか「大好きなおじいちゃん,おばあちゃんがそう言うなら」継ぎたいな,くらいの軽い気持ちで考えていたんです。でも,両親は私が甘ったれの性格なのを見越しており「一度ちゃんと社会に出なさい」と言われました。それで自分の性格や,ピアノを習っていたりしたことなどから,いろいろ考えて保育士を目指すことにしたんです。短大を卒業後,幼稚園で6年,学童保育施設で2年働きました。
一方で,子どものころから大人になるにつれて,農地がどんどんと小さくなっていくのも目の当たりにしていました。曾祖母から祖父母へ,そして両親へ……。都心に近いところでの農業の場合,土地を相続するときの税金が高くついて,そのままの広さで相続していくのは難しいんですね。でも,好きだった祖父母との思い出の畑を守りたい,という気持ちが強く,結婚を期に,2014年から本格的に農業を継ぐことにしました。私は保育士として働いている間も,週末には農作業の手伝いをしていたのでなんとなくの知識はあったのですが,それまで会社づとめだった夫は全く初めての農業です。JA東京中央会が主催する「フレッシュ&Uターン農業後継者セミナー」に夫婦2人で通って,基本的な知識を身につけたんです。
畑を遊び場に育った子ども時代
昔から本当に活発な子どもでした。小さいころから畑が遊び場で,親にくっついて行っては土を掘って山を作ったり,当時飼っていた犬と一緒に走り回っていましたね。また,私が小さいころは朝6時前に父が出荷に出かけていたのですが,それにくっついていくのがすごく好きで,よく一緒にトラックに乗って行っていました。普通は入れないスーパーのバックヤードに入ったりできたので,それも楽しかったんでしょうね。
中学校では陶芸クラブに入っていたんですが,それはものを作ることが好きだったからです。今も昔も「作り出す」ということ自体が好きなのかなあ,と思います。
中学生,高校生の時には休日に農作業を手伝うこともありましたが,社会人になると休日は出かけることも多くなりました。少し畑から距離を置いた時期はあったのですが,それでも農業を嫌いになるということはなく,今まで来ています。
「楽しい」を見つけてみよう!
みなさんに伝えたいことは,なるべくたくさんの「楽しい」と思えることを見つけておいてください,ということでしょうか。仕事の中では,大変なことはたくさんあります。でもその中でも,「楽しい」ことをどれだけ見つけられるか,というのが大切なのではないかと思うんですね。自分の得意分野を見つけて,自分が「楽しい」と思えることがどんなことかをわかっていれば,将来への目標や夢もおのずと見えてくるのではないでしょうか。
今,私自身も「楽しく農業をやること」をモットーにしています。「休みたいなあ」と口では言いますが,つい畑に行ってしまうんですね。それはやはり,畑での作業が楽しいからだと思います。
これまでの農業は,市場などに出荷してしまえば農家の役目は終わりでした。しかし今の農業は,自分たちで種をまいて作物を育て,収穫したあとに自分たちで販売も行い,お客さまの口に入るところまで見届けることができる。なかなか,ここまですべてできる仕事はないと思うんです。育てる,生み出す仕事であるということも含め,とてもやりがいのある仕事が農業です。興味のある人は,ぜひ将来の選択肢の一つに入れてみてください。