※このページに書いてある内容は取材日(2017年06月16日)時点のものです
博物館で恐竜を研究する
私は,福井県勝山市にある福井県立恐竜博物館で,「恐竜研究者」として働いています。博物館には12名の研究者がいます。福井県や周辺の県一帯には「手取層群」と呼ばれる「中生代」という時代の地層が広がっていて,そこからたくさんの恐竜化石が見つかっています。
恐竜博物館の研究者には,恐竜だけでなく植物や貝の化石など,それぞれ専門とする分野があり,私は恐竜の中でも,主にイグアノドン類という草食恐竜の研究をしています。「恐竜研究者」と一口にいっても,私のように特定の種類の恐竜を専門にしている人もいれば,恐竜の脳や卵化石などを研究している人もいますし,恐竜の生きた環境を調べている人もいます。また,私のように博物館で働くだけではなく,大学の研究室や研究所,海外の研究機関など,人によって働く場所もさまざまです。
発掘は毎年,海外でも
福井県立恐竜博物館で働く恐竜研究者は,大きく分けて「研究」と「普及活動」の2種類の仕事に取り組んでいます。研究で大事なのは化石の発掘です。毎年,7月下旬から8月いっぱいにかけて福井県で発掘調査をして,春か秋には中国へ,11月にはタイへと,ほぼ決まった時期に海外で発掘調査を行っています。発掘にあたっては,まずは地層などの調査によって化石が出そうな場所を特定し,チームを組んで発掘に取りかかります。
みなさんが化石の発掘と聞いてイメージするのは,恐竜の全身骨格が地面の中から現れている場面ではないでしょうか。海外ではそんなシーンもありますが,日本の発掘現場では全身骨格が見つかることはあまりありません。ハンマーでかたい岩石を割り,ひとつひとつに小さな化石が入っていないかを確認していく地道な作業がほとんどです。
そうやって発掘した化石を,恐竜博物館内のクリーニング室に運び,周りに付いた岩石を専門のスタッフたちがきれいに取り除いていきます。その後,どの部分の骨か,どの恐竜のものかを判断する「同定作業」をおこない,その化石を専門としている研究者へ渡します。研究者はその化石と,これまでに発表されている論文や標本などを比べながら,恐竜の全体像を考えたり,行動を分析したりします。そして,研究結果を論文にまとめます。論文は専門の研究雑誌に載せたり,学会(研究者たちが研究成果を発表する場)で発表します。日本だけでなく,海外の学会に参加して,英語を使って発表することもありますよ。
研究成果を博物館で展示
研究の成果をみなさんに知ってもらうために,博物館での展示を行うのも大切な仕事です。福井県立恐竜博物館は,延べ4500平方メートルの広い展示室の中に,40体以上の恐竜骨格や1000点以上の標本を並べ,恐竜そのものや恐竜が生きていた時代に関するさまざまな資料を常設展示しています。館内には専門の解説スタッフがいて来場者に説明をするのですが,私も必要に応じて特別展の展示ツアーの案内役をしたり,解説スタッフが答えられない専門的な質問への対応をすることもあります。
博物館の館内には,常設展示スペースの他に,新しく研究で分かった成果や他の施設から借りてきた標本などを展示する特別展示室があります。そこで毎年夏に特別展を開催しますが,その準備には2年ほどの期間をかけます。新しく発掘された標本や研究成果に合わせて,例えば「恐竜の成長」や「スペインの恐竜」など展示テーマを決め,来場者に理解してもらいやすいような展示のストーリーを作り,どんな標本をどう展示するのか考えます。その後,全国や海外の博物館からどんな標本を借りられそうかを調べ,標本を借りる交渉をします。最終的に集まった展示物を,ストーリーに沿って配置し公開するのです。
研究は夜の静かな時間に
私の場合,朝8時半に仕事場である恐竜博物館に出勤し,夕方17時15分まで発掘作業や展示物の準備など,博物館内での業務を行います。仕事を終えて家に帰ると,夜は早く寝て,夜中に起き,じゃまされない静かな環境で,集中して自分の専門分野の研究に取り組みます。
一日の博物館での業務に加えて,さらに研究をするのは大変じゃないか,と思うかもしれません。しかし,恐竜博物館が常に最新の情報が得られる面白い場所であり続けるためには,私たちも常に研究に取り組み,新しい発見をして,それを発信し続けることが大切です。いつも展示の内容が同じでは,博物館としての魅力を何十年も保つことはできませんよね。
また,自分が研究した成果を,展示を通して広く一般の人に知ってもらえることは,私にとっても大きなやりがいです。世の中には,普段の業務が忙しすぎて研究の時間を確保できない研究者たちもいます。福井県立恐竜博物館は,研究者が研究に取り組む姿勢をとても大切にしてくれるので,とても恵まれています。与えられた環境と時間を有効に使って,新しい発見を続けることが,研究者としての使命だと考えているのです。
来館者の反応がうれしい
福井県立恐竜博物館には,年間90万人以上の来館者があります。長い時間をかけて準備した展示の前で来館者が立ち止まり,じっくり見てくれると,一生懸命やって良かったなと思います。私が案内する展示ツアーにかつて参加した小学生の男の子が,大学生になってから発掘現場に手伝いに来てくれたことがありました。子どものころは恐竜が大好きでも,大人になるにつれて興味が薄れてしまう人が多いんです。でも,その男の子は博物館に来たことがきっかけで,ずっと恐竜に興味をもっていてくれたと分かり,とても嬉しかったですね。
発掘現場での楽しみもたくさんあります。例えばタイでは,その地域の一般の人たちが発掘作業に参加してくれます。私はタイ語を話せませんが,「ここを掘って」や「化石が見つかった!」など,必要な言葉を現地の人に教えてもらいながら作業を進めます。一緒に働くうちに現地の人たちと仲良くなれるのも楽しいですね。現地の人に家庭料理をごちそうしてもらうと,日本のタイ料理店では絶対に食べることのない食材が使われていたりするんです。異なる文化を感じられて面白いですよ。
博物館どうしの信頼関係も重要
特別展を開催する際には,直接海外に行って,海外の博物館から展示品を借りる交渉をすることが多いです。それぞれの博物館が持っている化石は非常に貴重で,また壊れやすいものもたくさんあります。そのため,基本的には信頼できるところにしか貸してはくれません。そういった交渉を通して,どうやって素晴らしい化石を借りてくるかも,研究者の腕の見せ所です。
もちろん,福井県立恐竜博物館が長年積み重ねてきた研究や展示の成果は世界でも知られているので信頼を得やすく,資料を借りやすい立場ではあります。しかし普段から,研究成果を発表する海外の学会など,世界中の研究者と出会える場所になるべく足を運んで,できるだけ多くの人とコミュニケーションをとり,自分のことを知ってもらうことも大事ですね。仲良くなれば,いろいろな交渉もしやすくなりますから。
例えば,それまで国外に標本を貸し出したことがなかったスペインの博物館が,福井県立恐竜博物館になら,と化石を貸してくれたこともありました。これからも,さらに面白い展示品を来館者に見てもらえるように,世界中のより多くの博物館と新たな信頼関係を築いていきたいと考えています。
恐竜研究者への道のり
私は,大学では理学部で地質学を専攻しました。もともと恐竜など古生物について勉強したい気持ちがありましたが,当初は地質の成り立ちなどを研究していました。大学院に進んで研究を続けていたとき,先輩の紹介で初めて化石の発掘作業に参加しました。そこで偶然にも恐竜の歯の化石を見つけることができたんです。なんだかうれしかったですね。それをきっかけに,将来は恐竜の研究をしたいと思うようになり,恐竜研究の先進国・アメリカで学ぶことを決意しました。
化石の発掘作業や家庭教師のアルバイトなどでお金を貯め,25歳のときにアメリカのモンタナ州立大学を目指しました。有名な恐竜研究の先生がいたから選んだのですが,コネクションがなく,すぐに受け入れてもらうことはできませんでした。しかし縁あって現地での発掘調査に参加することができ,そこで,後に恐竜研究の師となる先生や,日本の研究者とも出会えたんです。その後はお金を貯めるために一時帰国し,モンタナで出会った研究者が働いていた熊本県の博物館で,化石のクリーニング作業などの仕事に携わりました。それからさらに約2年間勉強をして,やっとモンタナ州立大学へ入ることができたんです。
しかし半年ほど経った頃,今の職場である福井県立恐竜博物館が職員を募集していると聞きました。進学したばかりで就職は考えていなかったのですが,「チャンスがあるなら就職しなさい」という,アメリカの先生やお世話になった研究者たちの勧めがあり,応募したところ,恐竜研究者としては比較的早い30歳で就職が決まったんです。
「古いもの」への興味
私が生まれ育った兵庫県姫路市には,世界遺産の姫路城をはじめ,歴史を感じられる建物や遺跡がたくさんあり,そうした「古いもの」に子どものころから関心をもっていました。当時から,古い街道を見ては,「昔の人たちがこの道を歩いていたんだなあ」と,言葉では言い表せない不思議な感覚を味わっていたんです。周りの人も同じように感じていると思っていましたが,成長していくにつれ,そういう感覚をもっている人はあまりいないんだと気づいて驚きましたね。恐竜に関しては,家に図鑑が1冊あったくらいで,特別強い興味をもっていたわけではありませんでした。だけど,幼稚園のころに見せてもらった小さな葉っぱの化石に感動したことは,今でも深く印象に残っています。子どものころから抱いていた古いものへの関心が,今の研究の仕事に繋がっていると感じますね。
人との繋がりを大切に
みなさんには,周りの人たちとたくさんコミュニケーションをとって,仲良くなってほしいと思います。自分の人生を振り返ってみると,初めての発掘現場や,アメリカへの留学,熊本県の恐竜博物館など,様々な場面での人との出会いが,今の自分をここまで導いてくれたように感じます。だから,みなさんにも幅広くいろいろな人と関わって,そこで得た繋がりを大切にしてもらいたいんです。
どんなことにも積極的にチャレンジしてみることも大切です。「こんなことはできないかもしれない」など,悪い方向へ考えてしまうと,物事はうまくいかなくなります。私の場合,恐竜の研究がしたいという思いから,とにかく恐竜研究の本場であるアメリカで勉強してみようと決意しました。苦労はしましたが,自分のやりたいことに向き合っていれば,困難にぶつかっても続けていけるんです。将来やりたいことがまだ見つかっていないという人も,まずはやってみるという姿勢で,いろいろなことに挑戦してくださいね。