一般学歴:国立宇都宮大学大学院教育学専攻
※このページに書いてある内容は取材日(2018年07月23日)時点のものです
授業をするだけでなく,学校の運営にも関わる
私は東京女子医科大学看護専門学校で看護教員をしています。看護師として働いたのちに看護学校教員の資格を取得し,教える立場になりました。私が教員をしている専門学校は,看護師資格を取得し看護師を職業とすることをめざす女性が通う学校です。卒業生の9割は東京女子医科大学の附属病院に看護師として就職しますが,助産師や保健師の資格を取得するために,卒業後,4年制大学に編入する学生や,助産師専攻科の1年コースに進学する学生もいます。1学年は大体80~90名,全3学年で今は全274名の学生を15名の専任教員と非常勤講師約100名で教えています。看護師になるためには4年制大学の看護学部を出るか,3年制の看護専門学校を出るかの二つの方法がありますが,大学では4年で学ぶことを,看護専門学校では3年間で学ばなくてはいけないので,カリキュラムの密度はとても濃くなります。
「基礎看護学」や「精神看護学」といった授業科目を学生に座学で教えたり,校内の実習室で患者さんとの接し方や,具体的な技術などを指導していきます。また,「臨地実習」といい,臨床,つまり病院での実際の医療の場に学生を連れていって,臨床看護を教えることもあります。授業以外にも,学生からの質問に答えたり,悩みの相談にのることも多いです。また,今は副教務主任という立場なので,学校の運営面を考えることも大きな仕事の一つですね。
「学生全員が国家試験に合格できる」ように支援するのが最大の目標
学校の始業は9時なので,大体8時30分くらいには出勤して講義の準備をします。私は役割としてカリキュラム調整を担当していますので,自分の授業の準備だけでなく,他の教員と講師や学生たちがスムーズに授業を始めることができるか,その準備を確認して整えるのも私の役目です。授業時間は授業をし,午後4時20分に授業が終わってからは,その日の授業の確認と次の日の準備などを行います。6時までは学内の実習室で学生が自己学習をしているので,質問を受け付けることもあります。
授業時間や学生への対応をする時間の合間をぬって,授業のための教材研究もおこないます。時代の変化により,看護師資格に必要な勉強内容やカリキュラムが変わることもありますし,なるべく学生にとって良い授業ができるよう,教材研究は常に欠かせません。
一年間で最も忙しくなるのは,1月から3月ごろでしょうか。3年生が受験する国家試験が2月にあり,試験前には,全員合格させるという目標に向け,教員全員が一丸となっています。また1年生と2年生にも,その学年で取るべき科目の単位を無事に取ることができるよう,学習の支援も必要です。
また,学生が実習に行く前,特に現場に慣れていない1年生や2年生の実習前も忙しくなりますね。実習前には学生が何かと不安を抱きがちなので,その不安をチャレンジする気持ちに変えていけるように励ましていくのも,私たち教員の役割です。
一人一人違う悩みを持つ学生たちに向き合う
看護を学んでいく中で,学生はいろいろな悩みを抱えます。「自分が看護師に向いているかどうか」という悩みはもちろん,「なかなか成績が伸びない」という悩みだったり,進学や就職に関する悩み,そして「人との関わりがうまくいかない」という悩みもあります。その“関わり”は,友だち同士のこともあるし,臨床実習での患者さんとの向き合い方だったり,本当にさまざまです。
例えば,「自分は人が好きでうまく話ができると思ったけど,いざ実習に出たら患者さんとうまく話ができなかった」と落ちこんで帰ってくる学生がいました。彼女には「困ってもいいし悩んでもいい,『自分はできる』っていうプレッシャーをかけなくていいんだよ」ということを話していきましたが,学生自身が悩みの原因に気づく方法や,気づくまでにかかる時間は人それぞれです。そのため,なるべく「こうだよ」と言いきるのではなく,その人が一歩先に進むまで付き合うように心がけています。
学生が看護を“楽しい”と思えるように
私から見ると,第一線で働いている現場の看護師はすごく輝いて見えるんですね。学生が実習に出た時に,そんな現場の看護師たちと一緒に一人の患者さんのことを一生懸命考え,一緒に看護ができるよう,送り出すのが私たち教員の役目です。
学生たちは最初「自分は何もできない」と思っています。しかし実習を通じて患者さんに感謝をされ,そのことに感動する,そういう体験を通して彼女らは一歩一歩,看護師に近づくし,そのときの経験はおそらく,長く看護師を続けるための原動力にもなります。彼女たちのそんな姿を見ると,「よかったな」と心から思えますね。
学生や看護師をめざす人たちにもよく話すんですが,看護師は「一生働ける仕事」です。ですから,結婚しても出産しても,なるべく長く働いてほしいんですね。年齢とともに,自分や家族をとりまく環境は変化することがあるかもしれません。でもたとえば出産したり,高齢の家族のケアをしたりという自分の経験があったとしたら,そういうことが必ず現場で生きる仕事です。そのためにも,私自身が長く仕事を続けて,学生たちにお手本となる姿を見せていかないといけないな,とも思っています。
“教員と学生”ではなく“看護師の仲間”として接する
看護師という職業をめざす学校だからこそ,「倫理観」を大切にしています。看護師は人の生命と尊厳を尊重し,どんな人にも平等に看護し,患者さんとの信頼関係を築いていかなくてはいけません。こういった「看護の倫理」は,看護師という仕事を続けていく上で絶対に欠かせないものです。だからこそ,私は教員という立場ではありますが,同じ看護師という職業の仲間として,自分自身も「看護の倫理」をしっかりと持ち,見本になるようにしていかなくてはと思っています。
また,「学生と私は対等でありたい」と常に思っています。学生のいい所はちゃんとほめて,改善すべき点は指摘する。時には,授業がうまく行かなかったり,感情の行き違いが起こってしまったりと,私たち教員の側が失敗してしまうこともあります。そういったときにはちゃんと学生たちに「自分たちのここが悪かった」と示し「こういうふうに改善しようと思っている」と説明することを心がけています。学生にはあえて厳しい言葉を投げかけることもありますが,それだけではなく,フォローをどうするかにも気を配っていて,先輩や後輩の教員にフォローをお願いすることもありますね。
大事なのは,学生を孤独にさせないということ。成長するためには,孤独は必要なこともありますが,必ず誰かが手を差しのべることができる環境を作るように心がけています。
思いがけず進むことになった看護教員への道
中学・高校とバレーボール部だったんですが,ひどい突き指をして病院に行ったことがあります。そのとき,そこで働いている看護師さんがすごく輝いて見えたんですね。それで進路を考えたとき,なりたい職業として「看護師」が浮かんだんです。
高校卒業後に看護学校に進み,卒業後は附属の病院で9年間,看護師として働きました。その病院では就職3年目から「臨床指導者」として学生に指導する立場となるんですが,臨床指導自体は好きだったんです。すると母校にたまたま教員の欠員が出て,当時の看護部長に教員の道を勧められ,看護大学校の教員養成課程に進むことになりました。看護師として現場で働くことへの未練もなくはなかったのですが, 30歳の時に母校の教員になりました。
いざ教員になってわかったのは,臨床指導者と教員は立場が全然,違うということです。臨床指導者は学生を「いずれ一緒に働く相手」と認識しているし,学生たちもそのつもりで現場に来ています。でも教員の場合は実習へ送り出す立場であって,病院で学生を受けいれる立場とは違ったんです。最初のころは「なんで同じように教えても,学生に届かないんだろう」とかなり悩みました。
でも教員を続けていく中で,学生が受け持ち患者さんのことを一生懸命考えて看護する場面を目にしたり,患者さんの笑顔をみて,看護教員としての喜びを感じるようになりました。看護教員という仕事は,「患者さんだけでなく,一人の若者がだんだんと一人の看護師に成長してゆくのを助けることができる仕事」だな,と気づいたんです。
そこから“教育”や“人を育てること”の面白さを感じるようになりましたが,日々悩むことも多く,教育学をより深く学びたいと考え,通信の大学で学士をとり,大学院の教育学専攻で学びました。仕事で学生に授業を行いながら自分のプライベートな時間を使って学ぶ側に立つという生活は,充実しながらも苦労する日々でした。あの時のことを思うと,家族の協力がなかったら乗り越えることはできなかったな,と思いますし,本当に感謝しています。
チームプレーに大切なことを学んだ中学生時代
小学生のときは,引っこみ思案な子どもでしたが,中学生になってバレーボール部に入ってからは,明るくといいますか,少し元気になりましたね。チームプレーを行う中で,言葉にしないと伝わらないこと,話さないとわかりあえないことがある,というのがわかっていったからだと思います。これは今の仕事の中でも,生かされていると思います。
高校生になったら,だんだんと自分の意見を持つようにもなりました。大きく変わったのは,看護学校に入ってからでしょうか。さまざまな場所から来ている人たち,これまでに会ったことがないような人たちと出会うなかで「世の中にはいろんな価値観を持った人がいるんだ」と気づくことができました。それは私にとって,すごく刺激的な体験だったんです。世界は広いし,ある意味,発想は自由だということを知ることができました。その経験は看護師になって患者さんと接するうえでも,今,看護教員として学生と接するうえでも役に立っています。
なるべく多くの人と話していろんな経験をしてほしい
私がみなさんに伝えたいことは,答えは一つではないし,いろんな世界がある,ということ。まずはいろんな人と関わって,たくさんの人と話をしてほしいな,と思います。この人とはうまくいかないなと思う人でも初めから否定しないで,まずは相手のことをよく観察して見てみようとしてください。そうすると自分が予想だにしなかったことが見えてくるかもしれません。人に限らず,ものごとに関しても,先入観をもたず,なるべくいろんなことを経験してほしいですね。
また,もしこれを読んでいる人の中に看護師をめざす人がいたら,看護師は一生続けられる仕事だということを知っておいてください。勤務する病院や科によってさまざまな働き方ができますし,「海外で看護師として働きたい」という夢を持つ人もいます。そういうとき,私たち教員も「じゃあ○○科と○○科を経験しておくといいかもしれないね」などと進路についてアドバイスをしたり,一緒に考えていきます。
もちろん,看護師は生命に関わる仕事ですから,時として辛い経験をすることもあります。受け持ち患者さんが順調に回復しないケースや,自分が考えた看護がうまくいかないこともあります。それでも,看護師という職業は,患者さんや仲間との関わりから得るものが多く,やりがいの大きな仕事です。